13 / 53
012 宴の朝
しおりを挟む宴の支度で、邸《やしき》の中は慌ただしい。
ルーウェはやることがなくて、よりいっそう、所在ない。ルーウェにやることと言えば、せいぜい、招待客のリスト作成とアーセールに、国内の貴族たちの勢力等について教えることだが、それもすぐ終わってしまった。
衣装も問題ない、晩餐の際に饗される食事や、飲み物、会場の飾りなどは、すべてルサルカが手配している。ルーウェの目から見ても、問題ない設《しつら》えであった。
ルーウェに出来ることと言えば、当日、取り乱さずに第二王子たちの前に立って、やり過ごすことだけだ。
(宴が終わったら、少しは、……家のことをやらせて貰えるように、お願いしないと)
せめて、少しでも役に立たないと。今は、何の役にも立っていない。むしろ、迷惑を掛けているのだろうと、ルーウェは思っている。アーセールは優しいから何も言わないが、面倒ごとは沢山在るはずだ。
ともあれ、宴の席までは、おとなしくしているしかなかった。
アーセールも忙しいらしく、閨で一緒に休むのだけしか出来なかった。殆ど、会話もない。一人で休んでいるところに、あとからアーセールが入ってくるだけだ。あてがわれた部屋にも寝室はある。そちらを使えば良いのだが、どうしても、ここに来てしまう。アーセールは、ルーウェがここにいるから、仕方がなくここに来ているのだろう。本当ならば、一人で静かに休みたいのかも知れない。けれど、ルーウェは、一人で休みたくなかった。
宴の日は、朝から閨に沢山の侍女たちがやってきて、身支度を調え始めた。
「……アーセール様のお召し物は、ルーウェ様の瞳の色ですから、お二人並ばれたときに、本当に良く合いますね」
輿入れの時は、長い衣に裳裾という、なんとも女性的な格好で嫁いできたが、今日は、男子の礼装だ。色違いの揃いで作っている。アーセールの胸には、今まで将軍であることを示す立派なエメラルドの徽章が付けられていたが、それは、白銀で作られた砂獅のブローチになっていた。ルーウェには、王子であることを示す、白百合と剣の徽章が付けられている。王子という身分があって良かった、とルーウェは少しだけ思った。アーセールの砂獅ほど立派なものではないが、少しは見栄えがする。
「お二人とも、良くお似合いになります」
「本当に」
「せっかくですから、このお姿を肖像に残しておかれたほうがよろしいかもしれまませんね。アーセール様は、これから、年を重ねる一方ですから」
ルサルカが軽口を叩く。その目元には濃い隈が浮かんでいて、何日も寝ずに支度をしたのがうかがえる。
「そうだな。肖像は欲しいな。出来れば……その、持ち歩くことが出来る物も……」
「ご自身の肖像画を?」
ルサルカが怪訝そうな顔をする。
「俺のではない……。ルーウェの……肖像が欲しいかなと、思ったのだ。戦に出るときなどは……」
長い間離ればなれになるから、ということばが飲み込まれたようで、ルーウェは、胸が熱くなる。
(私と、一緒に居たいと……言ってくれている、のだろうか)
それならば、嬉しい。ルーウェも(私も欲しい)と言おうとしたところだったが、ルサルカが盛大な溜息を吐いたので、言葉に出来なかった。
「はぁっ……アーセール様。もう、戦場には出ないのですよ? 隠居なさったではありませんか。若隠居というか、楽隠居というか……ここから先は、老いて朽ちていくのを待つだけなのですよ?」
「主に向かって、ずいぶんな言い草だな」
「事実ですよ。まあ……ルーウェ様がお美しいから、お姿を止めておきたいというのはよく解りますが」
こほん、とルサルカは小さく咳払いをする。
「ともかく、肖像画はお作りになると良いと思います。日取りを見てから、絵師を呼ぶことにします」
「ああ、たのむ」
「まずは、宴ですよ! 失敗は許されませんからね。本日は、戦場と心得てください。解りましたね!」
いつになく気の入ったルサルカの声がこだまし、使用人たちが声を揃えて「はいっ」と返事をした。ルーウェとアーセールは、顔を見合わせて、思わずわらってしまった。
時間が無いというので、軽くつまめる程度の食事がいつでも控え室に用意されることになっているらしい。
「疲れたら、一度ここへ下がれば良いですからね」
アーセールはやけに心配しているので、ルーウェは自分の頬を揉む。顔は、固い。
「一人で下がらないようにだけ気をつけますが、ここへはあまり来ないようにします」
控え室は、他からは見えづらい。アーセールが、大広間にいたら、ここのことは解らない。それならば、アーセールの側に居た方が良い。
「あとは……皇帝陛下が、ずっと大広間においでになるとは思えませんから、皇帝陛下の為の控え室を作りました。こちらには、お近づきになりませぬよう」
「解りました」
皇帝陛下、という言葉を聞いただけで、胸が、異様に早くなる。ゆっくり、呼吸をして、気を落ち着かせるが、想像しただけで、この調子では、実際に会ったときにどうなるか、先が思いやられる。
(せめて、失態をしないように……迷惑を掛けないように……)
そう思えば思うほど、追い詰められていくような、息苦しさを味わう。戦に出て、いまから生死を賭けて戦うより、楽だろうと思うのに、身体は、ままならない。
「ルーウェ」
アーセールが、ぎゅっとルーウェの手を握りしめた。暖かくて、大きな手だ。
「アーセール?」
「……俺がついています。不安なときは、俺の手を取って」
「でも、……おかしくないですか?」
「新婚なんですから、別に構わないでしょう?」
事もなげに、アーセールは言う。『新婚』という言葉に、少し、ルーウェの胸の奥が引きつれたように痛んだ。
(でも、あなたは、それを、私には求めないのに……?)
対外的には、仲睦まじい『伴侶同士』を演じていれば良いと言うことだろうか。そして、このまま、ずっと―――このままで居ると言うことだろうか。
「あの……、アーセール」
「なんです?」
アーセールの優しい瞳を見つめていると、ルーウェは、何も言えなくなってしまう。いま、与えて貰っている、このぬくくて柔い優しさまで失いたくない。ルーウェは、自分の弱さを痛感しながら、作り笑いを浮かべた。
「……ありがとうございます、あなたのおかげで、心強いです」
当たり障りのない言葉を唇に載せて、微笑む。
アーセールは、少しだけ困ったような顔をして、微笑み返してくれた。その、心の中が知りたかったし、知りたくなかった。
104
お気に入りに追加
184
あなたにおすすめの小説
幽閉王子は最強皇子に包まれる
皇洵璃音
BL
魔法使いであるせいで幼少期に幽閉された第三王子のアレクセイ。それから年数が経過し、ある日祖国は滅ぼされてしまう。毛布に包まっていたら、敵の帝国第二皇子のレイナードにより連行されてしまう。処刑場にて皇帝から二つの選択肢を提示されたのだが、二つ目の内容は「レイナードの花嫁になること」だった。初めて人から求められたこともあり、花嫁になることを承諾する。素直で元気いっぱいなド直球第二皇子×愛されることに慣れていない治癒魔法使いの第三王子の恋愛物語。
表紙担当者:白す(しらす)様に描いて頂きました。
死に戻り騎士は、今こそ駆け落ち王子を護ります!
時雨
BL
「駆け落ちの供をしてほしい」
すべては真面目な王子エリアスの、この一言から始まった。
王子に”国を捨てても一緒になりたい人がいる”と打ち明けられた、護衛騎士ランベルト。
発表されたばかりの公爵家令嬢との婚約はなんだったのか!?混乱する騎士の気持ちなど関係ない。
国境へ向かう二人を追う影……騎士ランベルトは追手の剣に倒れた。
後悔と共に途切れた騎士の意識は、死亡した時から三年も前の騎士団の寮で目覚める。
――二人に追手を放った犯人は、一体誰だったのか?
容疑者が浮かんでは消える。そもそも犯人が三年先まで何もしてこない保証はない。
怪しいのは、王位を争う第一王子?裏切られた公爵令嬢?…正体不明の駆け落ち相手?
今度こそ王子エリアスを護るため、過去の記憶よりも積極的に王子に関わるランベルト。
急に距離を縮める騎士を、はじめは警戒するエリアス。ランベルトの昔と変わらぬ態度に、徐々にその警戒も解けていって…?
過去にない行動で変わっていく事象。動き出す影。
ランベルトは今度こそエリアスを護りきれるのか!?
負けず嫌いで頑固で堅実、第二王子(年下) × 面倒見の良い、気の長い一途騎士(年上)のお話です。
-------------------------------------------------------------------
主人公は頑な、王子も頑固なので、ゆるい気持ちで見守っていただけると幸いです。
貧乏大学生がエリート商社マンに叶わぬ恋をしていたら、玉砕どころか溺愛された話
タタミ
BL
貧乏苦学生の巡は、同じシェアハウスに住むエリート商社マンの千明に片想いをしている。
叶わぬ恋だと思っていたが、千明にデートに誘われたことで、関係性が一変して……?
エリート商社マンに溺愛される初心な大学生の物語。
魔界最強に転生した社畜は、イケメン王子に奪い合われることになりました
タタミ
BL
ブラック企業に務める社畜・佐藤流嘉。
クリスマスも残業確定の非リア人生は、トラックの激突により突然終了する。
死後目覚めると、目の前で見目麗しい天使が微笑んでいた。
「ここは天国ではなく魔界です」
天使に会えたと喜んだのもつかの間、そこは天国などではなく魔法が当たり前にある世界・魔界だと知らされる。そして流嘉は、魔界に君臨する最強の支配者『至上様』に転生していたのだった。
「至上様、私に接吻を」
「あっ。ああ、接吻か……って、接吻!?なんだそれ、まさかキスですか!?」
何が起こっているのかわからないうちに、流嘉の前に現れたのは美しい4人の王子。この4王子にキスをして、結婚相手を選ばなければならないと言われて──!?

完結·助けた犬は騎士団長でした
禅
BL
母を亡くしたクレムは王都を見下ろす丘の森に一人で暮らしていた。
ある日、森の中で傷を負った犬を見つけて介抱する。犬との生活は穏やかで温かく、クレムの孤独を癒していった。
しかし、犬は突然いなくなり、ふたたび孤独な日々に寂しさを覚えていると、城から迎えが現れた。
強引に連れて行かれた王城でクレムの出生の秘密が明かされ……
※完結まで毎日投稿します
学院のモブ役だったはずの青年溺愛物語
紅林
BL
『桜田門学院高等学校』
日本中の超金持ちの子息子女が通うこの学校は東京都内に位置する野球ドーム五個分の土地が学院としてなる巨大学園だ
しかし生徒数は300人程の少人数の学院だ
そんな学院でモブとして役割を果たすはずだった青年の物語である
俺が聖女なわけがない!
krm
BL
平凡な青年ルセルは、聖女選定の儀でまさかの“聖女”に選ばれてしまう。混乱する中、ルセルに手を差し伸べたのは、誰もが見惚れるほどの美しさを持つ王子、アルティス。男なのに聖女、しかも王子と一緒に過ごすことになるなんて――!?
次々に降りかかる試練にルセルはどう立ち向かうのか、王子との絆はどのように発展していくのか……? 聖女ルセルの運命やいかに――!? 愛と宿命の異世界ファンタジーBL!

【完結】囚われの親指王子が瀕死の騎士を助けたら、王子さまでした。
竜鳴躍
BL
サンベリルは、オレンジ色のふわふわした髪に菫色の瞳が可愛らしいバスティン王国の双子の王子の弟。
溺愛する父王と理知的で美しい母(男)の間に生まれた。兄のプリンシパルが強く逞しいのに比べ、サンベリルは母以上に小柄な上に童顔で、いつまでも年齢より下の扱いを受けるのが不満だった。
みんなに溺愛される王子は、周辺諸国から妃にと望まれるが、遠くから王子を狙っていた背むしの男にある日攫われてしまい――――。
囚われた先で出会った騎士を介抱して、ともに脱出するサンベリル。
サンベリルは優しい家族の下に帰れるのか。
真実に愛する人と結ばれることが出来るのか。
☆ちょっと短くなりそうだったので短編に変更しました。→長編に再修正
⭐残酷表現あります。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる