永き夜の遠の睡りの皆目醒め

七瀬京

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 山崎が京に付いたのは、慶応四年閏四月十日の事だった。生酒に漬けられて板橋から運ばれてきたという近藤の首は、ところどころ腐り初めては居たが、近藤を知るものならば、すぐに、判別が付くような状態だった。生酒に漬けられていたせいか、肌は青白かった。閏四月ともなれば、気温は高い。じきに、皮膚が膨れて割け、脂肪が溶解して、本格的に痛んでいくだろう。

(その前に、なんとか、あの首を回収しなければならないな)と山崎は思った。しかし、首の周りには、竹垣が廻らせてあり、容易に近づくことは出来ない。せめてもの救いは、警備のものが居ないことだ。夜陰に乗じれば何とか、首一つを回収できるかも知れない。

 人間の首は、意外に重い。三条河原は、近辺に旅籠や料理屋も多い場所である。夜と言っても、見咎められる可能性は高い。市中を、首を持ち歩いて帰るわけにも行かない。

 どういう道筋を通って、どこに行くか……だ。

 近藤は、何のゆかりもない場所に埋めろ、と言ったが、山崎は東海道を上る間、ずっと考えて居た。やはり、何の縁もゆかりもない場所に近藤の首を埋めるのは忍びない。近藤は、土方にさえ場所を特定されなければいいと考えて居たのだから、そういう場所は無いかと思ったのである。だったら、いっそ、京に埋めようと思った。新撰組にとっては敵だった者達が眠る、霊山りようざん。ここは、京の東山より少し南にある。霊山のすぐ側には、伊東甲子太郎達の居た、高台寺も近い。土方は、あまり近づきたがらない場所だろうと思った。

 京の東から、西向きに墓を建てる。そうすれば、極楽浄土の方向を見られる上に、京の市中を見守ることも出来る。それでこそ、新撰組局長近藤勇だ、と山崎は思っていた。

 だからこそ、首を、何としてでも回収しなければならない。近藤の首を回収する為には、少々準備が要るだろう。早めに行動しなければ、と思いながら山崎は三条河原を後にしようとして、一人の女の姿に目を止めた。

(あれは……たしか、土方の妾だった女じゃないか)

 山崎は、密やかに土方の身辺も探っていた。おそらく、土方も百も承知だっただろう。色白の柳腰が溜まらない女だった。土方に通じている女だと思わなければ、山崎も、誘い込む算段を考えるだろう。

(たしか……名は君菊と言ったか……。土方との間には、子も出来たとか言う話を聞いたが……なぜ、あの女が、近藤さんを見物に来ているんだ)

 君菊は、じっと、近藤の首を見つめている。あの首が、土方のものでなくて良かったと思っているのだろうと勘ぐると、山崎は堪えようもない怒りが腹の底から沸き上がっていくるを感じた。

(お前の間男に売られたせいで、近藤さんは、こんな姿を晒しているんだ!)と、あの女に罵りたい気持ちを堪えた。これは、八つ当たりにしか為らないことは、山崎も、よく解る。本当ならば、土方に何か言ってやりたいとさえ思うが、山崎は、死んだ身だ。少なくとも、死んでいるはずの人間が、姿を現すべきではない。近藤からの願い……生きろ、という切実な願いさえ、遂行できなくなる。

「……もし」と君菊が声を掛けてきた。どきり、とした。「なにか、ご用ですか?」と山崎は答えた。君菊は、「急にお声を掛けてすみまへん。………もしや、新撰組の方ですやろか? 以前、副長の土方はんに良うして頂きまして……。局長の近藤はんが、こないな事になってしまわれたので、なにか、土方はんの事を、知っている方でも……と思いましてなぁ。土方はんのこと、なんぞご存じですやろか」と滑らかに聞いてくる。山崎は苦笑した。いきなり、こんな所で、土方と知己だという事を言い出すと言うことは、山崎を、新撰組の隊士だと知っての質問だろう。

「私は、新撰組の医師でした」と山崎は言い切った。「このような旅装束では、医者と言っても信じて頂けないでしょうがね。今は、江戸からの帰りで、大坂の医学館に向かうところです。松本良順先生より薬と道具を頼まれているのです。近藤殿、土方殿は、江戸の医学館にも足を運ばれておりましたので……その時にはお会いしていますよ。近藤殿などは、伏見の戦い以降は、江戸の医学館に入院しなければならなかったものですからね。土方殿については、知っている限りのお話をしますと、先だって、江戸を抜けられて、会津の方へと向かったと言うことです。今は………幕府軍の先鋒隊を務められていると言うことですので、ご出世なさったものです。我ら医学館も、幕府恩顧で御座いますから、大坂に立ち寄り、薬屋道具を調えましたら、すぐに会津に向かうつもりです。松本良順先生は、もう、会津に入られているはずですので、私も、道を急がなければと思っております」

 山崎の言葉を、一言一言、君菊は真剣な表情で聞いていた。

「そうどすか……土方はん、会津に向かわれましたの……。せやけど、幕府軍て、どなたが、大将どすか? 京雀の噂話では、慶喜けいきはんは朝廷から命令されて、水府に下られる、いう話やったと思います。まさか、帝さんの命を無視して、大将やらはっとるんどすか?」

「ああ、……確かに、将軍様は、水戸の方に下ったと言うことです。私が聞く限りでは、幕府軍の総督は、大鳥圭介殿という方だと思います」

 山崎の答えに、君菊は不審そうな顔をした。「なんや、あんたはん、今から会津に向かわれるんですやろ? なのに、自分の所の大将の名前も、よう知りませんの? へんやわ」

 首を傾げた君菊に、山崎は笑った。

「大将など、誰でも構わないんですよ。みんな、幕府には恩義があるのです。二百五十年分の恩義です。父祖の分の恩義です。ですから、武士は、戦わなければならない。大将の為に戦うのではありません。幕府の名誉の為に戦うのです。官軍に弓引けば、賊軍です。朝敵になります。それでも、幕府の為に戦って、散る馬鹿者が、それだけ居ると言うことです。もちろん……幕府の為だけではなくて、自分の為でもあります。いままで、主家や幕府の為に生きてきたのです。天朝様の為に、生きていく自信がありません」

 きっぱりと言い切る山崎に、君菊は「おとこはんは、みんな阿呆やわ」とあきれたように言った。「おなごが、死ぬ思いして腹を痛めて生んだ命を、無駄にちらすんやから、男はんは、みんな阿呆どす。遠くに、おなごを待たせても、知らん顔で出ていかはる」

「それでも行くのが、男というものですよ」と微苦笑した山崎に、「あんたも、命は大切にした方がええ」と君菊は言う。

「……近藤はんも、土方はんも、敵味方構わず、斬りすぎましたのや。だから、こないな姿になる。次は、土方はんの番や。官軍に弓引いた朝敵の幕府軍の、先鋒隊の隊長さんやろ? 市中引き回されて磔にでもなりそうやわ」

 存外口の悪い物言いに山崎は苦笑した。「土方殿ならば、上手に世渡りをされるんじゃないでしょうかね。もともと、そういうことは得意そうな方でした。ご実家では、薬売りの行商をしていたこともあると聞きましたし、大店に奉公に出されていたとも聞きます。侍というより、商人のような方だと、私は感じていました。商人でしたら、利のある方に動かれるでしょう。あの方は、そういう感じがします」

「ふうん」と君菊は呟く。小馬鹿にしたような口調だった。「あんた、土方はんのこと、大嫌いなんどすなァ……確かに、あの人は、利のあるほうに動かはるでしょうな。でも、ご自分は、貧乏くじを引いてばかりだということは、中々外には晒しまへん。うちが言うても、信じてくれへんでしょうが、あの人は、寂しい人どす。せやからお仲間の方々の為に、いろいろしはります。悪いことも良いこともしはります。あの人の利は、お仲間の皆様方のことを考えての、利……」

「そんなわけがあるかッ!」君菊の言葉を遮るように、山崎が激昂して叫んだ。「ならなんで、あの人は!」

(こんな所に首を晒されなければならなかったんだ)と言い出すのを、君菊が制した。

「あの人やったら、考えそうやわ。局長はんの首一つで、お仲間百人救えると算盤はじかはったら、局長はんの首、売りますわ。あんたさんは、それを恨まれてはると思いますけど、あんたはんかて、隊に居た時分には、そうやって、他の局長さんや参謀さんを追いやって、あの方が守っていた隊で暮らしていたと違いますか? その上、あんたさんは、こうやって、生きとるやないの。局長さんかて、他の方を追いやった負い目がありますやろ。自分の手下たちの命守るのは、大将の務めどす。局長はんも、それは解って居ったはずや。それやったら、局長はんは、喜んで首を差し出したのですやろ」

 君菊の言葉に、山崎は圧倒されていた。確かに、君菊の言うとおりだ。けれど、山崎にそれが割り切れるかというと、別問題だ。

「早う、大坂に向かった方がええです。会津にはお医者は必要や」

「そうですね。京でも用事がありますから、それを済ませてから、会津に向かいます」

 山崎も、これ以上、ここに長居するのは、まずいと思い始めていた。女と言い争いをしているのだから、注目を集めても仕方がない。「では、私はこの辺で失礼する」と言い残して、山崎は三条河原を出た。

 三条から、不動堂村まで向かった。三条から不動堂村の新撰組屯所までは、丁度下京の対角にある。鴨川近辺を南下しても良かったが、旅籠なども多いし、出入りしていた場所も多い。一応の用心の為、山崎はそのまま、三条から西に向かった。

 京の治安は、変わらずに悪いようだった。悪化しているようにも見えた。幕府が瓦解し、市中を守るものが居なくなったから、当然のことだ。勝てば官軍というが、その通りで、我が物顔で威張りくさって町を闊歩するものも居る。なるべく、目を合わせないようにしながら足早に行く。今の山崎の姿は、旅装である。足早に歩いていても違和感は無い。

 先を急ぎながら、山崎は情けない気持ちになっていた。今まで、洛中を大手を振って歩いていたのは新撰組の方で、長州や薩摩の者達は、黒羽織に黒袴の集団をみるや、視線を逸らしてそそくさと立ち去っていた。だというのに、今では、立場がまるで逆だ。

(悔しいなぁ)と山崎は唇を噛み締めた。大将首は獲られた。戦に負けると言うことは、こういうことか、と山崎は思った。地面に突っ伏して、悔しいと叫んで、気が済むまで大地を叩き付けたい気持ちにも為るが、今、そんなことをしていても、無意味なことを知っている。嘆いていても仕方がない。進んでいくしかない。少なくとも、今は、近藤から託された首の処遇を何とかしなければならない。山崎は、三条河原に晒されていた近藤の首を思い出した。酷い状態だった。なんとか、鳥につつかれる前に、肉が腐り落ちる前に、近藤の首を回収しなければ、と山崎は思った。

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