6 / 9
第一章 夫婦の縁
06.お多津主従
しおりを挟む道具屋『八つ目屋』から購った品を抱えて、お多津は途方に暮れていた。
八つ目屋から戻ってこの方、ずっと、包みを抱いたままで、立ち尽くしている。その間に、あたりはすっかり暗くなった。
(さて、これをどうやって、姫様に勧めようか……)
お多津の主は、実家では、姫、と呼ばれていた。
姫君のような、という意味ではない。小藩とはいえ大名家の姫であった。縁談は、高祖父の代から付き合いのある、他家だった。藩主の弟という立場の方ではあったが、藩主が病弱なので、その任を補しているという方で、立派な方であった。年も男盛りの四十を超えたところだった。
魅力的な方である。それは、美弥姫も、よく解っているとは言っていた。だが、いかんせん、年が離れすぎているし、あちらに比べてこちらは経験が乏しすぎる。
(殿は、気にされぬようとは仰せだったけれど……)
それでも、姫は気にしている。
ただでさえ、家を切り盛りするというようなことはない。その上、夜離れていれば、何をいわれるか解らない。高祖父の代からの付き合いのある家同士の婚姻なので、滅多なことでは離縁とはならないだろうが、それでも、居づらいのは間違いないだろう。
そして、お多津は、意を決して道具屋へ向かったわけだが、これを使ってみる、となると恐ろしさのほうが先に立ってしまう。
(それに、殿が、こういうことをお嫌いだったらどうすれば……)
思案し始まると、きりがない。
姫から言いつかって買い求めたのだから、そろそろ、姫の部屋へと向かわなければならないだろう。それもまた、憂鬱だった。
姫の部屋の外、廊下の所までいったものの、どうにも、中へ入る気になれず、立ち尽くす。濡れ縁から見上げると、明るい月が、空を彩り、地上まで明るく照らし出していた。
「綺麗……」
思わず呟いていると「お多津、そこに居るのですね。入っていらっしゃい」と厳しい声が掛けられた。主の美弥の声だった。
お多津は、躊躇いながら、「はい。戻りましてございます」と恭しく声を掛けつつ、中へ入った。
部屋は、行灯も落としている。油代などをとやかく言われたことはない。しきたりで、毎年いくらかの化粧料が、実家から送られている。それだけで購うことが出来るほどの、慎ましやかな生活であった。
「あかりを、よろしくおつけ致しましょうか」
「いいえ」
涼やかな声が、部屋に満ちる。声は、波紋のように、静かに広がっていった。緊張しているのか、少々、声が震えているようにも聞こえた。
「そちらで見ます……道具屋は、どんな様子でしたか?」
「はい。年若い娘が店の番頭をしているようで、親切に、使い方を教えて下さいました」
「使い方……」
「はい。……姫様の為に仕入れて参りましたのは、鼈甲で出来た品でございまして、湯に浸した真綿を入れて、温めてやると、陽のもののような感触になるのです。実際に、それをやって見せて下さいました」
「そうなの……」
美弥は、小さく呟いて、お多津の包みをほどいた。そこには、張型が二つ、並んでいた。
「すこし、小さいようだわ。殿は、もっと、大きかったように思います」
「最初のうちは、ちいさなものでならすと良いと……」
「道具屋が、そう申したの?」
「はい」
ふうん、と呟きながら、美弥はそっと鼈甲の張型を手に取った。ゆっくりと、指で、その輪郭をなぞる。
「……作りは、良いもののようですね。……これを、女陰にあてがうのでしょう? それくらい、わたくしでも知っています」
少々、機嫌を損ねたような声をしているのは、それを、子供扱いのように感じているからだろう。
「姫様、ただ、あてがうだけではございません。十分に、潤ってから、それを出し入れしたり、あとは、胸に這わせてみるのも良いと、道具屋は実際にやって見せてくれました」
「まあ、実際に……?」
美弥は驚いて目を丸くしている。
「ええ。そうなのです。……どなたにも、そうやって使い方を教えているのかは解りませんが、少なくとも、私には、実際に、使ったところを見せて下さいまして……、張型を扱いも、教えて頂きました」
「教える?」
「その、お女陰に……出し入れを」
彼の泣くような声で言ったときに、「ま、まあっ!」と美弥は、声を上げて、口許を手で覆ってしまった。
「それで、どうなの……恐ろしくはなかったの?」
「はい。それは、全く……、ただ、道具屋のお瑠璃様は、十分に慣れていらっしゃるようでしたし、潤っておいででしたから……けれど、とても、気持ちが良さそうな顔でございました」
「そうなのね……では……私も、使ってみることにします。お多津、支度をして頂戴」
「はいっ!」
お多津は、命じられるままに、支度を始めた。湯を貰ってきて、真綿を浸す。そして、鼈甲の張型の中に、温めた真綿をいれてやる。柔らかくなった鼈甲の張型を手にした美弥は、「大分小ぶりだけれど……、殿の陽のものに、良く似ているような気がいたします」
うっとりと呟いて、そっと、張型に頬刷りをした。
0
お気に入りに追加
6
あなたにおすすめの小説

永き夜の遠の睡りの皆目醒め
七瀬京
歴史・時代
近藤勇の『首』が消えた……。
新撰組の局長として名を馳せた近藤勇は板橋で罪人として処刑されてから、その首を晒された。
しかし、その首が、ある日忽然と消えたのだった……。
近藤の『首』を巡り、過去と栄光と男たちの愛憎が交錯する。
首はどこにあるのか。
そして激動の時代、男たちはどこへ向かうのか……。
※男性同士の恋愛表現がありますので苦手な方はご注意下さい
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。

金蝶の武者
ポテ吉
歴史・時代
時は天正十八年。
関東に覇を唱えた小田原北条氏は、関白豊臣秀吉により滅亡した。
小田原征伐に参陣していない常陸国府中大掾氏は、領地没収の危機になった。
御家存続のため、選ばれたのは当主大掾清幹の従弟三村春虎である。
「おんつぁま。いくらなんでもそったらこと、むりだっぺよ」
春虎は嘆いた。
金の揚羽の前立ての武者の奮戦記 ──

本能のままに
揚羽
歴史・時代
1582年本能寺にて織田信長は明智光秀の謀反により亡くなる…はずだった
もし信長が生きていたらどうなっていたのだろうか…というifストーリーです!もしよかったら見ていってください!
※更新は不定期になると思います。
【新訳】帝国の海~大日本帝国海軍よ、世界に平和をもたらせ!第一部
山本 双六
歴史・時代
たくさんの人が亡くなった太平洋戦争。では、もし日本が勝てば原爆が落とされず、何万人の人が助かったかもしれないそう思い執筆しました。(一部史実と異なることがあるためご了承ください)初投稿ということで俊也さんの『re:太平洋戦争・大東亜の旭日となれ』を参考にさせて頂きました。
これからどうかよろしくお願い致します!
ちなみに、作品の表紙は、AIで生成しております。
甲斐ノ副将、八幡原ニテ散……ラズ
朽縄咲良
歴史・時代
【第8回歴史時代小説大賞奨励賞受賞作品】
戦国の雄武田信玄の次弟にして、“稀代の副将”として、同時代の戦国武将たちはもちろん、後代の歴史家の間でも評価の高い武将、武田典厩信繁。
永禄四年、武田信玄と強敵上杉輝虎とが雌雄を決する“第四次川中島合戦”に於いて討ち死にするはずだった彼は、家臣の必死の奮闘により、その命を拾う。
信繁の生存によって、甲斐武田家と日本が辿るべき歴史の流れは徐々にずれてゆく――。
この作品は、武田信繁というひとりの武将の生存によって、史実とは異なっていく戦国時代を書いた、大河if戦記である。
*ノベルアッププラス・小説家になろうにも、同内容の作品を掲載しております(一部差異あり)。
裏長屋の若殿、限られた自由を満喫する
克全
歴史・時代
貧乏人が肩を寄せ合って暮らす聖天長屋に徳田新之丞と名乗る人品卑しからぬ若侍がいた。月のうち数日しか長屋にいないのだが、いる時には自ら竈で米を炊き七輪で魚を焼く小まめな男だった。
滝川家の人びと
卯花月影
歴史・時代
故郷、甲賀で騒動を起こし、国を追われるようにして出奔した
若き日の滝川一益と滝川義太夫、
尾張に流れ着いた二人は織田信長に会い、織田家の一員として
天下布武の一役を担う。二人をとりまく織田家の人々のそれぞれの思惑が
からみ、紆余曲折しながらも一益がたどり着く先はどこなのか。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる