上 下
20 / 25

19.薄汚れた恋情

しおりを挟む

 ルシェールの口内を犯した感触を、まだ、忘れられない。

 アルトゥールは、まだ熱を持て余して、自らを慰めていた。今は、手で弄ぶ性器が、つい先ほどまで、ルシェールの……あの、美しい口を犯していたのだ。そう、思った瞬間に、腰が重く震える。

(……今まで見た、どんな姿より、淫らだったな……)

 ルシェール自身も、自分のかわいがっていた少年達に『指南』する一環で、口淫をしたことはあるだろう。だが、おそらく、先ほどのように、ルシェールの口を犯したものは居ないだろう。

(ルシェールは……、昂ってくれただろうか……)

 アルトゥールのほうは、今までにない、性的な昂ぶりを覚えた。

 美しい人を、穢すという薄暗い願望を、思いのままに行ったのだ。張り詰めた欲望は、すぐに、彼の人の口内で爆ぜた。同じような昂ぶりを、ルシェールは感じていただろうか。

 無反応だとしたら、すこし、悔しい。

(あの人は、反応しないかもしれないな)

 そう思ったら、急に気持ちがしおれていった。

 ほどほどのところで、自慰を止め、身を清めてから、寝台に寝転がる。

 そもそも、ああいうことをするつもりがあって、ルシェールの寝所へ忍び混んだわけではなかった。ただ、婚約者であるセトレクト侯爵令嬢・マルレーネが訪ねてきて、ナディイラ子爵フィリアリスと、ルシェールの『情事』というものを見てしまったことを、恥ずかしそうに話したのがきっかけだった。

 ナディイラ子爵フィリアリスに、かつて『指導』して居たことはしっていたが、それでも、なぜ、彼が訪ねてくるのか、そして、彼に奉仕させたのか。考えれば考えるほど混乱して、問いただしたくてたまらなくなった。

(そもそも、私には、ルシェールを問いただす権利など、あったのだろうか……)

 今、冷静になると、そう思う。

 ルシェールが、例えば、『指導』の枠組みを離れて、ナディイラ子爵フィリアリスと関係を持ったとしても―――それは、アルトゥールには関係のないことだ。

(私に……、家紋の織りこまれた衣装を送ってきたくせに)

 あれが意味するものは隷従だ。アルトゥールを隷従させるということは、その隷従の支配者として、アルトゥールと繋がっていなければならない。

 言うなれば、天秤の、両皿のようなものだ。

 ルシェールが、アルトゥールに隷従するよう求めるのであれば、彼は、アルトゥールを支配しなければならない。

 はあ、と大きくため息を吐いたアルトゥールは、ルシェールの美しい貌を思い出す。

 彼の人の口を犯したとき、これ以上はないというほど、興奮した。

(あの人は、受け入れる側としては、無垢だろうな)

 そう思ったら、全身の血液が沸騰しそうなほど、得体の知れない興奮を覚えた。

 あの美しい人、誰も受け入れたことのない、まったく無垢な身体を、暴いてみたい。

 それは処女雪を土足で踏みにじるような行為だ。そこに、どういう、感情が乗っているのかも、よく解らない。

 味方として引き入れたい―――というのが、最初の接触理由だったはずだ。

 確かに、あの、類い稀な美しさには惹かれたし、出来ることならば、側に置きたいとも思った。二人きりで逢ったとき、彼からは、何故か良い匂いがするような錯覚があって、それに酩酊していたようにも思える。

 出来ることならば、真心で結ばれ、友誼なり、もっと別の感情なりを結ぶ相手にしたかったのは確かだろう。だが、それは潰えた。アルトゥールが潰してしまった。

 命じて、奉仕をさせたのだ。

 ルシェールが次にアルトゥールを見る際に浮かべるのは、やんわりとした微笑などではなく、侮蔑の表情であることは、容易に察する事が出来た。

「……侮蔑か」

 あの眼差しに蔑まれる―――というのを想像して、アルトゥールは、何故かそれを、悪くない、と思ってしまった。

 侮蔑し、蔑んだ相手に、奉仕を強要され、身を暴かれ穢されるのだ……。

 その、歪んだ妄想をしてしまったとき、アルトゥールは、自身の抱く感情に、名前を付けることが出来た。

 これは、恋情だ。だが、酷く歪んだ形の、薄汚れた恋情だ。

 慈しみ、共に思いを育んでいくという形のものとは正反対のものだった。

 けれど、アルトゥールは、この感情を、好ましく思ってしまった。


しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

そばにいてほしい。

15
BL
僕の恋人には、幼馴染がいる。 そんな幼馴染が彼はよっぽど大切らしい。 ──だけど、今日だけは僕のそばにいて欲しかった。 幼馴染を優先する攻め×口に出せない受け 安心してください、ハピエンです。

貧乏大学生がエリート商社マンに叶わぬ恋をしていたら、玉砕どころか溺愛された話

タタミ
BL
貧乏苦学生の巡は、同じシェアハウスに住むエリート商社マンの千明に片想いをしている。 叶わぬ恋だと思っていたが、千明にデートに誘われたことで、関係性が一変して……? エリート商社マンに溺愛される初心な大学生の物語。

悪役令息の死ぬ前に

ゆるり
BL
「あんたら全員最高の馬鹿だ」  ある日、高貴な血筋に生まれた公爵令息であるラインハルト・ニーチェ・デ・サヴォイアが突如として婚約者によって破棄されるという衝撃的な出来事が起こった。  彼が愛し、心から信じていた相手の裏切りに、しかもその新たな相手が自分の義弟だということに彼の心は深く傷ついた。  さらに冤罪をかけられたラインハルトは公爵家の自室に幽閉され、数日後、シーツで作った縄で首を吊っているのを発見された。  青年たちは、ラインハルトの遺体を抱きしめる男からその話を聞いた。その青年たちこそ、マークの元婚約者と義弟とその友人である。 「真実も分からないクセに分かった風になっているガキがいたからラインは死んだんだ」  男によって過去に戻された青年たちは「真実」を見つけられるのか。

傾国の美青年

春山ひろ
BL
僕は、ガブリエル・ローミオ二世・グランフォルド、グランフォルド公爵の嫡男7歳です。オメガの母(元王子)とアルファで公爵の父との政略結婚で生まれました。周りは「運命の番」ではないからと、美貌の父上に姦しくオメガの令嬢令息がうるさいです。僕は両親が大好きなので守って見せます!なんちゃって中世風の異世界です。設定はゆるふわ、本文中にオメガバースの説明はありません。明るい母と美貌だけど感情表現が劣化した父を持つ息子の健気な奮闘記?です。他のサイトにも掲載しています。

さよならの合図は、

15
BL
君の声。

【完結】選ばれない僕の生きる道

谷絵 ちぐり
BL
三度、婚約解消された僕。 選ばれない僕が幸せを選ぶ話。 ※地名などは架空(と作者が思ってる)のものです ※設定は独自のものです

別れの夜に

大島Q太
BL
不義理な恋人を待つことに疲れた青年が、その恋人との別れを決意する。しかし、その別れは思わぬ方向へ。

愛人少年は王に寵愛される

時枝蓮夜
BL
女性なら、三年夫婦の生活がなければ白い結婚として離縁ができる。 僕には三年待っても、白い結婚は訪れない。この国では、王の愛人は男と定められており、白い結婚であっても離婚は認められていないためだ。 初めから要らぬ子供を増やさないために、男を愛人にと定められているのだ。子ができなくて当然なのだから、離婚を論じるられる事もなかった。 そして若い間に抱き潰されたあと、修道院に幽閉されて一生を終える。 僕はもうすぐ王の愛人に召し出され、2年になる。夜のお召もあるが、ただ抱きしめられて眠るだけのお召だ。 そんな生活に変化があったのは、僕に遅い精通があってからだった。

処理中です...