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000 英雄の凱旋
しおりを挟む謁見の間は歓喜に満ちていた。
アベラルド国を長年悩ましていた国境問題が、戦の勝利によって解決した為である。そして、その勝利の主人公である、将軍・アーセールが皇帝に拝謁するというので、国中の貴族たちが大挙して英雄の帰還を待っていた。
将軍アーセールは、三十二歳の美丈夫であった。
砂獅《さし》の意匠を付けた白銀の鎧に身を包んだ将軍は、負け知らずの軍神、常勝将軍として名高く、漆黒の髪に青い瞳。燃えるように赤い緋色の外套を翻して緋毛氈を行く颯爽とした姿に、誰もが目を奪われる。
(……玉座の前で跪き、拝謁のお礼を申し上げてから……)
実は、その常勝将軍が、精悍な顔の下で、必死に拝謁の手順をおさらいしていることなど、誰も気づくまい。
しかも、今回の勝利の『褒賞』として、第二王女を頂きたいと申し出ること―――というおまけが付いていた。それゆえ、国王の座る玉座には、皇太子、第二王子と共に第二王女の姿がある。ことさら着飾った姿であるのも、すべて、織り込み済みである。
結婚、自体は貴族の責務として仕方がないと思う。
そして、その相手として愛情の伴わない相手が選ばれるというのも、致し方ないことだと思っている。だが、今ひとつ、乗り気になれない。
ふいに、王族の末席に所在なさげに立つ、儚げな容姿を持つ人が目に入った。
第八王子のルーウェだった。
その人が、アーセールを見るはずもないのに、なんとなく、視線が絡んだような気がして、胸が騒ぐ。
長々とした、白銀の髪に、淡いラベンダーの瞳。透けるような白い肌をもつ美青年だが、身に纏う雰囲気は、いつも陰鬱なものだった。
(……第二王女と結婚すれば……)
あの第八王子と、会話をすることはないだろう。
王族は、現在、皇太子と第二王子の間で派閥が出来ている。第八王子は、皇太子側。第二王女は第二王子側だからだ。
(一度くらい、お話しをしたかった……)
かつて、アーセールは、あの第八王子と一度だけ、会話をしたことがある。そのことが、ずっと、忘れられずにいる。今、将軍としてここに立っているのも、あの日のおかげだと思っている。しかし、これからは会話をすることすら、かなわないだろう。
(せめてお礼を申し上げたかったが……)
気もそぞろに歩いていると、いつの間にか玉座の前にたどり着いていた。
アーセールは、作法通りに跪く。
「陛下。将軍アーセールが、戦勝のお礼を申し上げたいと」
皇帝の横で、国務大臣が高らかに告げる。
「良い。将軍、此度《こたび》の戦、大義であった。頭を上げよ」
許されて、頭を上げる。国王は、満足げな顔をして微笑んでいた。今から、起きる茶番を思うと、胃が重くなった。
「常勝将軍の名にふさわしき活躍であったと聞いて居る」
「陛下のお力添えがあってこその勝利でございます」
しかしその『勝利』の影で、何人が命を落としただろう。せめて、戦死者や戦傷者に多額の恩賞が出ることを望むが、今、この場で口にすることではない。
「謙虚なことだ。……しかし、此度は、救国の英雄に、なんぞ褒美を取らせよう。領地でも、地位でも、なんでも望みを言うが良い」
皇帝の顔には、酷薄な笑みが浮かんでいる。第二王女を所望する手はずになっている。そういう筋書きだ。そして、アーセールは、容赦なく、後継者争いに巻き込まれることになる。
「なんでも、で、ございますか?」
「余に二言はない」
皇帝は力強く言い切った。その顔を見ながら、アーセールは、口を開く。
(私の妻として第二王女様をお迎えしたい……そう、申し上げれば良い)
その瞬間、第八王子のラベンダー色をした瞳が、一瞬、視界に入った。
「……願わくば、私の妻として……」
「ほう」
「第八王子をお迎えしたい……」
かくて、アーセールは、盛大に相手を間違え。謁見の間は、凍り付いたように、静まりかえったのだった。
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