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48.夫婦水入らず
しおりを挟む医師の診断を受け、身を清めて貰い、ひたすら休むだけだったが、やっと許しを得て読書を許されるようになった。
皇城の王宮司書が進めてくる書籍をいくつか送って貰い、それを読み進めていく。
今まで読んだ事のない類いの、甘い恋物語などは、やっと恋情らしい恋情を理解したルシェールにとって、新鮮なものだった。
その本が、数百年も昔に、他国の作家によって書かれたものだと知って、驚きを禁じ得なかった。
どの時代、どの国。どのように人が変わっていっても、恋情や、こういうやりとりというのは、変わらぬものなのだと思うことが出来たからだった。
技術として、性愛の術を教えていたルシェールは、恋情には疎かった。
フィリアリスの事も、もうすこし、やりようは合ったかも知れない。あれほど、追い詰めてしまったのは、ルシェールのせいだった。だが、斬首が決まった罪人に――差し入れは、許されていない。
書簡の一つ、慰めに出すことも出来なかったことは、悪いことをしたと思っている。
「大公殿下」
侍女に呼びかけられて、ルシェールは読書を止めた。
「どうしました?」
「ご私邸から、手紙が参っています。それと……何かお飲み物をお持ち致しましょうか?」
「手紙……ありがとう。飲み物も、よろしくお願いします」
「畏まりました」
ルシェールがいるのは、ロイストゥヒ大公家の私室ではなく、皇太子宮の賓客用の部屋だった。なので、家の侍女は入ることが出来ない。これも、万が一の事を考えたアルトゥールの対策だった。
皇太子宮の侍女は、すべて身元のしっかりしたものたちで、その上、お互いの顔を知っている。仮に知らない人物が入り込んだとしたら、すぐに気が付くだろう。
ロイストゥヒ大公家からの手紙は、レジーナからのものだった。
「本日の午後、お見舞いに伺います……か」
それだけが書かれた簡素な文だった。特に、ルシェールの容態を案じていることはないから、別に、ルシェールがあの時に死んでしまっても良かったのだろうと、ルシェールは考えている。
茶を持ってきてくれた侍女に、
「家の者が、午後に見舞いに来るらしいので、皇太子殿下にご報告を頼みます」
と願うと、彼女は恭しく受けて去って行った。
レジーナは、あの時、何を言いたかったのだろう。
それだけは、気になっていた。
そして、フィリアリスをそそのかしたのは、間違いなくレジーナだと思っている。
(だとすると……レジーナの目的は、私ではなく、アルトゥール様……?)
そういえば、賭の内容もそうだった。
『あなたが出来ない唯一のことを、やってごらんなさいな』
それは、この国を滅ぼすことだ。
そしてあの時、目の前には、帰還したばかりで後ろ盾の居ない、皇太子の姿があった。
ルシェールがすぐに考えそうな答えが、目の前に用意されていたと言うことになる。
この国を、滅ぼす。
皇太子を堕とす。
そして――――レジーナ自身の企みは、ルシェールの子を皇太子の子として育てさせる、だった。
(アルトゥール様を、恨んでいる……?)
ルシェールは、思案した。あの時、レジーナはなんと言った。
『裏切り者』
『あなたは、今日のこの日を、何の日だと思っているの』
『恥知らず』
(今日のこの日……?)
皇太子の誕生日だ。それ以外に何かあっただろうか。レジーナに聞けば解ることだが、思い出しておいた方が良い。だが、思い出すことがどうしても出来ない……。
ルシェールの思索は、ノックの音で途切れた。
「大公殿下。妃殿下がお見えです」
「ああ、お通ししてください」
ルシェールは身支度を調えて、レジーナを迎える。今も乳枷は付けて居るが、レジーナに見せるべきものではないと思っていた。
「ルシェール」
レジーナは、いつもより、簡素な衣装だった。見舞いならば、仕方がないだろう。少し痩せた姿を見て、ルシェールの胸がドキッと嫌な跳ね方をした。
痩せた―――レジーナを、かつて見たことがあった。
その記憶に、ルシェールは慌てて蓋をする。
レジーナは、従者をつれているようだったが、見覚えのない従者だった。
「あなた、ちょっと下がってくれないかしら」
レジーナは侍女に言う。
「けれど……大公殿下がどなたかと合う際は、お医者様でもご一緒するように……」
レジーナは彼女の顔の前で手を広げる。侍女の身体が、くらりと傾いで、そのまま床に倒れ込んだ。
幻術をつかったのだった。
「……せっかく、死の淵から蘇った夫とすごすのよ。……水入らずで過ごしたいわ。邪魔が入っても嫌なことね」
レジーナは、笑いながら、内鍵を掛けた。
「レジーナ……?」
「……ああ、よろしいのよ、あなたは、何もかも、忘れていらっしゃるし、あなたには告げなかった真実もあるの」
レジーナは微笑しながら近付いてくる。ルシェールから上掛けを奪い、夜着に手を掛けた。ルシェールは、指一本動かすことは出来なかった。
(幻術……)
レジーナは、無表情に、ルシェールから夜着を奪う。
「……汚らわしい。わたくし、我が夫が、乳枷を付けて外出するような恥知らずだとは思わなかったわ」
乳枷のつけられた身体を見下ろしながら、レジーナが言う。
「ああ、一言も……あなたには弁解させないわ。声が出ないようにしてあるの」
レジーナは、目を伏せる。
「そうそう……あなたも、最後に逢いたいかと思って、ある人をつれてきたわ。おいで、フィリアリス」
ルシェールは驚く。見慣れない従者だと思っていたが、違った。
フィリアリスだった。西の塔の牢獄から、脱走したのだろう。レジーナの幻術が味方に付いていれば、たやすいことだった。
「……ちゃんと、思いを遂げたら……西の塔へ返すわ」
だから安心して、と言ってレジーナは離れた。
その代わりに、フィリアリスが近付いてくる。
陶酔仕切った顔をしていた。
「ああ……、ルシェール様……お労しい。皇太子殿下に、こうして捕らわれておいでだったのですね」
フィリアリスが、宝石に触れた。その瞬間、宝石にはじかれて、指を焼かれたようだった。
「っ……容易には取り外せないと言うことですね……けれど、こういうものは……外し方があるのです」
そういえば、乳枷をせがんだのは、フィリアリスだった。何か知識があるのだろう。
「私が、皇太子殿下から、あなたを解放してさしあげます」
うっとりと呟いて、フィリアリスがルシェールの性器に頬刷りをする。
思わず、肩が揺れた。
「……このような形状のモノは……こうしてしまえば、簡単なのですよ」
フィリアリスの手に、鋭い刃が握られていた。
ルシェールは制止することも出来なかった。
抵抗しようにも、レジーナの幻術で拘束されている。
鋭い痛みが、陰部に走った。
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