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11 花の香り
しおりを挟む目覚めた時、甘い花の香りが漂っていた。
(これは……)
聞き覚えがある。あの雑貨屋のあった場所。あの香りだ。萌樹は、慌てて飛び起きた。
蔵の中の雑貨屋。
その店の奥に横たわっていた―――が、獏の姿は、そこになかった。
(獏……っ?)
どこへ消えたのか。そして、今見たものは何だったのだろう。『美紗子』という名の花嫁。彼女を見つめていた獏。随分時代がかって見えたから、現代のことではないのだろう。昭和か、大正か……百年くらい昔の、日本の風景なのだろう。
(あの『夢』の内容を思ったら……)
かの美沙子という女性は、悪夢に捕らわれた。
そして、傍らに居たねえやが、美沙子の身を案じて、『獏の姿絵』を手に入れた。
おそらく、それで獏が召喚されたのだろう。
あれは、現実の事だったのか。それとも、獏の見た夢だったのかは解らない。
「おーい、獏! どこかに居るのか?」
声を張り上げながら萌樹は店を出る。連翹の鮮やかな黄色が、目にまぶしい。
「……そんなに大声を上げなくても、あいつなら、ここに居るよ」
声を上げたのは雑貨屋だった。
屋根上にのぼって、片手を上げてひらひらさせている。
「ここって、屋根の上か?」
「いや、そこの木の下。菩提樹があるんだけど、そこがあいつのお気に入りの寝床なんだよ」
菩提樹、と言われても萌樹にはよく解らなかった。だが、雑貨屋が、指を差している。なんとなく、場所は解った。
雑貨屋の庭は、無秩序に花が咲き乱れている。春の花々が咲いていると思えば、夏の花である純白の沙羅や紫色が美しい桔梗、真っ赤な山百合も咲いている。鮮やかなピンク色の山茶花、清楚な白い木槿、真紅の椿に、色とりどりの薔薇……。
菩提樹は解らなかったが、獏は、蓮の花で一面覆われた池の畔ですやすやと寝入っていた。蓮はオレンジ掛かったピンク色をしていて、そこへ白い髪の一房が、池の中に入っている。それを、それを水から引き上げて、萌樹は獏の側に座った。
見れば見るほど、美しい顔をしていると思う。
整いすぎて、人間離れしていると思ったが、そういえば、この獏は、人外のあやかしであったのを思い出した。
「……獏から聞いたけど、君のお友達は、夢魔に魅入られているのだって?」
雑貨屋が、ふんわりと宙を舞って、蓮の花の上に立った。重さ、というのは感じない。蓮の花は潰れもしなければ、沈みもして居ない。
「夢魔って……どういうもんなんですか?」
「どういうもの……って、まあ、悪夢に住み着いているような奴らだよ。悪夢を見せて、そこに寄生して、宿主の命を奪う。それが終わったら、また、次の宿主を探す」
「じゃあ、殺すまで、去らないってことか?」
「ああ。通常はね。ただ、この獏は、なにか考えがあるようだねぇ」
くすくす、と雑貨屋は笑う。
「……そう、なのか」
「そうそう。どうも、君に呼び出されたのに、倒れる失態が気に入らなかったんだろうねぇ」
そういうものだろうか、となんとなく、今のことばを、萌樹は嘘っぽく感じた。
「……あのさ」
「ん? なんだい」
「……あんたの所に、夢魔をやっつける道具とかは、売ってないの?」
雑貨屋は、プッと小さく吹き出して、身体を「く」の字に折り曲げて笑い出す。
「うちは、一体、どんな店だと思っているんだい」
「えーと……魔法のアイテム屋みたいな……」
「はは、君らはゲームのやり過ぎだよ。そして……君が言っているのは、爆弾を寄越せと言っているようなものだ」
「爆弾?」
「そう。僕らと、彼らは、この狭間の世界で生きる同居人のようなものだ。そいつを殺す為の道具をくれと言っている、非常識さが解るかい?」
「あっ」
それは、萌樹にはない感覚だった。萌樹の感覚では、自分と人外は、別のものだったし、良い人外と悪い人外がいて、獏は、良い人外、夢魔は悪い人外というカテゴライズだった。
「君は、二極で考えて居るようだけど。それは、妄想だよ。全部一緒。等しい。だから、対立関係とかではないんだよ。君には、感覚的に解りづらいのかも知れないけれども」
雑貨屋が、銀色の目を細める。憐れむような表情だ、と萌樹は思った。
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