夢喰(くら)う君が美しいから僕は死んでも良いと思った

七瀬京

文字の大きさ
上 下
6 / 38

06 夢を喰う

しおりを挟む

 獏の手が、蒼の額に触れる。

 その爪先が、鮮やかな緋色に染まった。

「っ!!」

 血が出たのか、と思ったが、そうではなかった。獏がゆっくりと手を離す。舞のように優美な動きだった。獏の指先から、細くて赤い糸のようなものが伸びている。それは蒼の額から湧き出ていた。

 長い腕が宙を掻く。遅れて糸が宙を舞う。暗い病室の中、獏は波のように高く低く腕を動かしている。

 部屋中に、赤い糸が溢れていく。

「な、んだ、これ……」

「夢……を、解いたもの」

 獏はそれだけポツリと、つぶやくと、腕を動かす作業に没頭した。片腕だけでなく両の腕を動かす。時折、方向を変える。指先から、なめらかな赤い帯が踊る。

「すげ……」

 やがて部屋中に満ちたその糸を、獏は指先に絡め取り、口元へ運ぶ。

 赤い手巾に口付けをするような所作で、萌樹の胸がどきっと騒いだ。伏し目がちになって、長いまつげが黄金色の瞳に陰を落とす。薄く開いた唇から、赤い舌先がちろりと覗いた。それが、赤い糸の束を、絡め取る。

(う、わ……)

 見てはいけないものを見ているような。酷く淫靡な光景だった。

「……あぁ、喰っても喰っても……果てがない……」

 白磁のような獏の頬に、うっすらと薔薇色の赤みがさす。

 なんとも妖艶な、姿に、思わず息を飲む。

「ん……、」 

 喘ぎのような声を漏らして、獏は、一度離れる。

「お、おい、どうしたんだよ」

 先ほどより、だいぶ、ぼんやりした表情で、獏は萌樹をみやるが、焦点が合わない眼差しをしていた。

「……いまは、これ以上は…」

 腹がくちくなったのだろう。

「そ、か……じゃあ、また……この絵で呼ぶから……」

 来てくれよな、と言おうとした瞬間だった。ぐらり、と獏の身体が傾いだ。

「えっ?」

 思わず、手を出して、身体を抱き留める。存外、暖かな身体だった。

「……ねむ……」

 眠い?

 腹が一杯になって、眠くなったというのか。いや、まさか、と思いながらも、獏の顔を確認する。綺麗な顔だった。滑らかな肌に、形の良くて薄い唇。そして、すっと通った鼻梁。どれをとっても、美しいことこの上ないが……。

「いや、まて、ちょっと、寝るなよ!!」

 すやすやと、穏やかな寝息が聞こえる。

「うー……」

 このまま、病室に、獏を置いて帰ったら、騒ぎになるかも知れない。蒼の様子は気になったが、まだ、目覚める気配はない。

(仕方がない……)

 萌樹は、意を決して、獏を担ぎ上げる。さすがに、姫君のように腕に抱くのはできないので、肩に掛けて、米俵のように運ぶことにした。

「重っ……っ」

 細い体つきだったが、身長は萌樹よりも頭一つ分くらい高い。重くて当然だ。

(っていうか、あやかし? が、なんで、リアルに重いんだよ)

 心の中でぼやきながら、萌樹は、とりあえず、一路自宅を目指したのだった。



しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

お客様と商品

あかまロケ
BL
馬鹿で、不細工で、性格最悪…なオレが、衣食住提供と引き換えに体を売る相手は高校時代一度も面識の無かったエリートモテモテイケメン御曹司で。オレは商品で、相手はお客様。そう思って毎日せっせとお客様に尽くす涙ぐましい努力のオレの物語。(*ムーンライトノベルズ・pixivにも投稿してます。)

僕はお別れしたつもりでした

まと
BL
遠距離恋愛中だった恋人との関係が自然消滅した。どこか心にぽっかりと穴が空いたまま毎日を過ごしていた藍(あい)。大晦日の夜、寂しがり屋の親友と二人で年越しを楽しむことになり、ハメを外して酔いつぶれてしまう。目が覚めたら「ここどこ」状態!! 親友と仲良すぎな主人公と、別れたはずの恋人とのお話。 ⚠️趣味で書いておりますので、誤字脱字のご報告や、世界観に対する批判コメントはご遠慮します。そういったコメントにはお返しできませんので宜しくお願いします。 大晦日あたりに出そうと思ったお話です。

【完結】義兄に十年片想いしているけれど、もう諦めます

夏ノ宮萄玄
BL
 オレには、親の再婚によってできた義兄がいる。彼に対しオレが長年抱き続けてきた想いとは。  ――どうしてオレは、この不毛な恋心を捨て去ることができないのだろう。  懊悩する義弟の桧理(かいり)に訪れた終わり。  義兄×義弟。美形で穏やかな社会人義兄と、つい先日まで高校生だった少しマイナス思考の義弟の話。短編小説です。

後輩に嫌われたと思った先輩と その先輩から突然ブロックされた後輩との、その後の話し…

まゆゆ
BL
澄 真広 (スミ マヒロ) は、高校三年の卒業式の日から。 5年に渡って拗らせた恋を抱えていた。 相手は、後輩の久元 朱 (クモト シュウ) 5年前の卒業式の日、想いを告げるか迷いながら待って居たが、シュウは現れず。振られたと思い込む。 一方で、シュウは、澄が急に自分をブロックしてきた事にショックを受ける。 唯一自分を、励ましてくれた先輩からのブロックを時折思い出しては、辛くなっていた。 それは、澄も同じであの日、来てくれたら今とは違っていたはずで仮に振られたとしても、ここまで拗らせることもなかったと考えていた。 そんな5年後の今、シュウは住み込み先で失敗して追い出された途方に暮れていた。 そこへ社会人となっていた澄と再会する。 果たして5年越しの恋は、動き出すのか? 表紙のイラストは、Daysさんで作らせていただきました。

十七歳の心模様

須藤慎弥
BL
好きだからこそ、恋人の邪魔はしたくない… ほんわか読者モデル×影の薄い平凡くん 柊一とは不釣り合いだと自覚しながらも、 葵は初めての恋に溺れていた。 付き合って一年が経ったある日、柊一が告白されている現場を目撃してしまう。 告白を断られてしまった女の子は泣き崩れ、 その瞬間…葵の胸に卑屈な思いが広がった。 ※fujossy様にて行われた「梅雨のBLコンテスト」出品作です。

モノマニア

田原摩耶
BL
非王道/受けにはデロ甘な鬼の堅物真面目眼鏡風紀委員長×攻めの前では猫被ってるデレデレ他にはスーパードライな元ヤン総長トラウマ持ちチャラ男固定CP寄りのがっつり肉体的総受け

合鍵

茉莉花 香乃
BL
高校から好きだった太一に告白されて恋人になった。鍵も渡されたけれど、僕は見てしまった。太一の部屋から出て行く女の人を…… 他サイトにも公開しています

花婿候補は冴えないαでした

いち
BL
バース性がわからないまま育った凪咲は、20歳の年に待ちに待った判定を受けた。会社を経営する父の一人息子として育てられるなか結果はΩ。 父親を困らせることになってしまう。このまま親に従って、政略結婚を進めて行こうとするが、それでいいのかと自分の今後を考え始める。そして、偶然同じ部署にいた25歳の秘書の孝景と出会った。 本番なしなのもたまにはと思って書いてみました! ※pixivに同様の作品を掲載しています

処理中です...