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15 執着
しおりを挟む「人間が嫌いなのか?」
萌樹の言葉を聞いて、獏が、目を背けた。
「なんだそれ。答えを言ってるようなもんだな」
ひとしきり笑ってから、萌樹は「まあ、でも、解るよ」と小さく呟く。
「俺もさ。いろいろあって―――他人のことは信じられない。唯一、信じられるのが、蒼だけだったからさ」
「それで、あの者に執着しているのか」
執着。と言われて、ドキッと胸が跳ねた。
「べ、つに……執着っていうわけじゃあ……」
一応は否定するが、否定しきる自信がない。今回も、もし、眠ってしまったのが蒼でなければ、おそらく、病室を訪ねることすらなかっただろう。
「なぜ、そんなに拘るのだ。あの者に」
「……俺は……、一人なんだよ。両親も兄弟も居なくて。世間の風邪は冷たいし、そんな時に、力を貸してくれるのは、いつも、あいつだったからさ」
「なぜ、家族は居ない? 人間は、家族単位で動くものだろう」
「んー……」
萌樹、少し逡巡した。嘘を吐くつもりはなかった。だが、この獏に、余計な事を詮索されるのも、同情されるのも嫌だと感じていたからだ。
(まあ、あやかし? が、同情もするはずないか)
「借金でさ。弟が難病で治療費が掛かって、それで、寄付でお金集めたんだよ。海外で手術受けるために。それで……お金は集まったんだけど、持ち逃げされて、そうしたら、世間の人たちから、『グルだったんだろう』とか『病気も嘘だろう』とかいろいろ言われてさ」
一度、萌樹は言を切った。獏は、静かに聞いている。あまり興味はなさそうなそぶりだったのは良かった。
「それで、一家心中。部屋にガムテで目張りして、灯油を撒いて、火を付けた。なのにさ、皆死んだのに、俺だけ生き残ったんだよ。それから、人は、信じられない」
ふむ、と獏は呟く。
「やはり、人間は身勝手なものだな。お前も、人間が嫌になっているのだろう?」
なのに、蒼を助けるのは矛盾しているというような言い方に聞こえた。
「人間不信だよ。……出来るなら、ここにずっと居たいと思うよ。綺麗でさ。蒼は……まあ、普通に家族は居るけどさ、いないようなものみたいだし。それでも、事故から目覚めた時は、駆けつけて泣いてくれたって言ってたから……まだ、俺よりはマシだと思うけど」
「ここは……お前の世界ではない」
「解ってるって……っていうか、雑貨屋に聞いたけど、夢魔を倒すアイテムとかはないってよ?」
「倒す?」
獏が怪訝そうな顔をする。
「うん。違うの?」
「お前が言うのは、夢魔の命を奪うと言うことだろう。だが……吾は違う。あの者の夢から追い出すことが出来れば、それで良い。それであれば、ふさわしい香がある。今頃、蔵から出していることだろうよ」
「香……?」
「枕元で、たいてやれば良いはずだ……だが、それでも、吾が手を貸す必要はあるだろうが」
「香を焚いても、一回夢を食べるくらいでは助けられないって事?」
「不甲斐ないことに」
ゆっくりと獏は首肯する。
「そんなに、酷いのか」
「本人の体力が減っているからだろうな、深いところまで、夢魔に巣くわれている。厄介だ」
「……助けられるか?」
思わず、萌樹は獏の腕に縋り付いていた。それを、獏の黄金色の瞳が一瞥してから、静かに告げる。
「無論。吾は悪夢を喰らう者。……夢魔如きに遅れを取ることは許されぬ」
ただでさえ夢魔の居る夢を食べて寝入ってしまうほど消耗したのは、獏にとっては許しがたい事実なのだろう。
「本当に悪いけど……、今は、あんただけが頼りなんだよ。だから、よろしく頼む」
「お前は、あの絵で吾を呼び出した。それゆえ、お前の望むままに悪夢を喰うのが、吾のすべきことで、それ以上のことはない」
獏の声は、やや固い。だが、萌樹は構わなかった。
「ありがとう。それだけで十分だ。それで、随分寝たみたいだけど、体力は回復したのか?」
「まあ、……誰かがうるさくて、よく休むことは出来なかったが、概ね回復した」
「じゃあ、雑貨屋へ行こう」
獏の手を引っ張って、雑貨屋へ行こうとした萌樹だったが、出来なかった。
獏が、立ち止まったまま頑として動かなかったからだ。
「獏?」
訝しんで声を掛けると、ぐい、と手を引かれた。
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