八つ目屋お瑠璃、繁盛記〜淫具でお悩み解決します!〜

七瀬京

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第一章 夫婦の縁

05.お瑠璃の秘密

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『で、どうなんだ、最近は。ちゃんと、達することは出来るようになったのかい?』



 幼なじみの気安さか、新吉は、あけすけなことを聞く。

 お瑠璃は「なんて事を言うのよ」と文句を言って、顔を背けた。

「その様子じゃ、まだ、達することは出来ないみたいだな……まあ、いずれ、慣れて来たら、大丈夫になるんじゃないのか?」

 新吉はそっけない。お瑠璃は、根掘り葉掘り詮索されなくて良かったと思いつつ、横目で新吉の様子を探る。新吉は、いつもと変わらなかった。淫具が並ぶ店先で、何事もないように、気楽に話しかけてくれる。

 良かった、と思いつつ、いくらかの物足りなさも感じていた。

「……それで、新吉さんは、なんの用?」

「ああ、これ……渡し忘れたんだ」

 新吉は包みの中から、張型を一つ取りだした。水牛の角で出来た、張型だった。

「さっき、一つなくなったばかりだったから、ちょうどありがたいわ……でも、今回のは、結構、大きいのね」

 先ほど、お多津に渡したものは、今手にもっているものよりも小さかった。慣れないと言っていたお多津だったので、小さなものから慣らしていった方が良い。

「まあ、こういう、大きいほうが、好まれるんだろう?」

 新吉は、何でもないことのようにいう。

「そう、らしいわね。それぞれの方のお好みがあるから……」

「そうか」

 新吉は、口をつぐんだ。新吉は、細工屋で働いている。見習いのようなものだと聞いているが、こうして、張型を作って持ってきてくれる。お瑠璃にとっては、立派な、『職人さん』だった。

「……今のお客様、大丈夫かしらね」

「なにがだい」

「慣れないと仰っていたから……、張型では、まだ、大きかったかしらね」

「うーん、どういう事になっているのか解らないから、うかつな事は言えないけど……なんだったら、随喜ずいきを使うのも、いいんじゃないか? アレなら、随分小さくも作れるし」

 新吉が言う、随喜というのは、芋がらで作った張型のことだ。芋の茎を乾燥させたもので、食べる為に作られているのだが、これを編んで作った張型というのがあって、それは、形も自由自在に作ることが出来る。なによりも、芋がらからにじみ出るもののおかげで、強烈なかゆみが得られる。そのおかげで、内部を擦り上げて貰いたくて溜まらなくなるのだった。お瑠璃も体験したことはなかったが、初めての人には、向かないだろうと思っていた。

「だって、随喜は……大分、強い快を得られるのでしょう? だったら……、まだ、物慣れない方にはどうなのかしらね」

「最初に、快を得てしまったら、たちまち虜になるかも知れないよ」

 新吉のほうは、他人事だと思って、気楽なものだった。

「まあ、冗談じゃないのに。……私だって、随喜は、使ったことがないのよ。だって、あれは、とても、凄いって聞くから……」

「俺も使ったことはないから解らないけどね。……それなら、お瑠璃にも、良いんじゃないかと思うよ」

 お瑠璃は、唇を真一文字に引き締めた。

「……今度、作って持ってきてあげるよ」

「ありがとう」

 はたして、ありがとう、で良かったのかどうか、よく解らない。





 店じまいをしてから、お瑠璃は一人、店先で考え込んでいた。

 新吉に言われたとおりで、お瑠璃は、一度も達したことはない。張型を使って、自慰に励んでも、気持ちが良いというのは解るけれど、絶頂というのを迎えたことはなかった。いつも、その手前で、引いてしまう。引け腰になってしまうのだった。



 まだ、あのことが怖いのかしら……。



 お瑠璃は、思い出す。五歳のころだったか。何かの機会に、着飾っていたのを覚えている。母と一緒だったはずだが、人混みで、手を放してしまった。一人で、迷子になった。

 そして、一人で泣いていると、親切な男が声を掛けてくれた。

 お母さんがどこにいるか知っているよ。おいで、と言われて、付いていった。人気のない裏路地に連れて行かれて、そのまま、手籠めにされた。裏路地にうち捨てられていたのを発見したのは、心配して探すのを手伝ってくれた、新吉だった。新吉も、同じく五歳だったはずだが、何が起こったか、理解はして居るだろう。

 そのことがあって、お瑠璃は、実は、新吉と、父親以外の男が怖い。

 男と交わるなど、考えただけでも、ぞっとする。そういうお瑠璃を案じて、親戚がやる淫具屋で働いてみないかと、父親が持ちかけたのだった。

 こういう品々に囲まれていれば、殿心がつくかも知れないと思ったのかも知れないし、快を得ると言うことさえ知ってしまえば、男に対する恐れもなくなるだろうと思ったのかもしれない。父親の真意は分からないが、お瑠璃は、この商売が、嫌いではなかった。

 誰もが当たり前のように、殿御と夜を過ごし、肉の喜びを得ている―――だが、その裏で、人には打ち明けられない悩みを抱えている、というのをしって、心が軽やかになったからだった。







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