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しおりを挟む仙台藩が降伏を決める前日、土方と榎本釜次郎は、仙台藩を相手に説得を試みたが、仙台藩の心は動かなかった。『新政府軍』は、おそらく、仙台藩に対して多大な制裁を加えるだろうが、それを呑む苦渋の決断をしたと言うことだった。
仙台藩が降伏すれば、『奥羽越列藩同盟』は瓦解したも同然だった。中心となっていた大藩・仙台を喪えば、次々と降伏して行くしか無くなるだろう。
説得することは出来なかったが、仙台藩主・伊達慶邦から下緒を賜った。仙台藩としては、多くの藩民を守る為に苦渋の選択を受け入れざるを得なかったが、浅葱色の下緒は伊達慶邦の心であっただろう。
浅葱は新撰組の隊色であり、『義』を意味する色である。ここで、降伏を受け入れるが、最後まで戦いたかったという気持ちであろう。
仙台藩は、勿論、厄介者の榎本・大鳥たちを、いち早く追い出したかったというのもあっただろうが、潤沢な物資を渡して、彼らを見送っている。
会津戦で隊士が減った新撰組だったが、この時、人員は大分増加している。というのも、『新撰組』としてならば、蝦夷地行きの船に乗船させることは出来るというので、蝦夷地に行きたがっていた桑名藩士などに土方が声を掛けていたからだ。
これを、土方が、蝦夷地で自身の勢力を保つ為に、自分の手下を増やしておきたいのだろうと見るものも居た。たしかに、そういう側面もあったかも知れないが、この頃の土方は、島田や相馬などから見ると、妙に、さばさばとしているように感じられた。
悲壮感は、微塵もなかった。今まで、どこか、影のあるというような―――薄暗い印象が拭えない男だったが、その影が、漂白されてしまったように、まっさらな感じだった。
仙台に平間が来た夜、土方は明け方に、妙に浮かれた足取りで帰ってきた。したたかに酔っていた。遊里にでも行っていたのだろうと島田は思った。島田達も、土方からの金で平間と共に楽しんできたのだから、別に土方を責めたり詰るつもりはなかった。
翌朝、土方の顔は、妙に晴れ晴れとしていた。平間に、土方は酒樽を持って帰るようにと言った。
『平間さんは、これがなんだか知っているのだろう。芹沢さんは嫌がるかも知れないが、芹沢さんの墓前に備えてやってくれないかい』
土方の言葉に、平間は驚いていた。『土方さん、正気ですか』と平間が聞いた。土方は大まじめに頷いた。『そうして貰いたい』と躊躇いなく土方は言ったので、平間は樽を持ち帰ることになった。
樽についての詳細は、土方は語らなかった。ただ、料理屋に連れて行かなかった、市村鉄之助は、土方の慟哭がしばらくの間止まらなかった、と島田に心配そうに相談してきた。そして、ピタリと止んだあと、気がかりで部屋をのぞき込むと、もぬけの殻だった。市村は、一晩中、杜の都と謳われた仙台の町を走り回るという無駄骨を折ることになった。
その夜のことを、土方は語らない。だが、その夜を堺に、土方は変わった。
それからは、毎日が、死にものぐるいの日々だった。
十月十日には蝦夷地に向けて出航し、二十二日には函館攻防戦となった。土方は、間道進軍の総督になり軍を率いた。総督守衛新選組が組織され、この隊長が島田になった。函館五稜郭を手に入れ、松前城を落とし、松前城から五稜郭に凱旋した十二月十五日、蝦夷地平定となり、函館新政府が成立する。
この時、英・仏を初め諸外国の艦隊は函館に集っており、函館新政府の誕生を祝福し、空砲を持って歓迎した。榎本らを初め、フランス士官たちは馬でパレードを行った。ラッパ手が行進の曲を演奏して、花を添える。
函館新政府は、その政権運営を廻って、選挙が行われることになった。一次選挙で閣僚候補者が選ばれ、二次選挙で役職が決まるというものだった。それにより、榎本武揚が総裁となり、大鳥圭介は陸軍奉行。土方は陸軍奉行並び函館市中取締裁判局頭取となり、新撰組は函館市中の警備を担当することになった。また、陸軍奉行添役に、相馬主殿が選ばれ、新撰組の頭取は、島田魁となった。
慶応四年―――改元あって明治元年の年内に、一応の体制は整ったことになるが、明治新政府は、函館新政府を断固認めず、徹底討伐を決定した。
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