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 勉強を終え、窓から他の部屋の様子を探る。ちらほら、灯りが消えた部屋があって、まばらだった。

 翌日の授業もあるし、みんなが寝静まるころ……に行くわけには行かないだろうが、ある程度、人の目は気になるところだ。

 啓司の部屋を訪ねる『目的』は、ひとつだ。少なくとも、蓮は。

 だから人目を忍んで行きたいし、言い訳は欲しい。リストの『巡礼の年』は何枚か手持ちした。見た目のイメージで、ピアノやクラッシックが好きそうという評判の蓮なので、イメージを崩さないように、心がけている。マニアと言うほど語ることは出来ないが、一般的な、上っ面の会話が出来るくらいの勉強はしている。

 猫かぶりも良いところだ。

(どうせ、本音で話す人間なんか居ないし、お互い、嘘ばかりだろう)

 蓮は、そう思いながら、啓司の部屋へ向かう。啓司という人間も、少し口調は乱暴だが、爽やかな人気者、という風情のはずだったが、実際の彼は、もっと生々しかった。

「鷲尾くん、鳩ヶ谷だけど」

 啓司の部屋をノックする。昨日は、なぜか鍵が開いていて、なぜか、開けてしまった。

 運命のイタズラなのかわからないが、密かに憧れていた啓司に近づけるなら、なんでもいい。

「ああ、空いてる」

 ぞんざいな言葉が返ってきた。緊張しているのは、蓮だけなのだろう。それは少しだけ悔しいが、仕方がない。

 部屋に入ると、啓司は机に向かっていた。

「今日は、してないんだ」

「お前が来るのがわかってて、してるわけないだろ」

 啓司が振り返る。

「宿題、終わったの?」

「お前は……涼しい顔で終わらせてそうだな。俺は、全然終わってないよ」

「じゃあ、宿題が終わるまでここにいるよ」

「手伝えよ」

「それじゃ宿題の意味がない」

「昨日の夜は、手伝ってくれたじゃないか」

 啓司が立ち上がって、蓮の側に寄る。頭一つくらい、背が高い。

「昨日の夜は、別に宿題じゃないと思うけど?」

 探りあうようなやり取りに、胸の鼓動が、勝手にドキドキと高鳴っていく。

「毎晩してるから宿題みたいなもんだけど……あのさ」

 啓司は口ごもった。なにをどう聞けば良いか、躊躇っているのは解る。

「シェヘラザード姫の話」

 と、蓮は唐突に切り出した。

「えっ?」

「通じると思わなかった」

 また、夜に会えるなら、また、ああいうことをしたい、と。

「一応、一通りのことは『お勉強』してるんだよ。俺だって。家がうるさいのは、お互いさまだろ」

 一応、『名家』のカテゴリに入る家柄だ。それは、お互い。系図は馬鹿長いし、親戚の集まりともなると得体の知れない人達が『うようよ』いる。一学年分くらいの親戚がいるのだから、誰がどこの何者なのか、わけもわからなくなる。

「俺は……昨日の夜のは、気の迷いだとしても、また、誘われるとは思わなかっただけで」

「鷲尾くんは、僕から誘われたって、自覚はあるんだ」

 ふうん、とそっけないように呟きながら、蓮はさらに胸がドキドキしていた。啓司は、今日も、拒否しないだろう。また、触れることが出来る。そのことに、胸が高鳴って、この心臓の音が、啓司にバレてしまいそうで、焦る。

「あんたみたいな、優等生が、なんで」

「だから、優等生だって性欲はあるし、こういうことに興味もあるし……鷲尾くんにも、興味はあるよ」

「えっ!? 俺っ!?」

 啓司の声が、ひっくり返る。興味が在るとは、つゆほども思わなかったようだ。そのことには、少しだけ、蓮は、苛立った。

「興味がないのに、あんなことしたら、ただの変態じゃないか」

「……」

 啓司は無言だった。ただの変態だと思っていたらしい。

「傷つくなあ。ただの変態だなんて。僕は……鷲尾くんじゃなかったら、昨日の夜みたいに、手伝ったり、触ったりはしないと思うけど」

 啓司の顔が、ぽっと赤くなる。
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