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051 対峙

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「ぐをぁっぁぁ」

 重々しい苦悶の声を残し、人が倒れる音がした。重い音だった。待ち構えていた第二王子に、殺されたのだろう。ルーウェの前で、残酷な場面を見せたが、仕方がないと思っている。

「アーセール、わざわざ来たのか。ルーウェも一緒か」

 はは、と第二王子は笑う。

「ええ、一緒に、参りましたよ。……あなたから、是非頂きたいものがございましてね」

 アーセールは、ゆっくりと、部屋に入る。ルーウェも、一歩遅れて続いた。駆けつけてきたイネスが、後ろを守る。

「では、こちらに玉璽を渡して貰おうか。それと交換にしてやるよ」

「まったく、あんたみたいな人間のくずみたいなヤツに、なんで、国を明け渡さなければならないんだ。俺は、あんたが、気に入らないんだよ」

「……私の計画をすべて潰してくれたのは、お前だったな、アーセール将軍。いつ、その男娼崩れに、たぶらかされたんだ? ……ルーウェ、お前も、俺が世話をしてやった客に飽き足らず、他にも男をくわえ込んでいたのか? 全く、母親と同じで、色情魔だな」

 第二王子が、顔を歪めて笑う。

「ルーウェも、ルーウェのご母堂も、侮辱するのは許さない」

「許さない?」

 ははは、と第二王子は声を上げて笑った。

「また、偉くなったもんだな、アーセール。……お前なんか、ただの、淫売の夫じゃないか。毎晩、手練手管で、蕩かされたのか? ん?」

 酷い言葉を聞いて、アーセールは身の内を焼かれそうなほど、激しい怒りを感じていたが、ふと見たルーウェの表情は、凪いでいた。

 関係ないものをみる目だった。

 侮蔑するでもなく、軽蔑でも、怒りでもなく、ただ、ルーウェは見ていた。

「……第二王子殿下」

 ルーウェは静かに言う。

「なんだ?」

「あなたは、裁かれるべきです」

「は? 何の罪だ。お前に客を取ってやったことか?」

「いいえ」とルーウェは静かに呟く。「前皇后陛下を毒殺したのは、あなたと現皇后陛下ですね。そして、おそらくは……」

「何を言うっ! そんな妄想で、私を裁けるとでも……」

「妄想ではありませんよ。少なくとも、皇太子殿下は、証拠を握っておいでです。ですから、私は、ここで、あなたを楽に殺しはしないのですよ。ですが」

 とルーウェは、花のように美しく笑った。

「私は、私の夫を侮辱するような言葉を、見過ごせません」

 そのまま、ルーウェの繊手が宙をひらめいて、第二王子の頬に炸裂した。

「ぐっ……っ」

 平手、かと思いきや思い切りよく拳を真っ正面から食らわせたのだった。それは、第二王子の鼻を直撃した。ぐしゃっ、という音が聞こえた。

「うわー……」

 イネスの声が聞こえた。第二王子は、床をのたうち回って、転がっている。

「い、痛い痛いっ……っだれか、医者を呼べっ……」

「アーセール、あとはお任せします」

 スッキリとした笑顔でいうルーウェを見て、アーセールは、今回の『夫婦喧嘩』が、比較的軽く収束して良かったと、心の底から思う。

 アーセールの番。つまり。アーセールは、床を転がる第二王子の腹を思い切り蹴った。

「ぐっ……っ」

「とりあえず、俺は、今、アンタのことを死なない程度に殴る蹴るして嬲る権利があるんですけどね……一発二発で終わりにして欲しいんだったら、ルーウェの客のリストを俺に渡せ」

「……だ、だれが……っ」

 渡すものか、と言われる寸前、アーセールは第二王子の手を取って、指を二本ばかり無造作に折った。

 断末魔じみた声を上げながら、のたうつ第二王子を冷ややかに見つつ、もう一度腹に蹴りを入れてやろうかと構えると「机の抽斗。二段目の隠しにある」と小さな声を上げて、「言ったんだから、もういいだろう、見逃してくれよ」などと泣きわめくので、うるさくて仕方がなかった。

「第二王子殿下。お見苦しゅうございます。どうぞ、お静かに」

 ルーウェの容赦のない蹴りが、第二王子の急所を思い切り蹴り上げ、そして、第二王子は、白い泡を吹いて気を失ったのだった。

 第二王子の言葉通り、『リスト』は手に入った。

 イネスは、このやりとりを、詳しく聞かなかったが、薄々、事情は気づいただろう。

「他言無用に」

 アーセールが、念のために言いつけると、イネスは、にっかり笑った。

「勿論、誰にもこんな話は言いませんよ」

「そうか、良かった」

「……奥方様に蹴られて不能にはなりたくありませんから」

 イネスが小さく呟いたのが、可笑しかった。

「では、行こうか」

 皇太子と共に、今度は王宮を奪還する。

「……第二王子の首級でも晒しながら行った方が、本当は、簡単に王宮を制圧出来ると思うのですけれど……私も、やはり、一応とは言え、肉親の首級を上げつつ、王宮へ向かうのは気が引けますから」

 ルーウェの言葉を聞いたアーセールは、夫婦喧嘩だけは、今後一切しないことにしよう、と心の底から思ったのだった。

「ああ。俺だって、様々な二つ名を持っていても、首級を上げつつ王宮入りなどという、後世にまで語り継がれそうなことはしたくはありませんよ」

「そうですね。第二王子殿下には、毒殺の件、しっかり償っていただかなくては」

 どのみち、第二王子に待ち受けるのは、死あるのみだった。

 そして、唯一、温情を掛けそうなルーウェは、この調子だ。まず、温情など期待出来るはずもなかった。

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