純情将軍は第八王子を所望します

七瀬京

文字の大きさ
上 下
41 / 53

040 義兄上の詰問

しおりを挟む

 アーセールは、一歩下がった。

「あ、義兄上《あにうえ》……っ」

「なんで、離婚の危機に? なんで、側に居ない? ちょっと、いろいろ聞きたいことがあるから、場所を変えようか」

 怒りに満ちた笑顔を見て、アーセールは冷や汗が出る。

「ちょ、ちょっとまってください。ちょっと、贈り物を!」

「ルーウェに?」

「……はい。その……最後に、ちょっと、謝ろうと……」

 すう、と目が細められた。

「言葉と態度で誠意を尽くす前に、なぜ物品で買収を試みる」

 皇太子に容赦なく言われて、「左様でございます」とアーセールは小さくなる。そのやりとりを見ていた、案内してくれた男が、

「なんだ、あんた、奥さんの兄さんなのか。もうちょっと、ちゃんと言ってやった方が良いぞ? じゃないと、大事な妹さんが不幸になりかねないからね」などと皇太子を援護している。

 アーセールは完全に針のむしろの上だ。

「まあ、ちゃんと話をして、大事にしてやりなよ。あんた、奥さんのこと大好きなんだろうから。……それと、商売になりそうだったら、声を掛けてくれよ。俺らは、大抵ここに居るからな」

「ああ、とりあえず、こいつには灸を据えておく。この市場で灸は買えるかな。それと、あなたの……名を聞いても良いか?」

「えっ? ああ、……おれは、グレアン」

「グレアン。それではまた」

 贈り物の髪飾りを受け取ると、アーセールは皇太子に引っ張られて連行されることになった。

「……ちょっ、痛いですっよっ!!」

「なんで、離婚の危機に? なぜ、一緒に居ない? ルーウェと、サティスは?」

 皇太子は怒りで燃える眼差しで睨み付けながら、アーセールを壁に押しつけた。上背は、アーセールのほうが高いし、力はアーセールのほうが強いはずだが、押しのける事が出来ない。皇太子の顔が、ぐっ、とアーセールに近付いた。

「私は、頼むと言ったが?」

「で、ですから……その、二人は、西へ」

「西っ? それなら、お前も西へ行けば良いだろう。いざとなったら、あの二人の盾になれ」

「ちょっと、それ、非道すぎませんかね……」

 皇太子が、鼻で笑う。

「……政治力がないお前が、あの二人を確実に守る方法は物理しかないだろうよ」

 言外に、武力以外では役立たずと言われたに等しい。そして、皇太子は、なかなか、腕が立つ人のようだ……とは、現在、アーセールは認識を新たにしている。見た目は、優男だが、力は強いし、思い切りが良い。

「……それは、大変失礼致しました」

「解ったら、速やかに西へ行け。ここは、私一人でなんとかなる……が、あの二人の身柄だけが不安だったんだ。だから、頼むと言ったのに、余計な深読みをして……」

「あんな文をもらったら、普通は、来いって意味だと思いますよ! ……というか、義兄上、鐘が鳴りましたよ」

 皇太子の眉が、跳ね上がった。

「そうか」

「一体、何があったんです」

「……今は言いたくない」

「……玉璽を……」

「言いたくない」

 皇太子が、視線をはずす。

「……そこで、いちゃついてるお二人さん、ちょっと良いかなー?」

 気がつけば、周りを黒服の男たちに囲まれていた。

 白昼堂々と襲われるとは思っていなかったので、アーセールは完全に油断していた。皇太子も、小さくチッと舌打ちする。貴人のすることではないが、こういう人でも舌打ちをするのだな、と妙なところでアーセールは関心していた。

 路地の両側の入り口を塞がれている。

 これは、無理だ。逃げられない。剣は持っているが、この路地の細さでは抜剣できない。せめて、皇太子の身だけは守らないとならない。

 アーセールは皇太子の身体を抱きしめる。

「っ!? 何をしてるんだ! 私は、君とそういうことをする趣味はないが!?」

「俺だって相手は選びますよっ! ……ちょっと、非常事態なんだから、黙っててくれませんかね!」

 言い合いを始めたアーセールと皇太子の姿を見て、周りの黒服の男たちが、呆れた顔をしている。

(もしかしたら、もうちょっと油断させれば行けるかも知れない……?)

 さりげなく、抱き寄せた皇太子の身体を探る。

「っ!! ちょっと、どさくさに紛れて何をしているんだっ!! ルーウェに言いつけるぞ!!」

「いや、だから、ちょっと、あんたは、黙っててくださいよ!」

 皇太子は、短刀を二本。それと、小ぶりの剣を持っている。防具は着けていないが、この布は金属糸を織り込んだ特殊なものだ。怪我くらいはするだろうが命までは取られないだろう。

「殿下」とアーセールは耳許に囁く。

「だから、君にこんなことをされるのは……」

「行きます」

 無理矢理皇太子の身体を抱き上げて、黒服の男たちを蹴り飛ばす。路地から抜けて、なんとか自分の剣を抜く。

 後ろから男たちが追って来る。アーセールは皇太子を立たせて壁を背に。アーセールも、そうした。

 皇太子も剣を。抜く。

「私も働かせるつもりか」

「助けてくださいよ、義兄上様」

 皇太子が「高く付くぞ」というのだけが気にかかったが、とにかく二人は、敵に向かった。黒服たちは、二十人ほどいるだろうか。

 壁を背にしてはいるが、多勢に無勢の状態には変わりない。

「お前たちは何者だ?」

 静かに皇太子が問う。だが、返答の代わりに男たちは雄叫びを上げながら突進してくる。

「チッ」

 皇太子も抜剣して応戦する。剣と剣がかちあう鋭い金属音が響く。アーセールも繰り出される刃を剣で受ける。

(……重いな……)

 黒服たちは手練れのようだった。訓練された私兵という感じだ。動きも無駄がないし、隙もない。

(困った……)

 とにかく、皇太子だけは守らなければ、と剣を構え直す。

「面倒だ、退け!」

 黒服の一人が叫んで、何かをアーセールに投げつける。アーセールに目がけて飛んできたのし、子供の拳くらいの大きさの物体だった。

「しまったっ!」

 とっさに動いたのは皇太子だった。アーセールの手を引く。その瞬間、皇太子は小さく呻いた。腕を、少し切られたらしかった。

「殿下っ!」

「……この馬鹿者!」

 皇太子が忌々しく呟いた次の瞬間、耳をつんざくような爆音と共に、地面で物体が破裂したのだった。



 そこで、アーセールの意識は途切れている。
しおりを挟む
感想 3

あなたにおすすめの小説

幽閉王子は最強皇子に包まれる

皇洵璃音
BL
魔法使いであるせいで幼少期に幽閉された第三王子のアレクセイ。それから年数が経過し、ある日祖国は滅ぼされてしまう。毛布に包まっていたら、敵の帝国第二皇子のレイナードにより連行されてしまう。処刑場にて皇帝から二つの選択肢を提示されたのだが、二つ目の内容は「レイナードの花嫁になること」だった。初めて人から求められたこともあり、花嫁になることを承諾する。素直で元気いっぱいなド直球第二皇子×愛されることに慣れていない治癒魔法使いの第三王子の恋愛物語。 表紙担当者:白す(しらす)様に描いて頂きました。

死に戻り騎士は、今こそ駆け落ち王子を護ります!

時雨
BL
「駆け落ちの供をしてほしい」 すべては真面目な王子エリアスの、この一言から始まった。 王子に”国を捨てても一緒になりたい人がいる”と打ち明けられた、護衛騎士ランベルト。 発表されたばかりの公爵家令嬢との婚約はなんだったのか!?混乱する騎士の気持ちなど関係ない。 国境へ向かう二人を追う影……騎士ランベルトは追手の剣に倒れた。 後悔と共に途切れた騎士の意識は、死亡した時から三年も前の騎士団の寮で目覚める。 ――二人に追手を放った犯人は、一体誰だったのか? 容疑者が浮かんでは消える。そもそも犯人が三年先まで何もしてこない保証はない。 怪しいのは、王位を争う第一王子?裏切られた公爵令嬢?…正体不明の駆け落ち相手? 今度こそ王子エリアスを護るため、過去の記憶よりも積極的に王子に関わるランベルト。 急に距離を縮める騎士を、はじめは警戒するエリアス。ランベルトの昔と変わらぬ態度に、徐々にその警戒も解けていって…? 過去にない行動で変わっていく事象。動き出す影。 ランベルトは今度こそエリアスを護りきれるのか!? 負けず嫌いで頑固で堅実、第二王子(年下) × 面倒見の良い、気の長い一途騎士(年上)のお話です。 ------------------------------------------------------------------- 主人公は頑な、王子も頑固なので、ゆるい気持ちで見守っていただけると幸いです。

田舎育ちの天然令息、姉様の嫌がった婚約を押し付けられるも同性との婚約に困惑。その上性別は絶対バレちゃいけないのに、即行でバレた!?

下菊みこと
BL
髪色が呪われた黒であったことから両親から疎まれ、隠居した父方の祖父母のいる田舎で育ったアリスティア・ベレニス・カサンドル。カサンドル侯爵家のご令息として恥ずかしくない教養を祖父母の教えの元身につけた…のだが、農作業の手伝いの方が貴族として過ごすより好き。 そんなアリスティア十八歳に急な婚約が持ち上がった。アリスティアの双子の姉、アナイス・セレスト・カサンドル。アリスティアとは違い金の御髪の彼女は侯爵家で大変かわいがられていた。そんなアナイスに、とある同盟国の公爵家の当主との婚約が持ちかけられたのだが、アナイスは婿を取ってカサンドル家を継ぎたいからと男であるアリスティアに婚約を押し付けてしまう。アリスティアとアナイスは髪色以外は見た目がそっくりで、アリスティアは田舎に引っ込んでいたためいけてしまった。 アリスは自分の性別がバレたらどうなるか、また自分の呪われた黒を見て相手はどう思うかと心配になった。そして顔合わせすることになったが、なんと公爵家の執事長に性別が即行でバレた。 公爵家には公爵と歳の離れた腹違いの弟がいる。前公爵の正妻との唯一の子である。公爵は、正当な継承権を持つ正妻の息子があまりにも幼く家を継げないため、妾腹でありながら爵位を継承したのだ。なので公爵の後を継ぐのはこの弟と決まっている。そのため公爵に必要なのは同盟国の有力貴族との縁のみ。嫁が子供を産む必要はない。 アリスティアが男であることがバレたら捨てられると思いきや、公爵の弟に懐かれたアリスティアは公爵に「家同士の婚姻という事実だけがあれば良い」と言われてそのまま公爵家で暮らすことになる。 一方婚約者、二十五歳のクロヴィス・シリル・ドナシアンは嫁に来たのが男で困惑。しかし可愛い弟と仲良くなるのが早かったのと弟について黙って結婚しようとしていた負い目でアリスティアを追い出す気になれず婚約を結ぶことに。 これはそんなクロヴィスとアリスティアが少しずつ近づいていき、本物の夫婦になるまでの記録である。 小説家になろう様でも2023年 03月07日 15時11分から投稿しています。

貧乏大学生がエリート商社マンに叶わぬ恋をしていたら、玉砕どころか溺愛された話

タタミ
BL
貧乏苦学生の巡は、同じシェアハウスに住むエリート商社マンの千明に片想いをしている。 叶わぬ恋だと思っていたが、千明にデートに誘われたことで、関係性が一変して……? エリート商社マンに溺愛される初心な大学生の物語。

【奨励賞】恋愛感情抹消魔法で元夫への恋を消去する

SKYTRICK
BL
☆11/28完結しました。 ☆第11回BL小説大賞奨励賞受賞しました。ありがとうございます! 冷酷大元帥×元娼夫の忘れられた夫 ——「また俺を好きになるって言ったのに、嘘つき」 元娼夫で現魔術師であるエディことサラは五年ぶりに祖国・ファルンに帰国した。しかし暫しの帰郷を味わう間も無く、直後、ファルン王国軍の大元帥であるロイ・オークランスの使者が元帥命令を掲げてサラの元へやってくる。 ロイ・オークランスの名を知らぬ者は世界でもそうそういない。魔族の血を引くロイは人間から畏怖を大いに集めながらも、大将として国防戦争に打ち勝ち、たった二十九歳で大元帥として全軍のトップに立っている。 その元帥命令の内容というのは、五年前に最愛の妻を亡くしたロイを、魔族への本能的な恐怖を感じないサラが慰めろというものだった。 ロイは妻であるリネ・オークランスを亡くし、悲しみに苛まれている。あまりの辛さで『奥様』に関する記憶すら忘却してしまったらしい。半ば強引にロイの元へ連れていかれるサラは、彼に己を『サラ』と名乗る。だが、 ——「失せろ。お前のような娼夫など必要としていない」 噂通り冷酷なロイの口からは罵詈雑言が放たれた。ロイは穢らわしい娼夫を睨みつけ去ってしまう。使者らは最愛の妻を亡くしたロイを憐れむばかりで、まるでサラの様子を気にしていない。 誰も、サラこそが五年前に亡くなった『奥様』であり、最愛のその人であるとは気付いていないようだった。 しかし、最大の問題は元夫に存在を忘れられていることではない。 サラが未だにロイを愛しているという事実だ。 仕方なく、『恋愛感情抹消魔法』を己にかけることにするサラだが——…… ☆描写はありませんが、受けがモブに抱かれている示唆はあります(男娼なので) ☆お読みくださりありがとうございます。良ければ感想などいただけるとパワーになります!

今世はメシウマ召喚獣

片里 狛
BL
オーバーワークが原因でうっかり命を落としたはずの最上春伊25歳。召喚獣として呼び出された世界で、娼館の料理人として働くことになって!?的なBL小説です。 最終的に溺愛系娼館主人様×全般的にふつーの日本人青年。 ※女の子もゴリゴリ出てきます。 ※設定ふんわりとしか考えてないので穴があってもスルーしてください。お約束等には疎いので優しい気持ちで読んでくださると幸い。 ※誤字脱字の報告は不要です。いつか直したい。 ※なるべくさくさく更新したい。

某国の皇子、冒険者となる

くー
BL
俺が転生したのは、とある帝国という国の皇子だった。 転生してから10年、19歳になった俺は、兄の反対を無視して従者とともに城を抜け出すことにした。 俺の本当の望み、冒険者になる夢を叶えるために…… 異世界転生主人公がみんなから愛され、冒険を繰り広げ、成長していく物語です。 主人公は魔法使いとして、仲間と力をあわせて魔物や敵と戦います。 ※ BL要素は控えめです。 2020年1月30日(木)完結しました。

婚約破棄されて捨てられた精霊の愛し子は二度目の人生を謳歌する

135
BL
春波湯江には前世の記憶がある。といっても、日本とはまったく違う異世界の記憶。そこで湯江はその国の王子である婚約者を救世主の少女に奪われ捨てられた。 現代日本に転生した湯江は日々を謳歌して過ごしていた。しかし、ハロウィンの日、ゾンビの仮装をしていた湯江の足元に見覚えのある魔法陣が現れ、見覚えのある世界に召喚されてしまった。ゾンビの格好をした自分と、救世主の少女が隣に居て―…。 最後まで書き終わっているので、確認ができ次第更新していきます。7万字程の読み物です。

処理中です...