5 / 9
第一章 夫婦の縁
05.お瑠璃の秘密
しおりを挟む『で、どうなんだ、最近は。ちゃんと、達することは出来るようになったのかい?』
幼なじみの気安さか、新吉は、あけすけなことを聞く。
お瑠璃は「なんて事を言うのよ」と文句を言って、顔を背けた。
「その様子じゃ、まだ、達することは出来ないみたいだな……まあ、いずれ、慣れて来たら、大丈夫になるんじゃないのか?」
新吉はそっけない。お瑠璃は、根掘り葉掘り詮索されなくて良かったと思いつつ、横目で新吉の様子を探る。新吉は、いつもと変わらなかった。淫具が並ぶ店先で、何事もないように、気楽に話しかけてくれる。
良かった、と思いつつ、いくらかの物足りなさも感じていた。
「……それで、新吉さんは、なんの用?」
「ああ、これ……渡し忘れたんだ」
新吉は包みの中から、張型を一つ取りだした。水牛の角で出来た、張型だった。
「さっき、一つなくなったばかりだったから、ちょうどありがたいわ……でも、今回のは、結構、大きいのね」
先ほど、お多津に渡したものは、今手にもっているものよりも小さかった。慣れないと言っていたお多津だったので、小さなものから慣らしていった方が良い。
「まあ、こういう、大きいほうが、好まれるんだろう?」
新吉は、何でもないことのようにいう。
「そう、らしいわね。それぞれの方のお好みがあるから……」
「そうか」
新吉は、口をつぐんだ。新吉は、細工屋で働いている。見習いのようなものだと聞いているが、こうして、張型を作って持ってきてくれる。お瑠璃にとっては、立派な、『職人さん』だった。
「……今のお客様、大丈夫かしらね」
「なにがだい」
「慣れないと仰っていたから……、張型では、まだ、大きかったかしらね」
「うーん、どういう事になっているのか解らないから、うかつな事は言えないけど……なんだったら、随喜を使うのも、いいんじゃないか? アレなら、随分小さくも作れるし」
新吉が言う、随喜というのは、芋がらで作った張型のことだ。芋の茎を乾燥させたもので、食べる為に作られているのだが、これを編んで作った張型というのがあって、それは、形も自由自在に作ることが出来る。なによりも、芋がらからにじみ出るもののおかげで、強烈なかゆみが得られる。そのおかげで、内部を擦り上げて貰いたくて溜まらなくなるのだった。お瑠璃も体験したことはなかったが、初めての人には、向かないだろうと思っていた。
「だって、随喜は……大分、強い快を得られるのでしょう? だったら……、まだ、物慣れない方にはどうなのかしらね」
「最初に、快を得てしまったら、たちまち虜になるかも知れないよ」
新吉のほうは、他人事だと思って、気楽なものだった。
「まあ、冗談じゃないのに。……私だって、随喜は、使ったことがないのよ。だって、あれは、とても、凄いって聞くから……」
「俺も使ったことはないから解らないけどね。……それなら、お瑠璃にも、良いんじゃないかと思うよ」
お瑠璃は、唇を真一文字に引き締めた。
「……今度、作って持ってきてあげるよ」
「ありがとう」
はたして、ありがとう、で良かったのかどうか、よく解らない。
店じまいをしてから、お瑠璃は一人、店先で考え込んでいた。
新吉に言われたとおりで、お瑠璃は、一度も達したことはない。張型を使って、自慰に励んでも、気持ちが良いというのは解るけれど、絶頂というのを迎えたことはなかった。いつも、その手前で、引いてしまう。引け腰になってしまうのだった。
まだ、あのことが怖いのかしら……。
お瑠璃は、思い出す。五歳のころだったか。何かの機会に、着飾っていたのを覚えている。母と一緒だったはずだが、人混みで、手を放してしまった。一人で、迷子になった。
そして、一人で泣いていると、親切な男が声を掛けてくれた。
お母さんがどこにいるか知っているよ。おいで、と言われて、付いていった。人気のない裏路地に連れて行かれて、そのまま、手籠めにされた。裏路地にうち捨てられていたのを発見したのは、心配して探すのを手伝ってくれた、新吉だった。新吉も、同じく五歳だったはずだが、何が起こったか、理解はして居るだろう。
そのことがあって、お瑠璃は、実は、新吉と、父親以外の男が怖い。
男と交わるなど、考えただけでも、ぞっとする。そういうお瑠璃を案じて、親戚がやる淫具屋で働いてみないかと、父親が持ちかけたのだった。
こういう品々に囲まれていれば、殿心がつくかも知れないと思ったのかも知れないし、快を得ると言うことさえ知ってしまえば、男に対する恐れもなくなるだろうと思ったのかもしれない。父親の真意は分からないが、お瑠璃は、この商売が、嫌いではなかった。
誰もが当たり前のように、殿御と夜を過ごし、肉の喜びを得ている―――だが、その裏で、人には打ち明けられない悩みを抱えている、というのをしって、心が軽やかになったからだった。
0
お気に入りに追加
6
あなたにおすすめの小説

帰る旅
七瀬京
歴史・時代
宣教師に「見世物」として飼われていた私は、この国の人たちにとって珍奇な姿をして居る。
それを織田信長という男が気に入り、私は、信長の側で飼われることになった・・・。
荘厳な安土城から世界を見下ろす信長は、その傲岸な態度とは裏腹に、深い孤独を抱えた人物だった・・。
『本能寺』へ至るまでの信長の孤独を、側に仕えた『私』の視点で浮き彫りにする。
拾われ子だって、姫なのです!
田古みゆう
歴史・時代
南蛮人、南蛮人って。わたくしはれっきとした倭人よ!
お江戸の町で与力をしている井上正道と、部下の高山小十郎は、二人の赤子をそれぞれ引き取り、千代と太郎と名付け育てることに。
月日は流れ、二人の赤子はすくすくと成長した。見目麗しい姿と珍しい青眼を持つため、周囲からは奇異の眼で見られる。こそこそと噂をされるたび、千代は自分は一体何者なのだろうかと、自身の出自について悩んでいた。唯一同じ青眼を持つ太郎と悩みを分かち合おうにも、何かを知っていそうな太郎はあまり多くを語らない。それがまた千代を悶々とさせていた。
そんな千代を周囲の者は遠巻きに見ながらも、その麗しさに心奪われる者は多く、やがて年頃の千代にも縁談話が持ち上がる。
しかし、当の千代はそんなことには興味がなく。寄ってくる男を、口八丁手八丁で退けてばかり。
果たして勝気な姫様の心を射止める者が、このお江戸にいるのかっ!?
痛快求婚譚、これよりはじまりはじまり〜♪
【完結】月よりきれい
悠井すみれ
歴史・時代
職人の若者・清吾は、吉原に売られた幼馴染を探している。登楼もせずに見世の内情を探ったことで袋叩きにあった彼は、美貌に加えて慈悲深いと評判の花魁・唐織に助けられる。
清吾の事情を聞いた唐織は、彼女の情人の振りをして吉原に入り込めば良い、と提案する。客の嫉妬を煽って通わせるため、形ばかりの恋人を置くのは唐織にとっても好都合なのだという。
純心な清吾にとっては、唐織の計算高さは遠い世界のもの──その、はずだった。
嘘を重ねる花魁と、幼馴染を探す一途な若者の交流と愛憎。愛よりも真実よりも美しいものとは。
第9回歴史・時代小説大賞参加作品です。楽しんでいただけましたら投票お願いいたします。
表紙画像はぱくたそ(www.pakutaso.com)より。かんたん表紙メーカー(https://sscard.monokakitools.net/covermaker.html)で作成しました。

【完結】風天の虎 ――車丹波、北の関ヶ原
糸冬
歴史・時代
車丹波守斯忠。「猛虎」の諱で知られる戦国武将である。
慶長五年(一六〇〇年)二月、徳川家康が上杉征伐に向けて策動する中、斯忠は反徳川派の急先鋒として、主君・佐竹義宣から追放の憂き目に遭う。
しかし一念発起した斯忠は、異母弟にして養子の車善七郎と共に数百の手勢を集めて会津に乗り込み、上杉家の筆頭家老・直江兼続が指揮する「組外衆」に加わり働くことになる。
目指すは徳川家康の首級ただ一つ。
しかし、その思いとは裏腹に、最初に与えられた役目は神指城の普請場での土運びであった……。
その名と生き様から、「国民的映画の主人公のモデル」とも噂される男が身を投じた、「もう一つの関ヶ原」の物語。
甲斐ノ副将、八幡原ニテ散……ラズ
朽縄咲良
歴史・時代
【第8回歴史時代小説大賞奨励賞受賞作品】
戦国の雄武田信玄の次弟にして、“稀代の副将”として、同時代の戦国武将たちはもちろん、後代の歴史家の間でも評価の高い武将、武田典厩信繁。
永禄四年、武田信玄と強敵上杉輝虎とが雌雄を決する“第四次川中島合戦”に於いて討ち死にするはずだった彼は、家臣の必死の奮闘により、その命を拾う。
信繁の生存によって、甲斐武田家と日本が辿るべき歴史の流れは徐々にずれてゆく――。
この作品は、武田信繁というひとりの武将の生存によって、史実とは異なっていく戦国時代を書いた、大河if戦記である。
*ノベルアッププラス・小説家になろうにも、同内容の作品を掲載しております(一部差異あり)。

滝川家の人びと
卯花月影
歴史・時代
故郷、甲賀で騒動を起こし、国を追われるようにして出奔した
若き日の滝川一益と滝川義太夫、
尾張に流れ着いた二人は織田信長に会い、織田家の一員として
天下布武の一役を担う。二人をとりまく織田家の人々のそれぞれの思惑が
からみ、紆余曲折しながらも一益がたどり着く先はどこなのか。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる