永き夜の遠の睡りの皆目醒め

七瀬京

文字の大きさ
上 下
13 / 59
5

4

しおりを挟む


 土方の用事は、純粋に見回りだった。ただし、前夜、あまり眠っていなかった上に、近藤と夜を過ごした山崎には、足早にズカズカと歩き回る土方について行くのは、つらいものがあった。特に用事など無いのだろうが、京の端から端までくまなく歩き回る。しかも、もの凄い早さの上、その間、無言だ。いい加減うんざりしてきた頃、土方は聞いた。

「近藤さんを、誘い込んだのかい?」

 この人相手に、白を切るのは無理だと山崎は判断して、「誘ったのは私ではありません」と小さく答える。土方は「ふうん」と呟いて、「じゃあ、近藤さんが、君を誘い込んだのか。近藤さんに、の趣味があったとは知らなかったな。近藤さんは、何か言っていたのかい?」と重ねて聞いてきた。

『局長は……』と言いかけて、止めた。土方は、疑って掛かっている。近藤と山崎が策を巡らせて、土方に刃を向けるのかどうかを探っているのだろう。ならば、なんとか、土方に、近藤と通じたのは、土方に敵対するわけではなく、義によって結ばれただと言う事を、信じて貰わなければならない。

「近藤さんは……、私のことを、憎からず思って下さっていたので、この新撰組にお取り立て下さったんです。私も、近藤さんに惹かれておりましたので、新撰組の屯所に出入りをしておりました。私と、近藤さんは純粋な恋ゆえに、義を結んだのです。昨日は、その誓いの儀式を行いました。この傷がその証です」

「山崎君。正気かい? 男同士の恋なんて」と鼻先で笑う土方に、「存在します。私と、近藤さんがそれです。古来から、このような関係はあったはずです。織田信長の最後には、森蘭丸が共に戦い、豊臣秀次の死には、かの不破万作がご相伴しました。私と、近藤さんは、このような、美しい義に依って結ばれております」と山崎は力説した。

 山崎の言葉に「へぇ」と土方は笑う。「君らの素振りは、そうは見えないけどなぁ」

「平素は、出来るだけ、秘めた気持ちを出さぬようにするものです」

「ふうん。義の為なら、死ねるっていうのか」と土方は聞き返した。山崎は「勿論です。新撰組が、士道に生きるのと同じ心意気で、私は近藤さんとの義に生きます」と言い切った。山崎自身、昨日まで、こんな事を考えて居なかったのだが、不思議なことに、近藤と誓い合い、近藤を受け入れてから、不思議と、胸の中に、こういう気持ちがこみ上げてくるのを感じていた。

「じゃあ、山崎君。たとえばの話だ。君に横恋慕でもした酔狂な不逞浪人が居たとしよう。そいつが、例えば、会津様や将軍様を人質に取っていたとする。君の身柄と引き替えに、人質を交換しようと言われたら、君は、その不逞浪人に抱かせてやるかい?」

 不思議な質問だな、と山崎は思った。そんな山崎の戸惑いを見抜いた土方が「どうした?」と聞いた。

「いえ、なぜ、こんなあり得ない事態をご質問なさったのか解らなかったのです」と山崎は素直に答えた。土方は「ただの、たとえ話だよ。あり得ない話だ」と笑ってから「それで、君の答えは?」と聞いてきた。山崎の答えは決まっていた。

「会津様お預かりの新撰組です。会津様や将軍様のお命をお守りするのが役目ですから、この山崎、喜んで体を捧げましょう」

 土方は、にやり、と笑った。『ほれみろ、近藤さんと恋などしていないではないか』とせせら笑うような視線だった。

「―――ただし」と山崎は毅然と付け足した。「体を許すのは一度きりです。事が済み、人質のご無事が確認できれば、私は腹を切って死にます」

「なんで、死ぬんだい?」と土方は意外そうな顔をした。

「義のためです。私の義は、近藤さんに捧げたのです。それに反するような行動を取ってしまったら、私には、死しかありません」

 敢然と言い放つ山崎に、土方が一瞬、ひるむのが解った。山崎は、それを好機だととらえて、さらに続けた。「義によって結ばれるとは、そういうことを言うのです。土方副長には、理解できない話かもしれませんが、私は、近藤さんの為に命を賭ける覚悟です」
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

友達の母親が俺の目の前で下着姿に…

じゅ〜ん
エッセイ・ノンフィクション
とあるオッサンの青春実話です

ママと中学生の僕

キムラエス
大衆娯楽
「ママと僕」は、中学生編、高校生編、大学生編の3部作で、本編は中学生編になります。ママは子供の時に両親を事故で亡くしており、結婚後に夫を病気で失い、身内として残された僕に精神的に依存をするようになる。幼少期の「僕」はそのママの依存が嬉しく、素敵なママに甘える閉鎖的な生活を当たり前のことと考える。成長し、性に目覚め始めた中学生の「僕」は自分の性もママとの日常の中で処理すべきものと疑わず、ママも戸惑いながらもママに甘える「僕」に満足する。ママも僕もそうした行為が少なからず社会規範に反していることは理解しているが、ママとの甘美な繋がりは解消できずに戸惑いながらも続く「ママと中学生の僕」の営みを描いてみました。

吊るされた少年は惨めな絶頂を繰り返す

五月雨時雨
BL
ブログに掲載した短編です。

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

四季
恋愛
父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

ナースコール

wawabubu
青春
腹膜炎で緊急手術になったおれ。若い看護師さんに剃毛されるが…

服を脱いで妹に食べられにいく兄

スローン
恋愛
貞操観念ってのが逆転してる世界らしいです。

幕府海軍戦艦大和

みらいつりびと
歴史・時代
IF歴史SF短編です。全3話。 ときに西暦1853年、江戸湾にぽんぽんぽんと蒸気機関を響かせて黒船が来航したが、徳川幕府はそんなものへっちゃらだった。征夷大将軍徳川家定は余裕綽々としていた。 「大和に迎撃させよ!」と命令した。 戦艦大和が横須賀基地から出撃し、46センチ三連装砲を黒船に向けた……。

処理中です...