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023 新婚の夫婦の寝室

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 思わぬ事実を聞いたアーセールは、耳を疑ったが、ルーウェが嘘をつく必要はないし、冗談で言える内容ではない。

 薄寒い気持ちになりながら、部屋へ向かう。おそらく、今のルーウェの言葉は、食事の支度は不要という事実の他に、用心しろという警告なのだろう。

 ともあれ通された部屋は、淡い桃色で統一されていて、なにやら気恥ずかしい気持ちになった。新婚旅行という言葉が先行したものなのだろう。

「なんだか、新婚の夫婦の寝室みたいですね」と笑ってやり過ごそうとしたが、ルーウェは特になにも言わなかった。余計な一言を言ってしまったことを後悔するが、一度放ってしまった言葉は戻せない。アーセールは、曖昧な笑みを浮かべて、旅装を解く提案をした。

「皇太子殿下がいつおいでになるか解りませんから、着替えてしまいましょう。着替えは、こちらに用意させているはずですので……人を呼びますか?」

「ああ、大丈夫です。着替えくらい」

 着替えを持ってくるように言いつけて、しばし待つ。なんとも、居心地が悪い。なにか、会話の端緒はないか、と必死で探るが気が焦って言葉が出てこない。

「ここは、のどかな、場所ですよね……そういえば、ここは、もう、あなたの名義になっていると思います」

「えっ?」

 ルーウェが驚いて振り返った。

「私の名義ですか?」

「ええ。だって、あなたに下さったのだと思いますが」

「……私達に、ではないのですか?」

 ルーウェは、不満げな表情だった。

「けれど……」

「私の誕生日に、用意して下さったものならば……私のものかも知れませんが、ここは、あなたと私が賜ったものではないのですか?」

 言われてみれば、そうだ。だが、皇太子の心づもりはどうだろう。計り知ることは出来ないがアーセールに、わざわざ何かを与えても利はないのではないか。

「……なぜ、あなたは、そういうことを、私に相談もしてくれずに……」

「あっ、いえ……その」

「私は、そんなに信用出来ませんか?」

 信用出来ないというわけではない。

「そんなことは、在りません……ただ」

 ただ、とルーウェは口ごもった。なんと言って良いか、よく解らなかった。ルーウェを煩わせたくないというのもあったし、ルーウェ一人の名義にして置くべきだとも思っていた。それは、アーセールと、ルーウェが別れたときのことを考慮してのものだったが……。

 ルーウェはじっと、アーセールを見ている。

 ラベンダー色の美しい瞳が、アーセールをまっすぐと見ている。

『それでいいのか』と、詰問するような眼差しだった。

「すみません。次からは、必ず、相談します」

「これ以上、誰かから何かを賜る機会はないと思いますけれど」

「いや、解らないですよ。もしかしたら……そういうこともあるかも知れませんし」

 しどろもどろになって取り繕っているアーセールを見て、ルーウェが微苦笑した。困った人だ、とでも言いたげな表情だった。

「アーセール。……私は、頼りないかも知れませんど、それでも、あなたの役に立ちたいんです」

 そっと、ルーウェがアーセールの手を取った。手は、ひどく冷え切っていた。

「大分、冷えていらっしゃる」

「馬に乗っていると、手は冷えます。あと、耳も。馬は、とても暖かいのに」

「そうですね。もし、よろしかったら夕食前に、一度湯浴みをなさってはどうですか? 邸に、専用の湯殿があるようですから」

「気が向いたら行きます。あなたは……?」

「えっ……」

 どきっ、と胸が飛び跳ねた。そのまま、いきなり全力疾走したときのように早鐘を打ち始める。胸が、壊れそう、だった。

「ご、ご一緒に……ということですか?」

「おかしなことではないのでしょう? 私達は、伴侶だし。同性同士だし……湯治は、皆で、湯に浸かって身体を温めるもの……だと思っていましたけれど」

 ルーウェが、まっすぐと、アーセールを見つめている。

 試されている―――ような気がした。

「あ、え、と……その」

 どう、言って良いのか解らなかった。だが、ルーウェの眼差しは、アーセールをしっかり捕らえている。このまま、ルーウェの眼差しから、逃げられるとは到底思えない。

「……その、俺は……」

(どう、なんだ……別にやましい意味は……)

 やましい意味は、ない、と否定することも、最近は出来なくなっている。確かに、ルーウェに対して肉欲を抱いてしまったことがあった。それを、アーセールは否定出来ない。もし、一緒に入浴したら、理性は保つのだろうか。欲望にまけるくらいならば、一緒に入らない方が、よほど良いのだろう。

 もし、アーセールが心のままにルーウェを求めたり、無理強いしたら、ルーウェはきっと、傷つくだろう。

(俺は、ルーウェを絶対に傷つけたくない)

 それだけは、アーセールの中で、確かな事実だった。

「こ、その……皇太子殿下が、お越しになったら……困りますので、俺は、あとから。もちろん、身支度はしてから殿下に会うつもりですが」

「アーセール」

「はい?」

「皇太子殿下にはお一人で会うつもりですか?」

「あっ……」

 また、やってしまった。ルーウェは、燃えるような眼差しで、アーセールを睨み付けている。ルーウェの繊手がひらりと中を舞った。

 ―――次の瞬間。

 アーセールの頬は、ルーウェに平手打ちをされていた。

「っ!」

 パンッ! という小気味のよい音が、桃色一色の部屋に響き渡る。

「私は、軽く湯を使ってきます! 兄上がいらっしゃったら、待っていて下さいね! あなたは身支度をご自由に!」

 ルーウェは足早に部屋を出て行く。

「ルーウェっ!」

 ここまで、はっきりと怒らせてしまったことは、今まで、なかった。ため息を吐いて、アーセールは、床にしゃがみ込む。

 ルーウェの機嫌は、どうすれば直るだろうか。幾ら考えても、答えは出てこなかった。

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