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014 繋いだ手

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 皇太子が去ったあと、程なくして皇帝陛下一行が来駕された。

 正式な臣邸行幸であるので、行列は美々しい。皇帝陛下は、馬車に乗っていた。同行しているのは第二王子と第三王子だ。その他、侍従や警護も含めれば三十人ほどの一行になる。

「陛下、ようこそおいで下さいました。光栄の極みでございます」

 アーセールは跪いて皇帝陛下を迎える。その傍らにルーウェも付いた。

「楽に……ふむ、退役軍人の邸にしては、良い住まいのようだな。いささか古くさいが」

 皇帝陛下の言葉を聞いて、アーセールは「急に、第八王子殿下をお迎えすることになりましたので、行き届かず失礼を」と恭しく頭を下げる。

「いや、これの為にそこまですることはなかろう」

 えっ、とアーセールが驚くのが解った。それが、恥ずかしくて、ぎゅっと、アーセールの手を握りしめる。父帝が、この扱いをするから、第二王子が、好き勝手なことをする。それを、父帝は理解しているだろうが、扱いは変わることはない。

「……いえ、ここが、退役軍人と、殿下の終《つい》の棲家《すみか》になりましょうから、二人でよくよく相談をして、良き邸に作り替えるつもりです」

「ふむ……まあ、無駄な銭を使うのも良いだろう。大工も、仕事がなくては困るであろうからな」

 はは、と皇帝陛下は笑う。嫌な言葉ばかり聞かせるものだと、ルーウェは悔しくて唇を噛む。皇帝陛下に遅れて、第二王子と第三王子も馬車から降りた。

「やあ、ルーウェ。ふ……む。なかなか、かわいがって貰っているようだな」

 全身を、舐めるような、嫌な、粘っこい視線だった。アーセールが、ルーウェと第二王子の間に立つ。

「これは、殿下。ようこそおいでくださいました」

「可愛い弟が、どうしているか、心配でね。招待状もないのに来てしまったよ。さしずめ、我らは、招かれざる客と言うことかな?」

 アーセールは返事をしなかった。ただ、無言で、皇帝のあとに付いていくように促しただけだ。

「まあ、良い。あとで、家族水入らずの時間を過ごしたい。陛下もそのようなことを仰せであった」

「……畏まりました」

「またな」

 いかにも親しげに告げて、第二王子と第三王子は去って行く。ぎゅっと、アーセールの手を握りしめる。心配そうに、アーセールが顔をのぞき込む。

「顔色が、悪いです」

 背中に、冷たい汗を、びっしりと書いているのも解る。あの二人を見ただけで、また、なにかを命じられるのではないかと、萎縮してしまって、上手く、言葉も出てこない。

「……このまま、お部屋に下がって休んで居られた方が……」

 アーセールが気遣って言うのを聞いて「嫌ですっ!」ととっさにルーウェは叫んでいた。

「けれど」

「あなたの側ならば、安全です。ひとりで、居るのは、怖いです。ですから……」

 少し、アーセールは困ったような顔をしてから、「解りました。……ただ、本当に、無理はなさらないで」と了承して、ぎゅっと、手を握った。





 皇帝陛下の来御ということで、大広間は静まりかえっていた。

 臣邸行幸は、臣下としての最高の名誉である。その瞬間に立ち会う貴族たちは、(いずれ我が家にも……)と、夢見るものもいるだろう。それほどの栄誉であった。第八王子を娶ったことだけではなく、戦勝に導き、国を救った英雄に対する褒賞であろうとは、誰もが思っているだろう。

「此度は、私と第八王子殿下の結婚の為に、来駕の栄華を賜り、心よりお礼申し上げます」

 跪いて、アーセールは礼を取る。一緒に、ルーウェも礼を取った。

「そのように畏まらずとも良かろう。そなたは、我が息子の伴侶となったのだから、余とは家族だ。そのように畏まるものではない」

 完爾たる笑顔を浮かべる皇帝陛下は、未だ壮年で、全身から精気がみなぎっている。そこに居るだけで、周囲を圧倒するような、存在感があった。

「ありがたき幸せでございます」

 恭しく、アーセールは告げる。

「色々と案じて追ったが、そなたと王子は、上手くやっているようで安心した。これからも、国の為に、良く働くが良い」

 現在『無職』であるアーセールに対して、少々、妙な言葉ではあった。

「……陛下。アーセール殿は、現在、将軍職を辞しております」

「ああ、そうであった……。ふむ、すでに、楽隠居か。うらやましいことだ」

 ははは、と皇帝陛下が笑う。招待客は、笑って良いのか、対応を迷っているようで、微妙な表情をしていた。

「おかげさまで、楽をさせていただきますので、これより余生は、第八王子殿下と共に、ゆっくりと過ごしていこうと思います」

「堂々と、楽をすると言いおった……全く、このような、働き盛りのものが、仕事もせずに遊び歩いているのは、腹立たしいな。なにか、考えよう」

 皇帝陛下の隣で、第二王子が、にやりと笑ったのを、ルーウェは見逃さなかった。怖くなって、アーセールの手をぎゅっと握りしめる。アーセールは、大丈夫というように、強く、手を握り返してくれた。

 そして、ルーウェにだけ聞こえるような、かすかなささやきを、直接耳に流し込む。

「嫌なことばかり仰せですが、真に受ける必要はありませんよ」と、さらりと、アーセールは言う。なぜ、と言おうとしたが、言葉は出てこなかった。

「まったく、そなたたちは、何を、ベタベタと……」

「これは、お許し下さいませ。我らは、新婚ゆえ、とにかく、お互い、離れがたいのです」

 アーセールの言葉が、本当だったら良いのに、とルーウェは思う。繋いだ手の感触が気持ち良くて、二度と離したくないと、心から思った。
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