51 / 53
050 第二王子邸へ
しおりを挟む玉璽を抱え、ルーウェとアーセールは第二王子邸へ向かう。そこに、第二王子が居るのは、途中で合流した、早耳のニコが教えてくれたが、邸は不気味なほど静まりかえっていた。人影も見えない。
「どうしますか?」
「まさか、玄関で、第二王子を呼び出すわけにも行かないでしょう。中にいるのは解っているのですから、皇太子殿下の到着を待たずに、行きますよ」
アーセールは、合流していた手勢を引きつれて、邸へ入る。分厚い木の扉を破ろうとしたが、鍵は開いていた。中は、人の気配がない。
「おい、ニコ。本当に、第二王子はいるんだろうな」
「ええ……、そういう情報でしたけど」
「とりあえず、入り口を固めておけ。あとは、仕方がない、探索する」
索敵に、ルーウェを連れていくというのは不安だった。ましてや、現在、ルーウェは玉璽を抱えている。せめて、これだけは皇太子に渡すべきであったか……と思案しながらも、耳を澄ませる。ひとの気配はない。物音もしない。
(ここには、誰もいないのではないか?)
そうも思ったが、ニコの情報の確かさのおかげで、アーセールは今まで、生き延びている。
「……静かですね」
ルーウェの面持ちに緊張の色はなかった。不思議と落ち着いているように見える。
「……怖くないのですか?」
「そうですね」とルーウェは一度言を切ってから、笑う。「あなたと離婚するかも知れないと思ったときの方が怖かったです。一人になってしまうと思った」
「すみませんでした」
そればかりは、伏してあやまる他ない。
「でも、おかげで、本心が見えたでしょう。あなたも、私もお互いに引け目を感じていて……」
「なら、今の状況は、共通の敵を倒しに行くところですね」
アーセールのほうにも、不思議と緊張感はなかった。第二王子を侮っているわけではない。だが、恐れる必要がなかった。それだけだ。
その時、カタリ……。と小さな音がしたような気がして、アーセールが立ち止まる。ルーウェも気づいたらしく、「上、のようですね」と階上を見上げた。二階へ行くのは極力避けたいところだった。退路が限られる。罠かもしれないとは思いつつ、ルーウェと一緒に、上へ向かうことにした。
早耳のニコに依れば、第二王子の私兵は、数百人。それが、全員、ここに集まっているとも思えない。王宮の守りにも割かなければならないはずだった。元帥が付いているので、軍は、おそらく第二王子のほうに付いているだろう。そのものたちは、おそらく王宮にいるだろう。
ここに居るのは数十人と見て良いだろう。どれほど多いとしても。
「……アーセール様、俺たちが先に行きます」
イネスが露払いを申し出る。常のアーセールならば、自分で行くが、今は、ルーウェが居るから、前へ出るのはイネスに任せた。
「……将軍、変わりましたね」
「そうか?」
「ええ。今までなら、率先して、死に向かっていたでしょう」
ここで死んでも良い。死にたくない。相反する二つの思いがあったからこそ、功績を挙げることが出来たし、死ななくて済んだ。『救国の将軍』と謳われるアーセールの実態は、こういうものだ。
「いまのほうが、絶対に良いですよ」
イネスが階段の上から、二階の廊下にちょっと顔を出した瞬間、「うおっ」と身体をのけぞらした。
「大丈夫か、イネスっ!」
「うー、弓です。厄介だな、こちらからは近づけないです」
いまの弓が合図だったのか、一階にも武装したものたちが躍り出てくる。
(一体、どこに潜んで……)
アーセールとルーウェは階段だ。一階と二階と、両側から進路を塞がれた状況だった。
時間を稼げば、皇太子の軍は来るだろう。だが、それだけではどうしようもない。
「イネス、どうだ?」
「……弓が結構いますね。両脇から来ます」
二階に躍り出た瞬間に、矢で射られるという寸法だろう。しかし、いま、アーセールたちは盾も持たない。武器も、心許ない。
「アーセール様、他に何かありませんかね」
「何かと言われても……」
その時、ふと、思い出した。北の国境に向け、商人に身をやつしていたとき、アーセールは商売道具兼、万が一の時の道具として用意していたものがある。香油の瓶だ。装束を替えてしまったので、全部は持っていないが、外套の隠しにいくつか入っている。これに火を付けて投げるか、まき散らして、火を付けるか。どちらかだ。
「……イネス」
「なんです」
「火炎瓶なら用意出来る。ただ、それほど、殺傷能力はない」
「奥方様がご一緒の時には、お勧めしませんよ。ただ……」
イネスは、階段の下を見やった。兵士で溢れている。あちこちで剣戟の音が響き、血なまぐさい。自軍が不利なことは、疑いようがない。
「下をなんとかしても、上に行けば、やられる……なら、上をなんとかするしかないでしょうね。第二王子がどこに居るか、が問題ですけど」
第二王子の私室。執務室はどこだろう。
「将軍。俺は、二階だと思いますよ。でなければ、廊下の両端に、弓兵なんかおくはずがない」
確実に、二階へ上がってきたものたちを殺す為の、作戦だと言いたいのだろう。
途方に暮れかけたが、だまっている 場合ではない。確実に、一秒ごとに、状況が悪化している。
迷っている場合ではなかった。
「イネス。二階からどこかへ行く通路はないんだな?」
「ええ、だから、第二王子が居るとしたら、ここだと思いますよ」
「よし、じゃあ、行こう」
香油の瓶は、十五本。それに火を付けて、廊下の両端へ投げ入れる。
「なんだっ!」
「射ろっ!」
「……火炎瓶だっ!!」
「火を消せっ!!」
声の様子から、おそらく、そこに居るのは、十人にも満たない。アーセールとイネスは顔を見合わせて、それぞれ右翼と左翼へ向かって駆けだした。弓兵に直撃はしなかったが、外套に引火しているらしく、もう一人が必死に消火しているようだ。だが、油を被っている。消火は難しいだろう。
「……っ! ……」
「仲間を助けたかったら、ここを通せ。第二王子はどこにいる? 答えたら、下へ行っても構わない。ここから逃げれば、命は助かるぞ」
アーセールは剣を抜く。その傍らに、ルーウェも居た。ルーウェも、焼かれゆく弓兵から、目を背けずに毅然と見ている。
「将軍、その部屋だっ!」
うしろからイネスが声を上げる。アーセールは、弓兵の首を掴んで、第二王子の私室へと投げ入れた。苦悶の声が聞こえた。
83
お気に入りに追加
187
あなたにおすすめの小説
幽閉王子は最強皇子に包まれる
皇洵璃音
BL
魔法使いであるせいで幼少期に幽閉された第三王子のアレクセイ。それから年数が経過し、ある日祖国は滅ぼされてしまう。毛布に包まっていたら、敵の帝国第二皇子のレイナードにより連行されてしまう。処刑場にて皇帝から二つの選択肢を提示されたのだが、二つ目の内容は「レイナードの花嫁になること」だった。初めて人から求められたこともあり、花嫁になることを承諾する。素直で元気いっぱいなド直球第二皇子×愛されることに慣れていない治癒魔法使いの第三王子の恋愛物語。
表紙担当者:白す(しらす)様に描いて頂きました。
死に戻り騎士は、今こそ駆け落ち王子を護ります!
時雨
BL
「駆け落ちの供をしてほしい」
すべては真面目な王子エリアスの、この一言から始まった。
王子に”国を捨てても一緒になりたい人がいる”と打ち明けられた、護衛騎士ランベルト。
発表されたばかりの公爵家令嬢との婚約はなんだったのか!?混乱する騎士の気持ちなど関係ない。
国境へ向かう二人を追う影……騎士ランベルトは追手の剣に倒れた。
後悔と共に途切れた騎士の意識は、死亡した時から三年も前の騎士団の寮で目覚める。
――二人に追手を放った犯人は、一体誰だったのか?
容疑者が浮かんでは消える。そもそも犯人が三年先まで何もしてこない保証はない。
怪しいのは、王位を争う第一王子?裏切られた公爵令嬢?…正体不明の駆け落ち相手?
今度こそ王子エリアスを護るため、過去の記憶よりも積極的に王子に関わるランベルト。
急に距離を縮める騎士を、はじめは警戒するエリアス。ランベルトの昔と変わらぬ態度に、徐々にその警戒も解けていって…?
過去にない行動で変わっていく事象。動き出す影。
ランベルトは今度こそエリアスを護りきれるのか!?
負けず嫌いで頑固で堅実、第二王子(年下) × 面倒見の良い、気の長い一途騎士(年上)のお話です。
-------------------------------------------------------------------
主人公は頑な、王子も頑固なので、ゆるい気持ちで見守っていただけると幸いです。
田舎育ちの天然令息、姉様の嫌がった婚約を押し付けられるも同性との婚約に困惑。その上性別は絶対バレちゃいけないのに、即行でバレた!?
下菊みこと
BL
髪色が呪われた黒であったことから両親から疎まれ、隠居した父方の祖父母のいる田舎で育ったアリスティア・ベレニス・カサンドル。カサンドル侯爵家のご令息として恥ずかしくない教養を祖父母の教えの元身につけた…のだが、農作業の手伝いの方が貴族として過ごすより好き。
そんなアリスティア十八歳に急な婚約が持ち上がった。アリスティアの双子の姉、アナイス・セレスト・カサンドル。アリスティアとは違い金の御髪の彼女は侯爵家で大変かわいがられていた。そんなアナイスに、とある同盟国の公爵家の当主との婚約が持ちかけられたのだが、アナイスは婿を取ってカサンドル家を継ぎたいからと男であるアリスティアに婚約を押し付けてしまう。アリスティアとアナイスは髪色以外は見た目がそっくりで、アリスティアは田舎に引っ込んでいたためいけてしまった。
アリスは自分の性別がバレたらどうなるか、また自分の呪われた黒を見て相手はどう思うかと心配になった。そして顔合わせすることになったが、なんと公爵家の執事長に性別が即行でバレた。
公爵家には公爵と歳の離れた腹違いの弟がいる。前公爵の正妻との唯一の子である。公爵は、正当な継承権を持つ正妻の息子があまりにも幼く家を継げないため、妾腹でありながら爵位を継承したのだ。なので公爵の後を継ぐのはこの弟と決まっている。そのため公爵に必要なのは同盟国の有力貴族との縁のみ。嫁が子供を産む必要はない。
アリスティアが男であることがバレたら捨てられると思いきや、公爵の弟に懐かれたアリスティアは公爵に「家同士の婚姻という事実だけがあれば良い」と言われてそのまま公爵家で暮らすことになる。
一方婚約者、二十五歳のクロヴィス・シリル・ドナシアンは嫁に来たのが男で困惑。しかし可愛い弟と仲良くなるのが早かったのと弟について黙って結婚しようとしていた負い目でアリスティアを追い出す気になれず婚約を結ぶことに。
これはそんなクロヴィスとアリスティアが少しずつ近づいていき、本物の夫婦になるまでの記録である。
小説家になろう様でも2023年 03月07日 15時11分から投稿しています。
空から来ましたが、僕は天使ではありません!
蕾白
BL
早島玲音(はやしま・れね)は神様側のうっかりミスで事故死したことにされてしまった。
お詫びに残った寿命の分異世界で幸せになってね、と言われ転生するも、そこはドラゴン対勇者(?)のバトル最中の戦場で……。
彼を気に入ってサポートしてくれたのはフェルセン魔法伯コンラット。彼は実は不遇の身で祖国を捨てて一念発起する仲間を求めていた。コンラットの押しに負けて同行することにしたものの、コンラットの出自や玲音が神様からのアフターサービスでもらったスキルのせいで、道中は騒動続きに。
彼の幸せ転生ライフは訪れるのか? コメディベースの冒険ファンタジーです。
玲音視点のときは「玲音」表記、コンラット視点のときは「レネ」になってますが同一人物です。
2023/11/25 コンラットからのレネ(玲音)の呼び方にブレがあったので数カ所訂正しました。申し訳ありません。
旦那様と僕
三冬月マヨ
BL
旦那様と奉公人(の、つもり)の、のんびりとした話。
縁側で日向ぼっこしながらお茶を飲む感じで、のほほんとして頂けたら幸いです。
本編完結済。
『向日葵の庭で』は、残酷と云うか、覚悟が必要かな? と思いまして注意喚起の為『※』を付けています。
キスから始まる主従契約
毒島らいおん
BL
異世界に召喚された挙げ句に、間違いだったと言われて見捨てられた葵。そんな葵を助けてくれたのは、美貌の公爵ローレルだった。
ローレルの優しげな雰囲気に葵は惹かれる。しかも向こうからキスをしてきて葵は有頂天になるが、それは魔法で主従契約を結ぶためだった。
しかも週に1回キスをしないと死んでしまう、とんでもないもので――。
◯
それでもなんとか彼に好かれようとがんばる葵と、実は腹黒いうえに秘密を抱えているローレルが、過去やら危機やらを乗り越えて、最後には最高の伴侶なるお話。
(全48話・毎日12時に更新)
モラトリアムは物書きライフを満喫します。
星坂 蓮夜
BL
本来のゲームでは冒頭で死亡する予定の大賢者✕元39歳コンビニアルバイトの美少年悪役令息
就職に失敗。
アルバイトしながら文字書きしていたら、気づいたら39歳だった。
自他共に認めるデブのキモオタ男の俺が目を覚ますと、鏡には美少年が映っていた。
あ、そういやトラックに跳ねられた気がする。
30年前のドット絵ゲームの固有グラなしのモブ敵、悪役貴族の息子ヴァニタス・アッシュフィールドに転生した俺。
しかし……待てよ。
悪役令息ということは、倒されるまでのモラトリアムの間は貧困とか経済的な問題とか考えずに思う存分文字書きライフを送れるのでは!?
☆
※この作品は一度中断・削除した作品ですが、再投稿して再び連載を開始します。
※この作品は小説家になろう、エブリスタ、Fujossyでも公開しています。
光る穴に落ちたら、そこは異世界でした。
みぃ
BL
自宅マンションへ帰る途中の道に淡い光を見つけ、なに? と確かめるために近づいてみると気付けば落ちていて、ぽん、と異世界に放り出された大学生が、年下の騎士に拾われる話。
生活脳力のある主人公が、生活能力のない年下騎士の抜けてるとこや、美しく格好いいのにかわいいってなんだ!? とギャップにもだえながら、ゆるく仲良く暮らしていきます。
何もかも、ふわふわゆるゆる。ですが、描写はなくても主人公は受け、騎士は攻めです。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる