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048 父の手紙

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「ん?」

 皇太子が怪訝そうな顔をして、額装された手形を見る。

「如何なさいましたか、兄上」

「こんなものがあるとは知らなかった。……しかも、丁寧に額装までして……」

 皇太子が怪訝そうな顔をして見ていると、ふいに「ん?」と小さく声を漏らした。

「ルーウェ。この額装は、お前が?」

「いいえ、父上から賜ったときには、この額がついていましたが」

 しばし、皇太子はなにかを考えていたようだったが、「なにか、下にあるように思える。これを、外してもいいだろうか?」とルーウェに問う。

「はい? ええ、構いませんが……」

 アーセールは目を凝らしてみるが、よくわからない。なんとなく、なにかがあるような気もするが、気のせいという気もする。

 皇太子は、手袋を付けてから、額を外していく。貴重な品に対する配慮、というより別な理由がありそうだとアーセールが思っていると、

「……万が一、毒が仕込んであるとも限らない。そういう方だ」

 などと皇太子が独り言のように呟く。

 アーセールは、その、美しい横顔を見ながら、皇太子の辿ってきた半生など、知るよしもないが、この人も、ルーウェと同じように孤独で、誰からの支援も得られない人生だったとしたらしんどいだろうと思う。

「外した……が、特に、仕掛けはなさそうだな。毒は解らんが」

 皇太子は、淡々と呟きながら、額を外していく。なんの変哲もない、子供の手形。だが、その下に、皇太子がいったように、別の紙が潜んでいた。表書きを探して裏返すと、そこには宸筆で『第八王子ルーウェへ』と書かれた上、皇帝陛下の公的な署名がされ、公文書として記録された事を示す、印章が押された封筒が出てきた。

「……これ、は……」

「ともかく、ルーウェ。お前に宛てた親展のようだ」

 封筒を手渡されたルーウェは、得体の知れないものを見るような目つきで、それを眺めている。何が入っているのか、わざわざ、隠すような事をするくらいだし、公文書として管理されるほどのものだ。父から息子への気楽な手紙ではないだろう。

 一度、ルーウェは深呼吸して、封に手を掛けた。指が、震えていた。封を丁寧に外して、中を開く。そこに、公文書で使用する料紙が入っていた。



『第八王子ルーウェに、玉璽の管理を命ず。』



 続く、いくつかの文章。そして、玉璽の鍵とおぼしき、白翡翠で出来た、平たい飾りが同封されている。ルーウェは、動物の肉の脂身のように、ぬめる光沢を持つ、飾り物を手に取る。ひんやりとしていた。

「私が、玉璽の管理人」

「であれば、管理人殿。……皇太子として、命ずる。玉璽を、ここへ持つように」

 静かに、皇太子はルーウェに命じ、ルーウェも、恭しく「畏まりました」と受けた。

 玉璽の場所については、同封の手紙に書かれていた。王都から南へ行ったところにある、王家の廟所。そこに行けば良いという。



『そなたが望むものを王とし、そなたはその任を補すこと』



 ルーウェには、勅命があった。

 ルーウェの顔色が悪い。アーセールは気になって、そっとルーウェの手を取る。気がついたルーウェが、顔を上げた。ラベンダー色の瞳が、潤っている。

「皇太子殿下。……廟所へは、私とルーウェの二人で向かいます。警護の者は付けますが、皇太子殿下におかれましては、こちらでお休み下さい。我々は、夜明け前に出ることにします。そうすれば、明日の午にはお手元に玉璽をお届け出来るでしょう」

「では、そのように」

 皇太子は、頼んだ、と一言添える。アーセールとルーウェは、そのまま御前を辞してアーセールの部屋へ向かった。

 部屋に入り、人払いをしてから、アーセールはルーウェに問う。

「国王陛下からの親書に、なにか、嫌なことでも書かれていたのですか?」

 ルーウェは、すこしのあいだ黙って、それから、俯いて、小さく首を横に振った。何も言わずに、アーセールに抱きついてくるが、なにも言わなかった。アーセールは、困ったが、そのまま、抱き上げて椅子まで移動する。ルーウェを膝の上に抱えたままで椅子に座っても、何も言う気配がなかったので、指で、彼の髪を梳いていた。

「……少し落ち着きました」

「ん?」

「父上は、なぜ、私に、こんな大役を命じられたのに、私に、何も仰って下さらなかったのか……。それに、私は、役目が欲しかったけれど……、実際に、次の皇帝の補佐、などという役目ではなくて、欲しかったのは、父上からの温かな言葉ひとつだったのを、いま、知りました。でも、もう、私には、二度と手に入れることが出来ない」

 それを、あの瞬間に思い知ったのだろう。

 肉親からの愛情は、本来、無条件で与えられるものだ。それを与えられなかった。その、劣等感は、きっとルーウェを深く傷つけていると、アーセールには、癒やすことが出来ない類いのものである。

 過去の傷も何もかも、全部埋めることが出来れば良いのに、とアーセールは思う。そして、それが出来ないことが、歯がゆくてたまらない。歯がゆい。それを、噛みしめている。

 アーセールは、無言で、ルーウェの言葉を静かに聞きながら、そっと背を撫でた。

「……月なみだけど」

 アーセールは、言葉を探しながら、ぽつりと言う。「皇帝陛下は、ご子息の中で、一番信をおいていたから、あなたに、国王を選ぶ権利を与えたんじゃないかな」

「……そうでしょうか」

「ああ。……皇帝陛下は、国の行く末を案じておられたと思う。ならば、最も信をおく者に未来を託したんじゃないかと思うんだ」

「そうでしょうか……」

「多分そうだよ」

 アーセールは、ルーウェの頬に口づけを落とした。少しでも、慰めになれば良い。そう思っていたら、ルーウェが「また、我慢、なんですよね?」と小さく確認してきたので、笑ってしまった。

「ええ、もう少しです」

 

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