上 下
11 / 38

11 花の香り

しおりを挟む


 目覚めた時、甘い花の香りが漂っていた。

(これは……)

 聞き覚えがある。あの雑貨屋のあった場所。あの香りだ。萌樹は、慌てて飛び起きた。

 蔵の中の雑貨屋。

 その店の奥に横たわっていた―――が、獏の姿は、そこになかった。

(獏……っ?)

 どこへ消えたのか。そして、今見たものは何だったのだろう。『美紗子』という名の花嫁。彼女を見つめていた獏。随分時代がかって見えたから、現代のことではないのだろう。昭和か、大正か……百年くらい昔の、日本の風景なのだろう。

(あの『夢』の内容を思ったら……)

 かの美沙子という女性は、悪夢に捕らわれた。

 そして、傍らに居たねえやが、美沙子の身を案じて、『獏の姿絵』を手に入れた。

 おそらく、それで獏が召喚されたのだろう。

 あれは、現実の事だったのか。それとも、獏の見た夢だったのかは解らない。

「おーい、獏! どこかに居るのか?」

 声を張り上げながら萌樹は店を出る。連翹の鮮やかな黄色が、目にまぶしい。

「……そんなに大声を上げなくても、あいつなら、ここに居るよ」

 声を上げたのは雑貨屋だった。

 屋根上にのぼって、片手を上げてひらひらさせている。

「ここって、屋根の上か?」

「いや、そこの木の下。菩提樹があるんだけど、そこがあいつのお気に入りの寝床なんだよ」

 菩提樹、と言われても萌樹にはよく解らなかった。だが、雑貨屋が、指を差している。なんとなく、場所は解った。

 雑貨屋の庭は、無秩序に花が咲き乱れている。春の花々が咲いていると思えば、夏の花である純白の沙羅や紫色が美しい桔梗、真っ赤な山百合も咲いている。鮮やかなピンク色の山茶花、清楚な白い木槿、真紅の椿に、色とりどりの薔薇……。

 菩提樹は解らなかったが、獏は、蓮の花で一面覆われた池の畔ですやすやと寝入っていた。蓮はオレンジ掛かったピンク色をしていて、そこへ白い髪の一房が、池の中に入っている。それを、それを水から引き上げて、萌樹は獏の側に座った。

 見れば見るほど、美しい顔をしていると思う。

 整いすぎて、人間離れしていると思ったが、そういえば、この獏は、人外のあやかしであったのを思い出した。

「……獏から聞いたけど、君のお友達は、夢魔に魅入られているのだって?」

 雑貨屋が、ふんわりと宙を舞って、蓮の花の上に立った。重さ、というのは感じない。蓮の花は潰れもしなければ、沈みもして居ない。

「夢魔って……どういうもんなんですか?」

「どういうもの……って、まあ、悪夢に住み着いているような奴らだよ。悪夢を見せて、そこに寄生して、宿主の命を奪う。それが終わったら、また、次の宿主を探す」

「じゃあ、殺すまで、去らないってことか?」

「ああ。通常はね。ただ、この獏は、なにか考えがあるようだねぇ」

 くすくす、と雑貨屋は笑う。

「……そう、なのか」

「そうそう。どうも、君に呼び出されたのに、倒れる失態が気に入らなかったんだろうねぇ」

 そういうものだろうか、となんとなく、今のことばを、萌樹は嘘っぽく感じた。

「……あのさ」

「ん? なんだい」

「……あんたの所に、夢魔をやっつける道具とかは、売ってないの?」

 雑貨屋は、プッと小さく吹き出して、身体を「く」の字に折り曲げて笑い出す。

「うちは、一体、どんな店だと思っているんだい」

「えーと……魔法のアイテム屋みたいな……」

「はは、君らはゲームのやり過ぎだよ。そして……君が言っているのは、爆弾を寄越せと言っているようなものだ」

「爆弾?」

「そう。僕らと、彼らは、この狭間の世界で生きる同居人のようなものだ。そいつを殺す為の道具をくれと言っている、非常識さが解るかい?」

「あっ」

 それは、萌樹にはない感覚だった。萌樹の感覚では、自分と人外は、別のものだったし、良い人外と悪い人外がいて、獏は、良い人外、夢魔は悪い人外というカテゴライズだった。

「君は、二極で考えて居るようだけど。それは、妄想だよ。全部一緒。等しい。だから、対立関係とかではないんだよ。君には、感覚的に解りづらいのかも知れないけれども」

 雑貨屋が、銀色の目を細める。憐れむような表情だ、と萌樹は思った。





しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

そばにいてほしい。

15
BL
僕の恋人には、幼馴染がいる。 そんな幼馴染が彼はよっぽど大切らしい。 ──だけど、今日だけは僕のそばにいて欲しかった。 幼馴染を優先する攻め×口に出せない受け 安心してください、ハピエンです。

フローブルー

とぎクロム
BL
——好きだなんて、一生、言えないままだと思ってたから…。 高二の夏。ある出来事をきっかけに、フェロモン発達障害と診断された雨笠 紺(あまがさ こん)は、自分には一生、パートナーも、子供も望めないのだと絶望するも、その後も前向きであろうと、日々を重ね、無事大学を出て、就職を果たす。ところが、そんな新社会人になった紺の前に、高校の同級生、日浦 竜慈(ひうら りゅうじ)が現れ、紺に自分の息子、青磁(せいじ)を預け(押し付け)ていく。——これは、始まり。ひとりと、ひとりの人間が、ゆっくりと、激しく、家族になっていくための…。

貧乏大学生がエリート商社マンに叶わぬ恋をしていたら、玉砕どころか溺愛された話

タタミ
BL
貧乏苦学生の巡は、同じシェアハウスに住むエリート商社マンの千明に片想いをしている。 叶わぬ恋だと思っていたが、千明にデートに誘われたことで、関係性が一変して……? エリート商社マンに溺愛される初心な大学生の物語。

ひとりぼっちの180日

あこ
BL
付き合いだしたのは高校の時。 何かと不便な場所にあった、全寮制男子高校時代だ。 篠原茜は、その学園の想像を遥かに超えた風習に驚いたものの、順調な滑り出しで学園生活を始めた。 二年目からは学園生活を楽しみ始め、その矢先、田村ツトムから猛アピールを受け始める。 いつの間にか絆されて、二年次夏休みを前に二人は付き合い始めた。 ▷ よくある?王道全寮制男子校を卒業したキャラクターばっかり。 ▷ 綺麗系な受けは学園時代保健室の天使なんて言われてた。 ▷ 攻めはスポーツマン。 ▶︎ タグがネタバレ状態かもしれません。 ▶︎ 作品や章タイトルの頭に『★』があるものは、個人サイトでリクエストしていただいたものです。こちらではリクエスト内容やお礼などの後書きを省略させていただいています。

俺の親友のことが好きだったんじゃなかったのかよ

雨宮里玖
BL
《あらすじ》放課後、三倉は浅宮に呼び出された。浅宮は三倉の親友・有栖のことを訊ねてくる。三倉はまたこのパターンかとすぐに合点がいく。きっと浅宮も有栖のことが好きで、三倉から有栖の情報を聞き出そうとしているんだなと思い、浅宮の恋を応援すべく協力を申し出る。 浅宮は三倉に「協力して欲しい。だからデートの練習に付き合ってくれ」と言い——。 攻め:浅宮(16) 高校二年生。ビジュアル最強男。 どんな口実でもいいから三倉と一緒にいたいと思っている。 受け:三倉(16) 高校二年生。平凡。 自分じゃなくて俺の親友のことが好きなんだと勘違いしている。

君が好き過ぎてレイプした

眠りん
BL
 ぼくは大柄で力は強いけれど、かなりの小心者です。好きな人に告白なんて絶対出来ません。  放課後の教室で……ぼくの好きな湊也君が一人、席に座って眠っていました。  これはチャンスです。  目隠しをして、体を押え付ければ小柄な湊也君は抵抗出来ません。  どうせ恋人同士になんてなれません。  この先の長い人生、君の隣にいられないのなら、たった一度少しの時間でいい。君とセックスがしたいのです。  それで君への恋心は忘れます。  でも、翌日湊也君がぼくを呼び出しました。犯人がぼくだとバレてしまったのでしょうか?  不安に思いましたが、そんな事はありませんでした。 「犯人が誰か分からないんだ。ねぇ、柚月。しばらく俺と一緒にいて。俺の事守ってよ」  ぼくはガタイが良いだけで弱い人間です。小心者だし、人を守るなんて出来ません。  その時、湊也君が衝撃発言をしました。 「柚月の事……本当はずっと好きだったから」  なんと告白されたのです。  ぼくと湊也君は両思いだったのです。  このままレイプ事件の事はなかった事にしたいと思います。 ※誤字脱字があったらすみません

告白ゲームの攻略対象にされたので面倒くさい奴になって嫌われることにした

雨宮里玖
BL
《あらすじ》 昼休みに乃木は、イケメン三人の話に聞き耳を立てていた。そこで「それぞれが最初にぶつかった奴を口説いて告白する。それで一番早く告白オッケーもらえた奴が勝ち」という告白ゲームをする話を聞いた。 その直後、乃木は三人のうちで一番のモテ男・早坂とぶつかってしまった。 その日の放課後から早坂は乃木にぐいぐい近づいてきて——。 早坂(18)モッテモテのイケメン帰国子女。勉強運動なんでもできる。物静か。 乃木(18)普通の高校三年生。 波田野(17)早坂の友人。 蓑島(17)早坂の友人。 石井(18)乃木の友人。

幽閉王子は最強皇子に包まれる

皇洵璃音
BL
魔法使いであるせいで幼少期に幽閉された第三王子のアレクセイ。それから年数が経過し、ある日祖国は滅ぼされてしまう。毛布に包まっていたら、敵の帝国第二皇子のレイナードにより連行されてしまう。処刑場にて皇帝から二つの選択肢を提示されたのだが、二つ目の内容は「レイナードの花嫁になること」だった。初めて人から求められたこともあり、花嫁になることを承諾する。素直で元気いっぱいなド直球第二皇子×愛されることに慣れていない治癒魔法使いの第三王子の恋愛物語。 表紙担当者:白す(しらす)様に描いて頂きました。

処理中です...