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第一章 夫婦の縁
01 店を覗くもの
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(あら)
往来ですれ違う人の顔も判別がつかなくなる黄昏時、三つ兎を染め抜いた紋を付けた、長い暖簾の掛かった店先で、内部を伺うように覗いている、若い女の姿があった。
このあたりは武家の邸にもほどちかい。女も、そういう武家に勤めに出ているような、こざっぱりとした雰囲気だった。どちらにせよ、店の性質から言って、こそこそと内部を覗き見するのは仕方のないことなのだ。
お瑠璃は「もし」と声を掛けると、女は飛び上がって驚く。
「きゃっ」
「あら、驚かせて申し訳ありません。わたくし、この店のものですので、よろしければ内部(なか)へどうぞ。お悩みごとがございましたら、承ります」
白粉を塗ってしろい顔をした女は、お瑠璃を検分するように頭の天辺からつま先まで見やってから、「じゃ、じゃあ、……」と言って、暖簾をかき分けて店へと入っていった。
「ま、まあ……っ」
店へ入るなり驚いて目を丸くするのは、見慣れたことなので、お瑠璃は「どうぞ、私は支度をして参りますから、ご自由にご覧になって下さいまし。お手にとって眺められるとよろしいと思います」と言いつつ、女を残して店の奥へと消えていく。
その間際、女が興味深そうに、鼈甲で出来た張型を一つ、おそるおそる手に取ったのが見えた。
両国に、『四つ目屋』という道具屋があるのは、有名な話で、『四つ目屋』の名前を冠した店がいくつかあることも、江戸の街の、一つの名物になっている。
お瑠璃が看板娘をやっているのは、両国から離れた所にある『八つ目屋』という道具屋だ。高名な『四つ目屋』にあやかって付けた屋号であった。あやかるからには、扱う道具も、同じ系統……。
性の喜びを得るための道具を扱う店であった。
先ほど、店の前で武家らしき女性が、こそこそと内部を覗き見していたのも、仕方のないことである。一度入ってしまえば、何のことはない、変わった品を扱うだけ道具屋だが、一体、どんなことになっているのか、わからなければ、容易に店に入ることは出来ないだろう。それで、ちらちらと店を覗きこむものたちは多いので、お瑠璃は慣れている。
店には、艶本、張型、その他の道具や、媚薬の類を展示している。それを、まずは見て貰った方が良い。気後れしているだろう、あの女性には特に。
お瑠璃は、女性のことを思い出す。
年若い女性だった。十八九という年頃だろうから、お瑠璃より少々年嵩だろう。
(ご主人さまから言いつかっていらっしゃったのかしらね)
お瑠璃は、細工屋から預かってきた荷物をしまうと、店先へ戻った。
店では先ほどの女性が、興味深げに品物を見ている。
「失礼いたしました。ご用向きをお伺いいたしましょう。私、この「八つ目屋」の女番頭をしております、お瑠璃です」
「あなたのような、若いおなごが?」
女性は驚いているが、いつもの反応なので、お瑠璃は気にもしない。
「ええ。こういう品物を必要とするのは女の方が多うございますので、私が、店に出ておりますの。高名な「四つ目屋」さんに劣らぬ品を揃えていると思っておりますわ。それに、実際、使い方の指南も出来ることですし」
お瑠璃が笑うと、女性は少々面食らったよえだが、すぐ、安堵の吐息を漏らした。
「良かった。怖いお店だったらどうしようかと思案しておりましたの。わたくしは、お多津と申します。とある武家の奥方さまに仕えるものでございますが……少々、困ったことになっておりまして、あるじに言いつかってこちらへ参りましたの」
込み入った話のようだ、とお瑠璃は「かしこまりました。お話を伺いますから、店を閉めますわ。どうぞ、お上がりくださいまし」とお多津に店の中へ上がるように伝えつつ、店の暖簾を外して、戸を閉めた。
往来ですれ違う人の顔も判別がつかなくなる黄昏時、三つ兎を染め抜いた紋を付けた、長い暖簾の掛かった店先で、内部を伺うように覗いている、若い女の姿があった。
このあたりは武家の邸にもほどちかい。女も、そういう武家に勤めに出ているような、こざっぱりとした雰囲気だった。どちらにせよ、店の性質から言って、こそこそと内部を覗き見するのは仕方のないことなのだ。
お瑠璃は「もし」と声を掛けると、女は飛び上がって驚く。
「きゃっ」
「あら、驚かせて申し訳ありません。わたくし、この店のものですので、よろしければ内部(なか)へどうぞ。お悩みごとがございましたら、承ります」
白粉を塗ってしろい顔をした女は、お瑠璃を検分するように頭の天辺からつま先まで見やってから、「じゃ、じゃあ、……」と言って、暖簾をかき分けて店へと入っていった。
「ま、まあ……っ」
店へ入るなり驚いて目を丸くするのは、見慣れたことなので、お瑠璃は「どうぞ、私は支度をして参りますから、ご自由にご覧になって下さいまし。お手にとって眺められるとよろしいと思います」と言いつつ、女を残して店の奥へと消えていく。
その間際、女が興味深そうに、鼈甲で出来た張型を一つ、おそるおそる手に取ったのが見えた。
両国に、『四つ目屋』という道具屋があるのは、有名な話で、『四つ目屋』の名前を冠した店がいくつかあることも、江戸の街の、一つの名物になっている。
お瑠璃が看板娘をやっているのは、両国から離れた所にある『八つ目屋』という道具屋だ。高名な『四つ目屋』にあやかって付けた屋号であった。あやかるからには、扱う道具も、同じ系統……。
性の喜びを得るための道具を扱う店であった。
先ほど、店の前で武家らしき女性が、こそこそと内部を覗き見していたのも、仕方のないことである。一度入ってしまえば、何のことはない、変わった品を扱うだけ道具屋だが、一体、どんなことになっているのか、わからなければ、容易に店に入ることは出来ないだろう。それで、ちらちらと店を覗きこむものたちは多いので、お瑠璃は慣れている。
店には、艶本、張型、その他の道具や、媚薬の類を展示している。それを、まずは見て貰った方が良い。気後れしているだろう、あの女性には特に。
お瑠璃は、女性のことを思い出す。
年若い女性だった。十八九という年頃だろうから、お瑠璃より少々年嵩だろう。
(ご主人さまから言いつかっていらっしゃったのかしらね)
お瑠璃は、細工屋から預かってきた荷物をしまうと、店先へ戻った。
店では先ほどの女性が、興味深げに品物を見ている。
「失礼いたしました。ご用向きをお伺いいたしましょう。私、この「八つ目屋」の女番頭をしております、お瑠璃です」
「あなたのような、若いおなごが?」
女性は驚いているが、いつもの反応なので、お瑠璃は気にもしない。
「ええ。こういう品物を必要とするのは女の方が多うございますので、私が、店に出ておりますの。高名な「四つ目屋」さんに劣らぬ品を揃えていると思っておりますわ。それに、実際、使い方の指南も出来ることですし」
お瑠璃が笑うと、女性は少々面食らったよえだが、すぐ、安堵の吐息を漏らした。
「良かった。怖いお店だったらどうしようかと思案しておりましたの。わたくしは、お多津と申します。とある武家の奥方さまに仕えるものでございますが……少々、困ったことになっておりまして、あるじに言いつかってこちらへ参りましたの」
込み入った話のようだ、とお瑠璃は「かしこまりました。お話を伺いますから、店を閉めますわ。どうぞ、お上がりくださいまし」とお多津に店の中へ上がるように伝えつつ、店の暖簾を外して、戸を閉めた。
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