純情将軍は第八王子を所望します

七瀬京

文字の大きさ
上 下
18 / 53

017 あなたの、役に立ちたい

しおりを挟む


「あっ……その、すみません。黙っていて……」

「いえ、今、知ることが出来て良かったと思います。姉上は、国で一番の美女と名高い才媛ですよ」

「あー…」

 なんと説明して良いのか分からなかったが、少々、鋭い目つきをしているルーウェには、嘘はつけない。

「どう考えても、第二王子が付いてきて、後継者争いに巻き込まれるんですよ。それが嫌だなと思っていたら、あなたの姿が目に飛び込んできて……思わず……」

「思わず? 求婚なんて人生の一大事なのに? それを、思わずだなんて……」

「第二王女殿下も、わざわざ素敵なお召し物でしたので、なにか、理想とする求婚が行われる場面ではあったのだと思います。けれど、あの瞬間、ルーウェの姿が視界の端に映って、それで、気がついたら。今は、あの時、あなたの姿を見つけられて良かったと思っています」

「えっ……だって、あなたは、将軍を辞さなければならなかったし……それに、今日は、第二王子と敵対しました。皇帝陛下だって……」

「まあ、あなたが賜った品が、あまりにもふざけたものでしたので、皇帝陛下の心証も悪かったのでしょうね」

 寄りによって、皇太子の手形とは。第二王子が嘲り笑うのも無理はない。おかげで、第二王子は、多少溜飲は下がったのだろうとは思う。

「けれど、私は、どんな品であっても、陛下から物を賜ったことは殆どありませんでしたから、大切にしたいと思っています。この部屋に飾るかどうか、悩んでいるところです」

 アーセールは部屋を見回した。殺風景な部屋だ。そこに、よりによって、皇太子の手形が飾られるのは、あまり、良くない気がする。なので、「日に焼けて色が褪せるのでは?」と聞いてみた。

「あっ、たしかに、そうかも知れません……でしたら、手元に置いておきますが、できるだけ日の当たらないところに飾ることにします」

「やはり飾るのですね」

 思わず苦笑してしまった。

「あの……」

「はい?」

「……第二王子と、敵対してしまって、よろしかったのですか? 私は、ああいうことを言われ慣れていますから」

「これからは一切あのようなことは言わせませんよ」

 アーセールは、キッパリと言い切る。

「それは、ありがたいのですけれど、皇帝陛下は第二王子を重用しているようですし、このままでは……第二王子の御代になったら」

 アーセールは、粛正されるかも知れないし、酷い目に遭うかも知れない。ルーウェは、そのことが、耐えがたいのだろう。

「ふむ、もし、この国に居づらくなったら、出奔しますか。あなたのご母堂の出身の国なんて如何です?」

「アーセール……、私は、本当に、心配しているのに」

 ルーウェは顔を真っ赤にして憤慨している。アーセールの身を案じているのだ。そして、今の暮らしや立場を捨てることになることを、恐れている。

「あなたは……ご自身のことならば、様々なことを我慢してしまうのに、俺の身は案じるんですね」

 アーセールは、そっとルーウェの手を取る。手は、冷えていた。花の香りを感じる。身支度のあと、花の香油で手入れをしたのだろう。花の香りは、麗しいし、ルーウェにはふさわしいが、少しだけ残念な気分になったのは、ルーウェの肌の香りを、感じられないからだ。

「あなたは、もう少し、ご自身を大切にしてください」

「いろいろと甘えてばかりですけれど」

「いいえ、俺の身を案じるように、あなた自身の痛みにも目を向けて。……俺が、傷ついたり苦労したりするのを見るのが嫌だと、思ってくださっているのだとしたら、それは、俺も一緒なんです。あなたの表情が曇ったり、あなたが痛い思いをしたり、辛い思いをするのは見たくない。……一緒に、幸せになる方法を探したいと言ったら、笑いますか?」

 一瞬、ルーウェは真顔で、アーセールの顔を見つめ返す。

 ラベンダー色の瞳は、なにか言いたげな様子だったが、それが、何なのか、アーセールには解らなかった。

「あなたの、役に立ちたい」

 ルーウェは、きっぱりとした口調で言う。

「いろいろと、教えてくださったと思いますが」

「それだけではなくて、……あなたに、庇護されているだけではなくて……」

 ルーウェの感じている歯がゆさは、アーセールも理解出来る。所在のなさを感じているのも、解っている。だが、アーセールは、それを、どうやって、ルーウェに与えるのか解らない。だから、焦らずにいてくれれば良いのにと思う。

「……ルーウェ。焦らないでください」

「でも、私は……」

 ぎゅっと、ルーウェは夜着を握りしめる。そこで、口ごもったのは、きっと、『面倒を掛けたくない』ということだろう。だから、言いたいことも、本心も、ルーウェの唇から発せられることはない。

 アーセールは、ルーウェに果実酒を渡す。グラスの中で揺れる、薄いラベンダー色の酒は、甘い香りを漂わせている。

「……ルーウェ。私は、あなたに何も望んでいない訳ではないのです」

「えっ? 何を、望んでいるんですか? 教えてください」

「俺たちは、一緒に、幸せになれると良いなと思っているんです。それは、俺たちだけの形があると思っていて……、あなたが、不安に思っているのも、理解はしています。ただ……」

 アーセールは、そこで言を切った。その先、なんと言って良いか、よく解らなかった。

 柔らかな長椅子で、ゆっくりと果実酒を傾けている間、アーセールとルーウェは、無言でいた。

 窓から、月の光が差し込んでくる。青白い月光をうけるルーウェの姿は、夜の精霊のように美しくて、アーセールは目を放すことが出来なかった。 
しおりを挟む
感想 3

あなたにおすすめの小説

田舎育ちの天然令息、姉様の嫌がった婚約を押し付けられるも同性との婚約に困惑。その上性別は絶対バレちゃいけないのに、即行でバレた!?

下菊みこと
BL
髪色が呪われた黒であったことから両親から疎まれ、隠居した父方の祖父母のいる田舎で育ったアリスティア・ベレニス・カサンドル。カサンドル侯爵家のご令息として恥ずかしくない教養を祖父母の教えの元身につけた…のだが、農作業の手伝いの方が貴族として過ごすより好き。 そんなアリスティア十八歳に急な婚約が持ち上がった。アリスティアの双子の姉、アナイス・セレスト・カサンドル。アリスティアとは違い金の御髪の彼女は侯爵家で大変かわいがられていた。そんなアナイスに、とある同盟国の公爵家の当主との婚約が持ちかけられたのだが、アナイスは婿を取ってカサンドル家を継ぎたいからと男であるアリスティアに婚約を押し付けてしまう。アリスティアとアナイスは髪色以外は見た目がそっくりで、アリスティアは田舎に引っ込んでいたためいけてしまった。 アリスは自分の性別がバレたらどうなるか、また自分の呪われた黒を見て相手はどう思うかと心配になった。そして顔合わせすることになったが、なんと公爵家の執事長に性別が即行でバレた。 公爵家には公爵と歳の離れた腹違いの弟がいる。前公爵の正妻との唯一の子である。公爵は、正当な継承権を持つ正妻の息子があまりにも幼く家を継げないため、妾腹でありながら爵位を継承したのだ。なので公爵の後を継ぐのはこの弟と決まっている。そのため公爵に必要なのは同盟国の有力貴族との縁のみ。嫁が子供を産む必要はない。 アリスティアが男であることがバレたら捨てられると思いきや、公爵の弟に懐かれたアリスティアは公爵に「家同士の婚姻という事実だけがあれば良い」と言われてそのまま公爵家で暮らすことになる。 一方婚約者、二十五歳のクロヴィス・シリル・ドナシアンは嫁に来たのが男で困惑。しかし可愛い弟と仲良くなるのが早かったのと弟について黙って結婚しようとしていた負い目でアリスティアを追い出す気になれず婚約を結ぶことに。 これはそんなクロヴィスとアリスティアが少しずつ近づいていき、本物の夫婦になるまでの記録である。 小説家になろう様でも2023年 03月07日 15時11分から投稿しています。

死に戻り騎士は、今こそ駆け落ち王子を護ります!

時雨
BL
「駆け落ちの供をしてほしい」 すべては真面目な王子エリアスの、この一言から始まった。 王子に”国を捨てても一緒になりたい人がいる”と打ち明けられた、護衛騎士ランベルト。 発表されたばかりの公爵家令嬢との婚約はなんだったのか!?混乱する騎士の気持ちなど関係ない。 国境へ向かう二人を追う影……騎士ランベルトは追手の剣に倒れた。 後悔と共に途切れた騎士の意識は、死亡した時から三年も前の騎士団の寮で目覚める。 ――二人に追手を放った犯人は、一体誰だったのか? 容疑者が浮かんでは消える。そもそも犯人が三年先まで何もしてこない保証はない。 怪しいのは、王位を争う第一王子?裏切られた公爵令嬢?…正体不明の駆け落ち相手? 今度こそ王子エリアスを護るため、過去の記憶よりも積極的に王子に関わるランベルト。 急に距離を縮める騎士を、はじめは警戒するエリアス。ランベルトの昔と変わらぬ態度に、徐々にその警戒も解けていって…? 過去にない行動で変わっていく事象。動き出す影。 ランベルトは今度こそエリアスを護りきれるのか!? 負けず嫌いで頑固で堅実、第二王子(年下) × 面倒見の良い、気の長い一途騎士(年上)のお話です。 ------------------------------------------------------------------- 主人公は頑な、王子も頑固なので、ゆるい気持ちで見守っていただけると幸いです。

幽閉王子は最強皇子に包まれる

皇洵璃音
BL
魔法使いであるせいで幼少期に幽閉された第三王子のアレクセイ。それから年数が経過し、ある日祖国は滅ぼされてしまう。毛布に包まっていたら、敵の帝国第二皇子のレイナードにより連行されてしまう。処刑場にて皇帝から二つの選択肢を提示されたのだが、二つ目の内容は「レイナードの花嫁になること」だった。初めて人から求められたこともあり、花嫁になることを承諾する。素直で元気いっぱいなド直球第二皇子×愛されることに慣れていない治癒魔法使いの第三王子の恋愛物語。 表紙担当者:白す(しらす)様に描いて頂きました。

貧乏大学生がエリート商社マンに叶わぬ恋をしていたら、玉砕どころか溺愛された話

タタミ
BL
貧乏苦学生の巡は、同じシェアハウスに住むエリート商社マンの千明に片想いをしている。 叶わぬ恋だと思っていたが、千明にデートに誘われたことで、関係性が一変して……? エリート商社マンに溺愛される初心な大学生の物語。

完結|ひそかに片想いしていた公爵がテンセイとやらで突然甘くなった上、私が12回死んでいる隠しきゃらとは初耳ですが?

七角@中華BL発売中
BL
第12回BL大賞奨励賞をいただきました♡第二王子のユーリィは、美しい兄と違って国を統べる使命もなく、兄の婚約者・エドゥアルド公爵に十年間叶わぬ片想いをしている。 その公爵が今日、亡くなった。と思いきや、禁忌の蘇生魔法で悪魔的な美貌を復活させた上、ユーリィを抱き締め、「君は一年以内に死ぬが、私が守る」と囁いてー? 十二個もあるユーリィの「死亡ふらぐ」を壊していく中で、この世界が「びいえるげえむ」の舞台であり、公爵は「テンセイシャ」だと判明していく。 転生者と登場人物ゆえのすれ違い、ゲームで割り振られた役割と人格のギャップ、世界の強制力に知らず翻弄されるうち、ユーリィは知る。自分が最悪の「カクシきゃら」だと。そして公爵の中の"創真"が、ユーリィを救うため十二回死んでまでやり直していることを。 どんでん返しからの甘々ハピエンです。

イケメン俳優は万年モブ役者の鬼門です

はねビト
BL
演技力には自信があるけれど、地味な役者の羽月眞也は、2年前に共演して以来、大人気イケメン俳優になった東城湊斗に懐かれていた。 自分にはない『華』のある東城に対するコンプレックスを抱えるものの、どうにも東城からのお願いには弱くて……。 ワンコ系年下イケメン俳優×地味顔モブ俳優の芸能人BL。 外伝完結、続編連載中です。

純情なる恋愛を興ずるには

有乃仙
BL
 事故に遭い、片足に後遺症が残ってしまった主人公は、陰口に耐えられず、全寮制の男子校へと転校した。  夜、眠れずに散歩に出るが林の中で迷い、生徒に会うが、後遺症のせいで転んだ主人公は、相手の足の付け根の間に顔が埋まってしまう。  翌日、謝りに行くものの、またしても同じことが起きてしまう。  それを機に、その生徒と関わることが増えた主人公は、抱えているものを受け入れてもらったり、彼のことを知っていく。  本来は、コメディ要素のある話です。理由付けしたら余分なシリアスが入ってしまいました。主人公の性格でシリアスをカバーしているつもりです。  話は転校してからになります。  主人公攻めで、受けっぽい攻め×攻めっぽい受け予定です。

今世はメシウマ召喚獣

片里 狛
BL
オーバーワークが原因でうっかり命を落としたはずの最上春伊25歳。召喚獣として呼び出された世界で、娼館の料理人として働くことになって!?的なBL小説です。 最終的に溺愛系娼館主人様×全般的にふつーの日本人青年。 ※女の子もゴリゴリ出てきます。 ※設定ふんわりとしか考えてないので穴があってもスルーしてください。お約束等には疎いので優しい気持ちで読んでくださると幸い。 ※誤字脱字の報告は不要です。いつか直したい。 ※なるべくさくさく更新したい。

処理中です...