純情将軍は第八王子を所望します

七瀬京

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016 宴のあと

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 皇帝陛下が、第二王子を伴って還御されたあと、宴は晩餐会を経て終了になったが、この晩餐会は、ふるびて歯の抜けた櫛のように、招待客の半数近くが帰っていた。第二王子とのやりとりが噂になって、アーセールと親しくすることは今後に差し障ると考えたのだろう。

 だが、アーセールは、あの態度を、全く気にしていなかった。それより、第二王子が、口約束だけで成立もしていなかった第二王女との結婚の件を、ルーウェに告げたことが腹立たしい。

(いや、俺が隠しておいたのが悪い……)

 ルーウェの表情は、あのとき凍りついていた。いまは穏やかな笑みを浮かべているが、金子でやりとりされた身の上なうえ、元々、第二王女との結婚の話が持ち上がっていたなどという話は、嫌なものだろう。

 宴が早く終わることを祈りつつ、アーセールは、にこやかに晩餐会の主催として振る舞っていた。





 結局、晩餐会は深夜に及んだ。

 よそよそしい会話と、第二王子と、何があったのか腹の探り合いばかりで、神経がすり減る感じがあったが、まずは、無事に乗り切ったという感じがある。

「少し、お話ししませんか?」

 疲れ果てていたので、すぐに休みたい気持ちもあったが、ルーウェと会話する必要がある。

「今から、ですか?」

「ええ……少し、お酒でも飲みながら」

「では、ご一緒いたします。どちらで?」

「……あなたのお部屋へうかがってもよろしいでしょうか?」

 ルーウェの白い顔が、ぽっと赤くなった。夜更けに、部屋を訪ねるのだから、そういうことを考えるのは当たり前のことだ。

「あ、その……そういうことではなくて……色々、お話ししていたほうが良いかと思いまして……」

 ルーウェの顔が残念そうに曇る。また、無自覚にルーウェを傷つけてしまったのではないか、とアーセールは焦った。なにを言っても、悪い方へ転がりそうだ。

「お話し、ですね……それならば、私にもお話しはありますから」

「分かりました。では、身支度をしてから参ります。ルーウェは、軽いお酒のほうがいいですよね」

 そう言ってから、また、勘違いさせるような言葉を放ったことに気がついて、アーセールは頭を抱えたくなった。





 夜更けに、身支度をしてから部屋を訪れる許可を得る……これで、接触を求めないほうが、どうかしている。

(それはわかる。わかるんだが……)

 ルーウェは、まだ、色々なことで傷ついていて、その傷が癒えないだろうし、今のアーセールは、彼のそばにいるだけで満足してしまっていて、深い関係を結ぶことを求めていなかった。

 かつて、ただ一度だけ会ったあの日から、あの中のルーウェ像が変わらないのだろう。

(それに……第二王女の件を聞いたあの方は、さぞ、不愉快な思いをされただろうに……)

 そんな彼のことを慮れば、触れられない理由ばかりが増えていく。

 しかし、先ほど、部屋へ行くと言ったとき、顔を赤くして、少し、期待するような表情を見せたルーウェは、胸があやしく騒ぐほどに可愛かった。理性が止めていなければ、危なかったかもしれない。

「とにかく、お話しをしなければ……」

 平服に着替えるのも躊躇われ、夜着のまま、アーセールはルーウェの部屋へ向かった。

 ルーウェの部屋は、輿入れの日から変わった様子はない。調度やその他の不満は出なかったが、もう少し、しつこく聞けばよかったかもしれない。

 ルーウェは部屋に置かれた長椅子に座って、本を読んでいた。

「おまたせしました。そちらは?」

「ルサルカから借りました。歌舞音曲について書かれたものだというので」

「音楽に興味がおありで?」

 アーセールが問うと、ルーウェはあからさまにがっかりした顔になった。

「これでも、王都では少しは竪琴の腕前に評判があったのですが……」

 知らなかった。

「す、すみません。俺は、音楽の類にはまるで縁がなくて……もしや、楽器をお持ちだったのですか? その割に、竪琴の音は聞こえませんでしたが……」

「楽器は持ってきましたが……うるさいと思って……」

 ルーウェが言葉を濁す。迷惑をかけないように、できるだけ役に立つように。今のルーウェは、それで頭がいっぱいになっているのを、あらためて痛感する。

「俺にも聞かせて下さい。駄目ですか?」

「えっ…?」

「確かに俺は、歌舞音曲の類はまったくわからないのですが……あなたが爪弾く竪琴ならば聞いてみたいです」

 竪琴を弾くルーウェを想像してみると、名工が描いた絵画のように美しい光景だった。

「アーセールは、弾かないのですか?」

「えっ!? 俺は……進軍のラッパ担当をやったことがありますが、二日でクビになりましたよ? 士気が下がると言われました」

 ルーウェが小さく吹き出す。

「ラッパって……旋律は奏でないはずでは?」

「ええ、どうにも、拍が遅れたり早かったりで、まわりの調子を崩すらしく……」

「そんなこともあるのですね」

 ルーウェはずっと笑っている。こんなことを話すために来たわけではなかったが、こんなことを話したかったようにも思える。

 目の縁に涙を溜めて笑っているルーウェを見ていると、過去の、不甲斐ない自分の失敗も、良い働きをしたと心から思う。

「では、少し練習してからお聞かせします。それと……あなたは、姉上と結婚のお話があったのですね」

 アーセールのほうが先に切り出すべきだったのに、ルーウェが静かな面持ちで問いかけてきた。


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