どうせ処理なんだから思い切って愛せば良い

七瀬京

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 食堂で向かい合って食事をしているとき、やっと、蓮は、意識が戻ってきた。

(さっきの……あれ、なに……?)

 たしかに、『俺の』と、言っていた。聞き間違いではないだろうし、飛鳥井たちが追ってこないことを考えると、なんとかなったのだろう。

「あっ……」

 飛鳥井のことを思い出したとき、ひとつ、気がついたことがあった。

「どうしたの?」

 啓司が、問う。

「あの、ルカ先生が……ちょっと、心配で……」

「英語のルカ先生?」

「うん」

 飛鳥井の、嫌な言い方から考えると、蓮に対する噂のように、嫌なことを言われている可能性が高い。だとすると、それは、良くない事が起きているような気がした。

「……ルカ先生なら、さっき見たけど」

「どこでっ?」

 たち上がろうとしたのを、啓司に制された。

「多分、鳩ヶ谷が心配しているようなことはないよ。ルカ先生、音楽準備室へ向かっていたから」

「音楽準備室?」

「そうそう。すっごい怖い音楽の先生がいるだろ? 桃(と)花鳥(き)先生」

「ああ、いるね……」

 指導は丁寧な先生なのだが、見かけが完全にヤクザという感じの、黒一色のスーツに、オールバック、妙な長身という先生だった。

「ルカ先生と、桃花鳥先生は、仲良しだから」

「そう、なんだ?」

 ルカとならぶと、まるで、光と影のようなルックスの差だった。

「だから、大丈夫」

「でも、……心配で……」

「一人にならないで。飛鳥井たちが居る」

 あわよくば、どこにでも連れこもうとしている―――言外に言われた言葉を察して、ぞっとした。

「なんで」

 背筋に、冷たいモノが流れて行くようだった。

「あのさ」

 啓司が、小さく呟く。蓮のほうを見ようともせず、食事をしながら。鶏肉とキノコのフリカッセを、実に優雅に口に運んでいた。

「なに?」

「俺も、家とか持ち出すのは甚だイヤなんだけどさ……」と一度言を切ってから、啓司は呟く。「家関係で言うなら、俺の実家に付いたと言うことにして貰えたら。飛鳥井は、手を退くんじゃないかな」

 鷲尾家。

 蓮は、その背後関係を脳裏でおさらいする。鷲尾啓司は、現在の当主の一人息子。華族出身の名家中の名家で、現在は、企業グループを所有している。グループ総計で、従業員は二十万人を超える。企業系議員も全国に抱え、グループ出身の大臣までいるはずだった。経営は、現在の所、創業家がずっとトップに君臨している。

「飛鳥井くんは、親の威光をグダグダいってるだけだけど……俺は、実際、何社か持ってるから」

「えっ? 持ってるって……?」

 まさか、お小遣い感覚で、企業を与えたというのだろうか。だとしたら、従業員には、迷惑な話だ。

「今は、いろいろあってグループに入れて貰ったけど、俺が作った会社だから。学生起業。中学の時に起業して、年商は今、それぞれの会社で数億円くらいずつあるよ」

「なに、それ……」

 話が異次元過ぎて付いていけない。

「……鷲尾君、いままで、僕に興味なかったでしょ?」

「今は興味があるよ。……趣味が似てるし」

「っ……、なんだよ、それ」

「クラッシック音楽。……今日も一緒にクラッシック音楽を楽しむ集いが出来ると嬉しいな」

 にこり、と鷲尾は微笑む。

 真意が見えない。

「……飛鳥井君の取り巻きみたいに……、鷲尾君に仕えろって事?」

 その延長線上で、『性的なご奉仕』をさせられるのは、なぜか、拒否感がある。自分から、啓司の欲望を扱うのは、平気なくせに。やっていることは同じではないか。

「俺は、そういう『仕える』とかは好きじゃない。出来るなら、友達になりたいって言うところかな。力関係は、対等で居てくれると助かる」

「今、鷲尾君が助けてくれたみたいに、僕は、鷲尾君のことを助けられないけど?」

「友達なんだから、そんな損得勘定で動かなくても良いだろ?」

 友達―――が、ああいうことをするだろうか。

「僕は、鷲尾君と……、まだ、クラッシック音楽の話をしたいんだけど。友達だったら、するもの?」

「……俺も、また、二人で、クラッシックの話をしたいと思ってるけど」

 どこまで行っても、言葉で真意を探り合うだけで、真実までたどり着かない。一体、どういうことなのか。戸惑う。

 啓司に触れることは、許して貰える……とは思う。けれど、あくまでも『友達』。あれは、恋愛感情の末の行動ではないということで、お互い、割り切る感じだろうか。

 真意はわからなかったが、啓司の申し出が、ありがたいモノだというのは、重々、承知していた。

「じゃあ、鷲尾君の側に付く、と言うことにして貰って良い?」

「助かるよ。俺も、全く人脈を広げられないで、この学校に入ったのが実家にバレたら、大目玉を食らうところだった」

「大目玉って」

「全寮制のスイスの学校に入れられる寸前だったんだ」

「ここと、大して変わらないと思うけど」

 ここも、全寮制。そして、外出も制限されている。対して、変わらないだろう。

「いや、変わるよ。まず、日本語が通じるし……ヨーロッパでマウントを取られるのも、本当にしんどいから」

 実感を伴った言葉だった。

「もしかして、短期留学とかはしてたの?」

「まあね。サマースクールみたいなのに参加させられてたよ。……利点は、オペラ座とかスカラ座とか、学友会館の生の舞台を見られたことかな。最高峰の音楽を楽しめて、あとは、チーズが美味しかったかな」

「ヨーロッパ……か」

「鳩ヶ谷は、行ったことはないの?」

「うん。ちょっと、憧れはあるけど……」

「あとで、行ってみた方が良いよ。……一緒に行けたら良いな、あとさ」

「なに?」

「名前で呼んでも良いかな。あと、ついでに、鳩ヶ谷……蓮とお友達になった……って、実家に話しても良い?」

 それは、蓮が、完全に、啓司の傘下に入ると言うことだった。

 一呼吸置いて、蓮は「うん。喜んで、啓司」と答えるしか出来なかった。



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