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24.薔薇の妙薬

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 アルトゥールに手をはねのけられたルシェールは、少々、ばつが悪くなった。けれど。

「……息子のようなものですよ。あなたは。―――もし、生きていれば、私の息子はあなたと同い年。あなたのご留学にも同行したでしょう。今までのあなたの思い出のあらゆる場面の隣に、私の息子が居たはずだ」

「ええ。それでも」

 アルトゥールはルシェールの手をとった。そこに口づけて、言葉を続ける。「私は、あなたのご令息ではない」

 爛々と、アルトゥールの瞳が……紫色の瞳が、炎のように、揺れていた。

 手を引こうと思ったが、それは出来なかった。

 寝台の上。距離が近すぎた。

「奉仕を、命じるわけではありませんよ」

「……では、殿下、お放しください」

「いいえ」

 アルトゥールはぐい、とルシェールの手を引く。アルトゥールの胸の中に抱き寄せられる格好になった。

「……殿下、相変わらず、お戯れが……」

「あなたを、手に入れたい」

 アルトゥールは、まっすぐ、ルシェールの目を見て言った。

「私は……、私のものですよ」

「最初―――あなたに近付いたのは、私の保身の為でした。けれど……今は、あなたを手に入れたい」

 手に入れたい、という言葉に、ルシェールは少々引っかかりを覚えてしまった。

「殿下の相手を務めるものは……私でなくても良いはず……っ」

 唇を、塞がれた。

 角度を変えながら、次第に口づけが深くなっていく。

 ルシェールは、必死に抵抗を試みるが、抱き留められていて、何も出来なかった。

「っ……」

 藻掻いたせいで、顔が熱いのを感じて、ルシェールはいっそう不愉快な気持ちになった。

「あなたの―――誰も触れたことのない肌を、暴きたい」

「っ!!」

 アルトゥールの手が、ルシェールの手首を捕らえる。そのまま、押し倒され、身体を押さえつけるように、ぴったりと覆い被さった。

 存外、アルトゥールの身体は重かった。

 十八歳。すでに立派な成人だ。体格では、ルシェールが劣る。

「……命令はしない」

「では、離してください」

「ただ、あなたの合意がないままに、あなたを抱くのだから、これは強姦になるのかな」

 ルシェールは唇を噛む。これは、アルトゥールの中で、すでに決定したことなのだろう。

 そして、アルトゥールは引くつもりがない。

「私が……、訴えたら、どうしますか」

「男性への強姦は、我が国では、定義されていない」

 さらりと告げられて、ルシェールは、歯がみする。けれど、このまま、おとなしく、抱かれるのも、まっぴらだった。

「とはいえ」

 アルトゥールは、小さく呟く。「……あなたに対する、傷害や暴行というのは成立するかも知れないな」

「であれば、命取りに……」

 ルシェールの目の前に、小さな小瓶が差し出された。

 透明な玻璃の容器に入った、真紅の、液体だった。

「薔薇からとった、媚薬だよ。……少なくとも、抵抗感無く、快楽を楽しむことが出来るだろう」

 ルシェールは、指先が冷たくなっていくのを感じていた。

「……殿下……、正気ですか……」

「―――正気なのか、なんなのか解らないが……、多分、俺は、あなたと心が通じて、愛を交わし合うより、こちらの方が好みなのだろうね」

 ハハと、アルトゥールは乾いた笑いをうかべ、そして、媚薬を口に含む。そのまま、ルシェールに口づけして、直接、流し込まれた。勿論、抵抗はしたが、髪を引っ張られて口を無理矢理開けさせられる。そこから、媚薬を流し込まれる形になった。

「うっ……っ」

 口内に、甘い薔薇の香りが満ちていく。それは、強い酒精のように、一気に身体に吸収されて、広がっていく感じがした。

「……っ」

「即効性で効き目が強い。その代わり持続はしない。……けれど、常習性は、それほど強くない」

 耳元に、アルトゥールが囁く。その声が、酷く甘く感じて、腰が痺れてくる。

 アルトゥールが、ぺろり、と耳殻を舐める。

「っ……っ!」

 ルシェールの身体が、びくっと跳ねた。

「……さすが、皇室に伝わる、媚薬だ。……もう少ししたら、何も考えられなくなるよ」

 アルトゥールが薄く笑うのを、燃え上がるように熱くなっていく身体の感覚に耐えながら、ルシェールは見やった。

「―――それで、満足……っされる……の、ですか?」

 息が上がってくる。視界が、とろんと蕩けていく。肌に衣服が触れている感触でさえ快楽を訴える。

「あっ……っ……っ」

「さすがは、秘薬と謳われた媚薬だけある……ああ……想像したとおり」

 アルトゥールがルシェールを見下ろしながら、うっとりと呟く。

「快楽に身もだえるあなたは、この世の何よりも美しい……」

 ルシェールの夜着を、アルトゥールはゆっくりと剥ぎ取っていく。

「……で、んか……っ」

「……そう、抵抗するものではありませんよ、ルシェール……。諦めて、素直に感じてください。あなたは、俺に一服盛られただけですからね……まあ、あなたが、俺を、訴えるのだとしたら、それはそれで構いませんよ」

 直接、肌を探られて、身をよじって快楽に抗いながら、ルシェールは、息を飲んだ。

「……何もかもを引き換えにしても構わないから、あなたを得たい……そういうこともありますよ」

 アルトゥールが、ルシェールの首筋に唇を寄せる。

「っ……っ!」

「……ああ……、あなたの肌は、薔薇のような薫りがする……」

 それは、部屋の薫りではないか、とどうでも良い抗議が口から滑り堕ちる前に、アルトゥールの指が、ルシェールの口内を犯した。

「っ……っん……っんっあ」

 アルトゥールの指が無遠慮に舌や口蓋を撫でる。

 そのたびに、ルシェールの身体が、びくっと震えた。

 シーツを握りしめて、それに耐えて居てるのを、アルトゥールが見つけて、薄く笑う。

「……もっと、……素直に俺を感じてください。……今この瞬間だけ、あなたの身も心も、俺だけのものだ……」

 ふれたようなアルトゥールの言葉を聞きながら、ルシェールは、意識が遠くなっていくのを感じていた。



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