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40.魔石
しおりを挟む一歩、進んだルシェールは、膝から力が抜けて、思わず壁に手を突いた。
「あ……っ」
肩で、荒い息を吐きながら、ルシェールは、なんとか、もう一歩、進もうとする。
身体の中には……あの、魔石が入っている。
八つの魔石を入れるには、香油の滑りを使う必要があった。入れて、最初のうちは良かった。けれど、歩き出して、しばらくすると、中に入れた魔石が、内部で蠢いて、粘膜を酷く刺激する。
魔石は、おそらく、粘膜から得た何かで、作動する仕組みになっているのだろう。
細かく振動したり、熱を帯びたりしている。
気を入れていないと、魔石を落としてしまいそうになる中、一歩ずつ、アルトゥールの部屋へ向かう。
(こんなことを、なさる方なのに)
ただ、ルシェールを弄んで笑ってみているだけの方だというのに。
ルシェールは、彼を拒むことが出来ない。
(なぜ……)
惹かれてしまったのだろう。どうして、自覚してしまったのだろう。快楽で頭がおかしくなりそうになりながら、心まで乱れていた。
こうして這うようにして現れたルシェールを、彼は見下してあざ笑うだろう。
そして媚薬を強請るルシェールを、侮蔑の表情で見下ろしながら、快楽に堕とすだろう。
それが、悲しくなった。
(愛や恋など……)
無縁のものだと考えて居た。教え子の少年達は、ルシェールに愛を求めて、縋り付いて冀った。
それを理解することも出来ず、無碍にしてきたことを、今更、悔やむ。
こんなにも狂おしい気持ちになるとは、解らなかったのだ。
あの少年達にとって。ルシェールは、酷い男だっただろう。いまも、恨んでいる人も居るかも知れない。
申し訳ない気持ちになりながら、ルシェールは、アルトゥールの部屋まで進む。
これほど、部屋を遠く感じた事は無かった。
部屋にたどり付けば、『本当に入れてきたのか』と呆れられるだろう。
目の前が、ぼやけた。目頭が熱くて、唇を噛む。
唐突な自分自身の変化に、ルシェール自身が戸惑っていた。
快楽と錯覚しているだけだ―――と誰かが言ってくれたら。それだけで気が落ち着くだろう。
すすり泣きが漏れるのは、快楽の為なのか、我が身のふがいなさを嘆いてのことなのか、まるで解らない。
やっとのことでアルトゥールの部屋までたどりつき、彼に迎え入れられたとき、安堵のあまりに、気が緩んだ。床に崩れてしまった。床は、毛足の長い絨毯を敷き詰めていたから、痛くはなかった。
「おや、ルシェール。どうしたのですか? 魔石は、どうしました?」
アルトゥールの声が、甘く聞こえた。
床に突っ伏しながら、ルシェールは、答える。
「……身体の、中に……」
内部で、魔石が暴れ回っている。
酷いほどに、内壁をなで回されて、身体が、びくびくと震えた。
「……本当に持ってきたのですか? あなたが?」
アルトゥールが驚いた顔をした。
酷い方だ―――、とルシェールは唇を噛む。そういうことを、望んだのは、あなたではないか。そう詰りたいのに声は出なかった。
声を殺しながら、床に這いつくばっていることが、惨めでたまらなかった。
「ルシェール、答えて……本当に、魔石を持ってきて下さったの?」
声音ばかりは優しい。
気が行きそうになりながら、ルシェールは「あなたが、そう、お命じに……なったのでしょう」と告げる。
「では。ルシェール」
アルトゥールは部屋の真ん中まで移動した。
「ここまでいらっしゃい、ルシェール……獣のように、四つん這いで」
何を、言われているのか、俄には信じられなかった。
屈辱に、全身が燃え上がるように熱くなる。
「ルシェール」
促されて、ルシェールは言われたとおり、四つん這いになって、アルトゥールの足許まで向かう。
内部の、魔石が、酷く暴れて、途中、納戸も倒れそうになった。
アルトゥールは、何も言わず、長椅子にルシェールを座らせた。
座ったことで、魔石が奥の方に押し込まれる感じがあって、ルシェールの身体が小刻みに震えた。
「……手を使わずに、魔石を取りだして下さい。ここで、観ていますから」
アルトゥールがソファの向かいに座る。
「えっ……そ……っ」
「……内部まで入ってしまうと大変ですからね……そろそろ、出してしまいましょう。さあ、ルシェール。俺に見えるように」
何を、要求されているのか、ルシェールは理解はしたが……、理解の範囲を超えていた。
「アルトゥール……さま……、ゆるして……無理……」
勝手に涙が流れて頬を伝う。
身体の中で、魔石は、好き勝手に蠢いている。
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