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第一章 夫婦の縁
06.お多津主従
しおりを挟む道具屋『八つ目屋』から購った品を抱えて、お多津は途方に暮れていた。
八つ目屋から戻ってこの方、ずっと、包みを抱いたままで、立ち尽くしている。その間に、あたりはすっかり暗くなった。
(さて、これをどうやって、姫様に勧めようか……)
お多津の主は、実家では、姫、と呼ばれていた。
姫君のような、という意味ではない。小藩とはいえ大名家の姫であった。縁談は、高祖父の代から付き合いのある、他家だった。藩主の弟という立場の方ではあったが、藩主が病弱なので、その任を補しているという方で、立派な方であった。年も男盛りの四十を超えたところだった。
魅力的な方である。それは、美弥姫も、よく解っているとは言っていた。だが、いかんせん、年が離れすぎているし、あちらに比べてこちらは経験が乏しすぎる。
(殿は、気にされぬようとは仰せだったけれど……)
それでも、姫は気にしている。
ただでさえ、家を切り盛りするというようなことはない。その上、夜離れていれば、何をいわれるか解らない。高祖父の代からの付き合いのある家同士の婚姻なので、滅多なことでは離縁とはならないだろうが、それでも、居づらいのは間違いないだろう。
そして、お多津は、意を決して道具屋へ向かったわけだが、これを使ってみる、となると恐ろしさのほうが先に立ってしまう。
(それに、殿が、こういうことをお嫌いだったらどうすれば……)
思案し始まると、きりがない。
姫から言いつかって買い求めたのだから、そろそろ、姫の部屋へと向かわなければならないだろう。それもまた、憂鬱だった。
姫の部屋の外、廊下の所までいったものの、どうにも、中へ入る気になれず、立ち尽くす。濡れ縁から見上げると、明るい月が、空を彩り、地上まで明るく照らし出していた。
「綺麗……」
思わず呟いていると「お多津、そこに居るのですね。入っていらっしゃい」と厳しい声が掛けられた。主の美弥の声だった。
お多津は、躊躇いながら、「はい。戻りましてございます」と恭しく声を掛けつつ、中へ入った。
部屋は、行灯も落としている。油代などをとやかく言われたことはない。しきたりで、毎年いくらかの化粧料が、実家から送られている。それだけで購うことが出来るほどの、慎ましやかな生活であった。
「あかりを、よろしくおつけ致しましょうか」
「いいえ」
涼やかな声が、部屋に満ちる。声は、波紋のように、静かに広がっていった。緊張しているのか、少々、声が震えているようにも聞こえた。
「そちらで見ます……道具屋は、どんな様子でしたか?」
「はい。年若い娘が店の番頭をしているようで、親切に、使い方を教えて下さいました」
「使い方……」
「はい。……姫様の為に仕入れて参りましたのは、鼈甲で出来た品でございまして、湯に浸した真綿を入れて、温めてやると、陽のもののような感触になるのです。実際に、それをやって見せて下さいました」
「そうなの……」
美弥は、小さく呟いて、お多津の包みをほどいた。そこには、張型が二つ、並んでいた。
「すこし、小さいようだわ。殿は、もっと、大きかったように思います」
「最初のうちは、ちいさなものでならすと良いと……」
「道具屋が、そう申したの?」
「はい」
ふうん、と呟きながら、美弥はそっと鼈甲の張型を手に取った。ゆっくりと、指で、その輪郭をなぞる。
「……作りは、良いもののようですね。……これを、女陰にあてがうのでしょう? それくらい、わたくしでも知っています」
少々、機嫌を損ねたような声をしているのは、それを、子供扱いのように感じているからだろう。
「姫様、ただ、あてがうだけではございません。十分に、潤ってから、それを出し入れしたり、あとは、胸に這わせてみるのも良いと、道具屋は実際にやって見せてくれました」
「まあ、実際に……?」
美弥は驚いて目を丸くしている。
「ええ。そうなのです。……どなたにも、そうやって使い方を教えているのかは解りませんが、少なくとも、私には、実際に、使ったところを見せて下さいまして……、張型を扱いも、教えて頂きました」
「教える?」
「その、お女陰に……出し入れを」
彼の泣くような声で言ったときに、「ま、まあっ!」と美弥は、声を上げて、口許を手で覆ってしまった。
「それで、どうなの……恐ろしくはなかったの?」
「はい。それは、全く……、ただ、道具屋のお瑠璃様は、十分に慣れていらっしゃるようでしたし、潤っておいででしたから……けれど、とても、気持ちが良さそうな顔でございました」
「そうなのね……では……私も、使ってみることにします。お多津、支度をして頂戴」
「はいっ!」
お多津は、命じられるままに、支度を始めた。湯を貰ってきて、真綿を浸す。そして、鼈甲の張型の中に、温めた真綿をいれてやる。柔らかくなった鼈甲の張型を手にした美弥は、「大分小ぶりだけれど……、殿の陽のものに、良く似ているような気がいたします」
うっとりと呟いて、そっと、張型に頬刷りをした。
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