永き夜の遠の睡りの皆目醒め

七瀬京

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 酒を過ごすと、眠くなるのが土方の酒癖だった。勿論、一日十三里も歩く強行軍である。酒など入れば、ぐったりと眠くなる。三番組の、ささやかな酒宴は、泥酔者たちの雑魚寝場に変わり、あちこちから鼾が聞こえる。酒臭い鼾の中で、土方は、夢うつつ、朦朧としていた。

 見たこともない、河原が目の前に広がっていた。だだっ広い河原だ。大きな橋が架かっている。橋の上には、黒山の人集り。どうやら、橋上から、河原を見下ろしているようだった。土方は歩き出した。よく解らなかったが、足裏が伝えてくる感触は、河原のものだ。

 歩く度、河原の石が、じゃり、と音を立てる。それが、妙に、頭に響いた。河原にも人集りがある。なにやり、ひそひそと話し声が聞こえてくるが、なにを話しているのかは、聞き取ることが出来なかった。人集りに近づく。すると、不思議なことに、人が避けていく。真っ直ぐと、近づくと、竹で出来た囲いがあった。

 囲いから、中を見る。首だった。随分、腐敗が進んだ首は、だれのものか、よく解らなかった。首主の罪状は、紙が貼り付けられていたが、よく見えない。目をこらしてみるが、よく見えない。

「あれは、誰だ」と周りの人に声を掛けると、「だよ」という返答が帰ってきた。

「何をやったんだ?」と土方は重ねて聞く。少なくとも、こんな河原で晒し首にされるくらいだ。よほどの事をしたものなのだろうと思った。

「知らんよ。だがね、こんなところで首を晒されているんだ。大悪人に決まっているじゃないか」

 それ以上、関わり合いになりたくないとばかりに、男は去っていく。土方は、じっと、首を見た。誰だか解らないほどに痛んだ首など、晒すことに何の意味があるのだろうともおもった。なにせ、肉など腐り落ち、髪も地肌が腐った為に辛うじてくっついているだけで、もはや、骨が見え始めている。時折、烏が降りてきて、肉を啄む。風が吹いてくると、死肉の腐った匂いが流れてきて、土方は気分が悪くなった。

 立ち去ろうとした時、『待て』と声を掛けられた様な気持ちになった。思わず首を見るが、勿論、腐肉と頭蓋骨があるだけで、誰も居ない。ふと、土方は背後に、人が立ったのが解った。袴を着けた男だというのは、足下を見たので解った。後ろに立った男は、土方の肩を、ぽん、と叩いた。肉厚で、大きな手だった。

「……なんなんだ、あんた。離してくれないか」と声を掛けるが、男は離れない。苛立たしい気持ちになって後ろを振り返ると、土方は男が、返答できない理由がわかった。男は、首がなかった。腰が抜けそうになったが、土方はじっと、男を見た。それしかできなかった。がっしりとした、体格のいい男だった。中年にさしかかる頃合いなのか、肉が乗り始めているが、良く鍛えているのだろうことは一目瞭然だった。

「誰、なんだ?」と土方は聞く。勿論、答えはない。土方の見守る前で、男は、ゆっくりと、腰のものを抜いた。何か、見覚えのある刀身のような気がした。

 美しい霜刃そうじんは、一点の曇りもなく、長い刀だったが、その切っ先は迷うことなく、土方に向けられた。

「おい、あんた。俺に、一体何の恨みがあるんだよ」と声を掛けるが、やはり、答えはない。土方は、なくなく、今から切られるのだ、と思った。だが、動けない。脚が竦んだ訳ではないが、動くことは出来なかった。男は上段に構えて、土方を袈裟懸けにバッサリと斬り付けた。足下がふらついて、世界が傾いでいく。河原に倒れ込んだ土方を、男が見下ろしている。意識が薄れる。男がなにかを呟いたような気がした。いや、男ではなく、生首なのかもしれないが、土方には確かめるすべもなかった。

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