純情将軍は第八王子を所望します

七瀬京

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026 秘密と拒絶と

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 芍薬の甘い香りを聞きながらアーセールはルーウェを見やる。頬が上気していて、色っぽい。いつもより、湯上がりのせいで体温も高いようだった。

「新婚生活が、順調そうで安心したよ。お前は、ちゃんと、幸せになりなさい」

「ありがとうございます、殿下」

「……他人行儀なことだ。これからは、人前でも兄上で構わない」

 えっ、とルーウェが小さく呟く。

「けれど、そういう訳には、参りません」

「いや、そうして欲しい。アーセールも、そうしたほうが良いと言ってくれている」

「そうなんですか?」

 ラベンダー色の瞳が見上げてくる。全くそんな話は出てこなかったはずだ。少々、皇太子を恨めしく思ったが、アーセールは話を合わせることにした。

「ああ。あなたの後ろ盾に、殿下が付いて下さっていることを、公にしておいた方が、あの者たちが手出し出来ないはずだから……」

「そう、なんですね……ありがとうございます。沢山の贈り物も、ご配慮頂いて」

「なんの。私には贈り物をする弟は一人しか居ないからね。おとなしく甘えてくれると嬉しいよ。それに、こうして、王都以外の場所で会うのも、新鮮なものだろう。暗号を解読してくれて助かった」

「なにか、内々のご用事があるのではなく?」

 ルーウェが首をかしげる。

「おや、なにか、思い当たるところがあるのかい? ルーウェ」

「いえ、その……最近、第二王子殿下周りの貴族たちが、度々集まっているとは聞いていました。それに、私が、結婚するはずだった相手は、ピヒラヴァという有名な武器商人です。第二王子が、何かに備えているような気がしてたまりませんから……」

「それは、アーセールと結婚する前の情報?」

「えっ? ええ……、以前は私のところには、様々な噂が入ってきましたので」

 ふうん、と皇太子は小さく呟いて、目を細める。

「反乱でも起こすつもりかね」

「しかし、殿下。反乱を起こし弑逆《しいぎゃく》でも企てる者がいれば、逆賊です。それでは、民衆の心が離れることを彼らも熟知しているはずでは?」

「うん。だから、直接的な行動には出ないと思っているのだけれどね……」

「けれど、もし、なにか、事態が劇的に変化するようなことがあれば……」

 ルーウェは危惧していることを、素直に口にした。アーセールは、この話題について行けない。軍属で各地を転戦していたころは、中央とのやりとりは皆無だった。社交にしても、貴族の三男坊には、機会は殆どなかったために貴族らしい繋がりというものはおよそ持っていない。

「劇的に変化というと、具体的には?」

「……解らない」

 皇太子の表情が翳る。なにか、思い当たる方法があるようだったが、それは、アーセールには言わないのだろう。

「新婚早々のおまえたちに、する話ではなかったね……。では、私は、そろそろ戻るとするよ」

「殿下、本日は、どこでお休みに?」

「機密事項だよ、アーセール」

 皇太子は、そのまま微苦笑して、去って行った。その後ろ姿を見送りながら、ルーウェは固い表情で、何かを考えているようだった。

「……どうか、なさいましたか?」

 アーセールが問うと、ルーウェは「そうですね」とだけ、小さく呟く。「兄上は、あなたには、なにか色々とお話をしたのだと推測していますが」と前置きしてから、ルーウェは続ける。「そうでなければ、あの多忙な兄上が、ここで、わざわざ私達に対面で会うようなことはしないでしょう」

「あー……たしかに、いろいろ、話はした」

 静かに問い詰められると、何も返すことが出来なくなってしまう。

「その内容は、私には秘密にしろと?」

「それは……はい」

「そうですか」

 ルーウェは、そのまま口をつぐんだ。納得してくれたのか、と思ったが、違った。顔は、無表情のまま、固まっていた。心を閉ざしてしまったような、そんな顔だった。

「ルーウェ」

 違うんだ、と言おうと伸ばしかけた手をすり抜けるように、ルーウェは、たち上がる。冷たい眼差しが、見下ろしてきた。

「私は、先に休みます。疲れました」

 そのまま、去って行った背中を。本当は、抱きしめてしまいたかった。







 ルーウェとは、心が離れてしまったように思えて、アーセールは辛い。自分の半身を引きちぎられるような痛み……と言えばいいのか。

 ルーウェは寝台に横になって、頭から毛布をかぶってしまっているので、完全にアーセールを拒絶しているような状態だった。

「ルーウェ、俺は、ちょっと、湯を使ってくるから」

 そう、呼びかけても、返事もない。返事くらい、欲しい。無視をされるのは悲しい。だが、この胸の痛みは、今まさに、ルーウェが味わっているものなのかも知れない。ルーウェは、アーセールと皇太子に無視をされた、のけ者にされたと感じているはずだ。

 いくら、ルーウェの為を思って黙っていると言っても、そのルーウェを傷つけては本末転倒なのではないか。ルーウェを弄んでいたものたちのリストを、アーセールと皇太子が手に入れたいと思っていることについて、傷ついたり、憤ったり、或いは、復讐を志したりするのは、すべて、ルーウェ自身が決めるべきことなのではないだろうか。

「ルーウェ。少し……湯殿に行く前に、お話しを」

 そう申し出たが、やはり、ルーウェは一言も言葉を紡がなかった。

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