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しおりを挟む土方の用事は、純粋に見回りだった。ただし、前夜、あまり眠っていなかった上に、近藤と夜を過ごした山崎には、足早にズカズカと歩き回る土方について行くのは、つらいものがあった。特に用事など無いのだろうが、京の端から端までくまなく歩き回る。しかも、もの凄い早さの上、その間、無言だ。いい加減うんざりしてきた頃、土方は聞いた。
「近藤さんを、誘い込んだのかい?」
この人相手に、白を切るのは無理だと山崎は判断して、「誘ったのは私ではありません」と小さく答える。土方は「ふうん」と呟いて、「じゃあ、近藤さんが、君を誘い込んだのか。近藤さんに、そっちの趣味があったとは知らなかったな。近藤さんは、何か言っていたのかい?」と重ねて聞いてきた。
『局長は……』と言いかけて、止めた。土方は、疑って掛かっている。近藤と山崎が策を巡らせて、土方に刃を向けるのかどうかを探っているのだろう。ならば、なんとか、土方に、近藤と通じたのは、土方に敵対するわけではなく、義によって結ばれただけだと言う事を、信じて貰わなければならない。
「近藤さんは……、私のことを、憎からず思って下さっていたので、この新撰組にお取り立て下さったんです。私も、近藤さんに惹かれておりましたので、新撰組の屯所に出入りをしておりました。私と、近藤さんは純粋な恋ゆえに、義を結んだのです。昨日は、その誓いの儀式を行いました。この傷がその証です」
「山崎君。正気かい? 男同士の恋なんて」と鼻先で笑う土方に、「存在します。私と、近藤さんがそれです。古来から、このような関係はあったはずです。織田信長の最後には、森蘭丸が共に戦い、豊臣秀次の死には、かの不破万作がご相伴しました。私と、近藤さんは、このような、美しい義に依って結ばれております」と山崎は力説した。
山崎の言葉に「へぇ」と土方は笑う。「君らの素振りは、そうは見えないけどなぁ」
「平素は、出来るだけ、秘めた気持ちを出さぬようにするものです」
「ふうん。義の為なら、死ねるっていうのか」と土方は聞き返した。山崎は「勿論です。新撰組が、士道に生きるのと同じ心意気で、私は近藤さんとの義に生きます」と言い切った。山崎自身、昨日まで、こんな事を考えて居なかったのだが、不思議なことに、近藤と誓い合い、近藤を受け入れてから、不思議と、胸の中に、こういう気持ちがこみ上げてくるのを感じていた。
「じゃあ、山崎君。たとえばの話だ。君に横恋慕でもした酔狂な不逞浪人が居たとしよう。そいつが、例えば、会津様や将軍様を人質に取っていたとする。君の身柄と引き替えに、人質を交換しようと言われたら、君は、その不逞浪人に抱かせてやるかい?」
不思議な質問だな、と山崎は思った。そんな山崎の戸惑いを見抜いた土方が「どうした?」と聞いた。
「いえ、なぜ、こんなあり得ない事態をご質問なさったのか解らなかったのです」と山崎は素直に答えた。土方は「ただの、たとえ話だよ。あり得ない話だ」と笑ってから「それで、君の答えは?」と聞いてきた。山崎の答えは決まっていた。
「会津様お預かりの新撰組です。会津様や将軍様のお命をお守りするのが役目ですから、この山崎、喜んで体を捧げましょう」
土方は、にやり、と笑った。『ほれみろ、近藤さんと恋などしていないではないか』とせせら笑うような視線だった。
「―――ただし」と山崎は毅然と付け足した。「体を許すのは一度きりです。事が済み、人質のご無事が確認できれば、私は腹を切って死にます」
「なんで、死ぬんだい?」と土方は意外そうな顔をした。
「義のためです。私の義は、近藤さんに捧げたのです。それに反するような行動を取ってしまったら、私には、死しかありません」
敢然と言い放つ山崎に、土方が一瞬、ひるむのが解った。山崎は、それを好機だととらえて、さらに続けた。「義によって結ばれるとは、そういうことを言うのです。土方副長には、理解できない話かもしれませんが、私は、近藤さんの為に命を賭ける覚悟です」
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