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13 意味

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 獏は、静かに寝ていた。

 その傍らに座りながら、萌樹は、獏に寄りかかる。重いという文句は出なかった。美しい顔をのぞき込む。長いまつげの先に、きらきらと光る、ちいさな水晶の玉が付いている。飾り、なのだろう。目を開けているときは気がつかなかった。それに、こんなに近くで見なかったから解らなかったのだろう。

(そういや、こいつに、キスされたんだった)

 存外、柔らかくて、心地が良かった。だが、舌が絡んだ時、全身から力が抜けていったのは、この獏が、萌樹から精気を奪っていったせいだ。

「……重い」

 ほどなく、小さな苦情が聞こえた。

「なんだ、起きてたのか?」

「……人の顔をじろじろとのぞき込むなど……」

「ぐっすり寝てたからさ」

「寝ていたら、そうするのか?」

 しばし黙り込んだが、知り合いの顔だったら、ついついのぞき込んでしまうかも知れない。そう返答しようとしたら、表情を読んだのか、獏が深い溜息を漏らした。

「なんだよ」

「吾は、身体を休めているのだが? ……油断したゆえ、あのようなものたちに後れを取ったが、いまは、身体を休めて、また、明日の夜にお前の友人のところへ行く必要があるだろう」

 言外に、黙って離れていろと言うのは理解出来た。だが、萌樹も、ヒマだった。誰とも話してはならないだとか、何も食べてはいけない、名前を名乗ってはいけない……制約が多すぎて。

「仕方のない子供だ」

 す、と獏が腕をのばした。そのまま萌樹の身体を引き寄せて、胸に引き寄せる。

「っ! ちょっ……」

「このまま、しばし寝ていろ。お前も、気づいていないだで、疲れて居るはずだ」

 それは、獏が、精気を吸い取ったから―――だろう。

 暖かな獏の腕の中で、萌樹、気恥ずかしいような、得体の知れないくすぐったさを味わっていた。

「また……、精気が、足りなかったりする……?」

 心配して問うと、獏が、フッと笑った。

「なんだ、お前は、吾に口づけをして欲しかったのか? ……そうして欲しいなら、いくらでもしてやるが」

「っ! ちょ、っそういう、意味じゃっ!」

 ない、と言おうとした唇に、そっと獏の美しい指が触れた。

「……っ!」

「吾とああいうふれあいをするのは止めておけ。……そなたを殺してしまう」

 薄く。獏が笑う。黄金色の瞳が、すう、と細まった。口許が、ほんの少しだけつり上がる。

「……するかよ……。ただ……」

「ん?」

「……誰かと、キスするのなんか、……殆ど、経験がなかった」

「それは、悪いことをした」

 ちっとも、悪いと思っていない口調で、獏は言う。なんとなく、声の端が、愉快そうに揺れていた。

「だいたい、こんなの、キスじゃないだろ。あんたは、……俺から、精気を吸い取っていただけなんだから」

 一瞬。獏が、真顔になったような気がしたが、次の瞬間には、すぐに、先ほどのような、美しい笑みを浮かべていた。

「そうだな。あれに、大した意味はない。……情を交わすようなものではない」

 そう言って、獏の手のひらが、萌樹の額の前で優美に舞った。

 蝶々が羽を羽ばたかせて、花の蜜を吸うためらそこで留まるとき。そのかすかな羽ばたきのようなかすかな動きだった。

「っ……っ? な……?」

「……眠ってしまえ」

 獏の声を耳元に聞きながら、重たい闇の中に引きずり込まれるように、萌樹の意識は急速に暗転する。意識が闇に呑まれる寸前、萌樹は、獏の金色の瞳を見た。満月のような、黄金色をした、美しい瞳だった。

 なにか、獏が呟いているような気がして、問い返したかったのに、それが出来なかった。ただ、闇に落ちないように、必死で、獏にしがみついていた。









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