純情将軍は第八王子を所望します

七瀬京

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006 朝食前

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 あれを『初夜』と呼ぶのであれば、それは、殊の外うまく行った、と言うべきだろう。

 明け方まで、二人は抱きしめ合ったままで過ごして、別れ際には、「あの」と恥ずかしそうにする第八王子から、「もし、よろしければ、名を、呼んでください」と乞われ、互いに、名を呼び合うことにした。

「ルーウェ様」

「様は、不要かと思いますが」

「では、ルーウェ」

 なんとも、慣れないような、面はゆい気分だった。アーセールは自分の顔が熱いと感じていたので、多分、顔は、真っ赤だったのだろう。対する、ルーウェのほうも、乙女のように頬を染めていた。その、恥ずかしげにするルーウェの姿を見て、アーセールは、少年のように胸が高鳴るのを感じた。その時に初めて、自分が長らく、この美しい人に心奪われていたことを悟ったのである。

「では、朝餉《あさげ》でまた」





 一度部屋へ戻って身支度を済ませるが、ルサルカが「殊の外、上機嫌でおいでで」とチクチクと嫌みを言ってきた。

「なんだ」

「……閨に入られる前は、うんざりしたご様子で? その上、こちらでお休みになると仰せでしたので明け方までお待ち致しましたのを……随分、お楽しみだったのですね」

 そう軽口を叩いたルサルカの目の前に、アーセールは無言で拳を突き出す。

「っ!」

「閨ごとに関する軽口を好まない。以後、いっさい、口にすることは許さない」

 厳しい口調で言うと、青い顔をしたルサルカが、「失礼を」と言って、一礼した。一つ、呼吸を置いてから、ルサルカは問う。

「……あの方については、どうお呼びすれば? 殿下とお呼びするのが良いのか、それとも、奥方様とお呼びするのが良いのか……」

「ルーウェと相談の上、報せることにする。俺としては、殿下などという呼び方は他人行儀で良くないと思うが、奥方というのも、少し違うと思う」

「お名前を……、呼び合うようになったのですか?」

 ルサルカが驚いて目を見開いている。

「俺の伴侶だ。不思議なことではないだろう」

「まあ、それは……そうですが……昨日のご様子では……」

「お疲れだったし、緊張されていただけだ」

「そう、仰るのでしたら、そうなのでしょうね。それで、本日のご予定は?」

「そうだな」

 朝食の後、どうしようか。邸の案内がてら、話をする必要があるかも知れない。あと、家中の薔薇は切ってしまおうと、アーセールは心に決めた。ルーウェは、『薔薇園で』と言う言葉を、性的な接触をする意味で使っていたようだった。それを、想い出させたくなかった。薔薇はすべて処分しよう。

「……今日は、ルーウェと過ごすよ。どうせ、何もすることがない。あと、庭師に、家中の薔薇をすべて切るように言ってくれ」

「えっ? 薔薇は……先代の奥様が丹精込めて……」

「構わない。俺が、気に入らないのだ」

「先日までは、大好きだったじゃないですか。あの方が、なにか、わがままなを仰ったんですか?」

「ルサルカ。……あの方は、俺に何も、求めていない。俺が、急に嫌になったのだ」

「畏まりました……」

 ルサルカが去った後、アーセールは、庭を見やった。薔薇園は、義母が愛したものだった。残しておく必要はない。ルーウェと出会ったときの思い出があったから、残していた薔薇園だ。今は、もう、必要ない。





 朝食は、日当たりの良いサンルームのような小さな食事室で取ることにした。

「素敵な、食事室ですね」

 花瓶には数多の花が飾られているが、アーセールの意を汲んで、薔薇は一切ない。淡いピンク色のチューリップ、霞草、スイートピー、柔らかな花びらが美しいユーストマなどで彩られている。

「気に入って頂けたのなら良かった」

「こんなに、幸せな朝は、初めてです」

 ルーウェは、照れくさそうに、けれど、幸せそうに目を細めて笑っている。

「これからは、毎日、あなたと、こういう朝を過ごしたい」

 アーセールの言葉を聞いたルーウェが、一度、目を見開いてから、俯いた。銀色の長い髪に阻まれてよく解らなかったが、耳が真っ赤だった。

「そんな、優しい言葉を……」

「当然でしょう? 俺達は、晴れて伴侶になったのです」

「……ありがとうございます」

 何に対する『ありがとう』なのか、アーセールはよく解らなかったが「食事にしましょう」と朝食の席に誘った。

 夕食の際、ルーウェは啄むような量しか食べなかったことが、気になっていたアーセールだったが、それは、邸《やしき》の料理人たちも同じだったらしい。朝食には、様々な種類の小さな皿が用意されていた。アーセールの感覚からすれば『ちまちました』という感じだが、テーブル一杯に並んだ小さな皿の料理を見て、「わあ」とルーウェが思わず感嘆の声を上げる。

「毎朝、こんなに召し上がっているのですか?」

「いや……まあ、これは、婚礼の朝だから?」

 適当なことを答えておく。ルーウェは、特に気にした様子はなく、目を輝かせている。

「夕食は、あまり召し上がっていないようだったから……。好きなものを好きなだけ」

「昨日は、緊張していて……」

 と言ってから、ルーウェはアーセールの耳元に囁く。

「……どんなに酷いことをされるんだろうと、思っていたんです」

「自分の悪評を思い知りました」

 血まみれの殺人狂、血に飢えた悪鬼、紅蓮の死神……この程度の悪評より、酷いものを聞いていたのだろう。

「いえ、その。……沢山のお金を積んだということを、第二王子殿下が言っておられたので。お金に見合うだけの、酷いことをされるのだろうと」

 第二王子と言う言葉が引っかかったが、それより、胸を鋭い刃で突き立てられたような衝撃を味わった。この人を、金でどうこうしたのだけは、現在の所、事実だ。

「済みませんでした。あなたを、金などで……、」

 その先の言葉は、、紡ぐことが出来なかった。なんと言って良いのか、よく解らなかった。

「いいえ、あなたの所に来ることが出来て、良かったです」

 ルーウェの笑顔だけが、今は、アーセールにとって救いだった。だが、金子《きんす》でやりとりされたことに、ルーウェは傷ついただだろう。それを思うと、胸が苦しい。その傷は、一生掛かっても、償えないような気がした。
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