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06 夢を喰う

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 獏の手が、蒼の額に触れる。

 その爪先が、鮮やかな緋色に染まった。

「っ!!」

 血が出たのか、と思ったが、そうではなかった。獏がゆっくりと手を離す。舞のように優美な動きだった。獏の指先から、細くて赤い糸のようなものが伸びている。それは蒼の額から湧き出ていた。

 長い腕が宙を掻く。遅れて糸が宙を舞う。暗い病室の中、獏は波のように高く低く腕を動かしている。

 部屋中に、赤い糸が溢れていく。

「な、んだ、これ……」

「夢……を、解いたもの」

 獏はそれだけポツリと、つぶやくと、腕を動かす作業に没頭した。片腕だけでなく両の腕を動かす。時折、方向を変える。指先から、なめらかな赤い帯が踊る。

「すげ……」

 やがて部屋中に満ちたその糸を、獏は指先に絡め取り、口元へ運ぶ。

 赤い手巾に口付けをするような所作で、萌樹の胸がどきっと騒いだ。伏し目がちになって、長いまつげが黄金色の瞳に陰を落とす。薄く開いた唇から、赤い舌先がちろりと覗いた。それが、赤い糸の束を、絡め取る。

(う、わ……)

 見てはいけないものを見ているような。酷く淫靡な光景だった。

「……あぁ、喰っても喰っても……果てがない……」

 白磁のような獏の頬に、うっすらと薔薇色の赤みがさす。

 なんとも妖艶な、姿に、思わず息を飲む。

「ん……、」 

 喘ぎのような声を漏らして、獏は、一度離れる。

「お、おい、どうしたんだよ」

 先ほどより、だいぶ、ぼんやりした表情で、獏は萌樹をみやるが、焦点が合わない眼差しをしていた。

「……いまは、これ以上は…」

 腹がくちくなったのだろう。

「そ、か……じゃあ、また……この絵で呼ぶから……」

 来てくれよな、と言おうとした瞬間だった。ぐらり、と獏の身体が傾いだ。

「えっ?」

 思わず、手を出して、身体を抱き留める。存外、暖かな身体だった。

「……ねむ……」

 眠い?

 腹が一杯になって、眠くなったというのか。いや、まさか、と思いながらも、獏の顔を確認する。綺麗な顔だった。滑らかな肌に、形の良くて薄い唇。そして、すっと通った鼻梁。どれをとっても、美しいことこの上ないが……。

「いや、まて、ちょっと、寝るなよ!!」

 すやすやと、穏やかな寝息が聞こえる。

「うー……」

 このまま、病室に、獏を置いて帰ったら、騒ぎになるかも知れない。蒼の様子は気になったが、まだ、目覚める気配はない。

(仕方がない……)

 萌樹は、意を決して、獏を担ぎ上げる。さすがに、姫君のように腕に抱くのはできないので、肩に掛けて、米俵のように運ぶことにした。

「重っ……っ」

 細い体つきだったが、身長は萌樹よりも頭一つ分くらい高い。重くて当然だ。

(っていうか、あやかし? が、なんで、リアルに重いんだよ)

 心の中でぼやきながら、萌樹は、とりあえず、一路自宅を目指したのだった。



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