19 / 25
18.歪み
しおりを挟むアルトゥールに『奉仕』した翌朝、レジーナが訳知り顔をして「あなたも、焼きが回ったのではなくって?」と扇の影で笑いながら言ってきたものだから、無性に腹立たしい気持ちになった。
「そうかな」
「ええ、そうですわよ。……この分だと、賭はわたくしの勝ちね」
「さあ、解らないよ」
苛立ちに、眉が動いているのが解ったし、レジーナはそれを解っているだろうが、そのまま、ルシェールは続ける。
「……最後まで、勝負は解らない」
「そうね。あなたが、傾国の男娼にでも成らない限り」
くすくすと笑いながら「わたくしは、別荘へ行くわ」とレジーナは去って行く。
「別荘?」
「ええ。あなたは、ここへ、皇太子殿下を呼んで奉仕するのでしょ? だったら、わたくしは、そういう所には居るわけには行かないの」
「ふうん? まあ、あなたのお好きなように」
「ええ、ええ。いつだって、わたくしはわたくしの好きなようにするわ……、楽しい報せが沢山届くのを楽しみにしているわよ。わたくし、退屈なの」
レジーナの後ろ姿を見送ってから、ルシェールは食堂へ向かう。
昨夜の苛立ちもあって、今日は、少々、食欲はなかったが、食事を取らなければ、それはそれで、家のものたちに心配を掛ける。
それにしても、とルシェールは、レジーナの事を考えた。
レジーナは、どうにも、皇太子を嫌っているようだった。
皇太子と、レジーナは、親子ほどに年が離れている。接点はないはずだった。だからこそ、妙な気分になる。
皇太子が出入りする、それに鉢合わせをしたくないということか。
或いは―――。
ルシェールの思考を遮るように、執事が声を掛けてきた。
「旦那様。書簡が届いております」
「どちらから?」
「皇太子殿下です」
昨日の今日で、閨に召し出しということだろうか。であれば。
「せっかちなことだ」
思わず声に出してしまったのを執事に聞かれていた。
「旦那様、……皇太子殿下に、昨晩のような奉仕を……、される、おつもりでしょうか」
「なぜ?」
「旦那様は……、そのようなことをされずとも……」
執事は、性的な奉仕を『ロイストゥヒ大公』が行わずとも良いだろうと、言いたいのだろう。それは、ルシェールも理解はした。
「しかし、臣である以上は、致し方のないことだ」
「けれど……旦那様」
「まあ、別に……たいしたことでもないし、あちらが、父親ほどに年の離れた私に、そう言うことを要求してくると言うのが、中々、笑える」
それは、ルシェールの抱いた、素直な感想だった。
「―――誠実で、純真そうな、世間知らずの皇太子殿下……と思ったが。なかなか、歪んでいる」
「歪んで……?」
「ああ、……わざわざ、私のようなものを懐に引き入れて、それに飽き足らず、支配しなければ気が済まないのだから、歪んでいるだろう?」
そう言っている内に、おかしさがこみ上げてきて、ルシェールは笑う。
皇太子からの書簡を手に取り、中を確認する。茶会を皇太子宮で開催するから、そこへ参加するようにということだった。
「……このとおりだから、支度をしておいてくれ」
なんらかの手土産と、衣装の支度……。
それまでに、一度、湯浴みをして身支度を調えてから、少し、執務をする時間くらいはあるだろう。
皇太子の急な茶会の誘いの、意図は分からなかった。
「……どなたか、ご同席されるかな」
「使いの者に聞いて参ります」
「ああ、頼むよ」
仮に、茶会というのは、ただの名目で―――閨の奉仕だとしたら、どうだろうか。
ルシェールは、その可能性を考える。
淡々と、命じられたままに奉仕をするだけだろうが―――意図が分からない。
別に、知りたいとも思わなかったが、アルトゥールが、なぜ、奉仕をさせたのか、やはり、まだ考えあぐねている。
(まあ……、単純に、私を支配した気分を味わいたかったということなのだろうな)
一旦、ルシェールはそう結論づけて、考えるのを止めた。
本当に、気になるのならば、本人に聞けば良いことだ。
5
お気に入りに追加
11
あなたにおすすめの小説
そばにいてほしい。
15
BL
僕の恋人には、幼馴染がいる。
そんな幼馴染が彼はよっぽど大切らしい。
──だけど、今日だけは僕のそばにいて欲しかった。
幼馴染を優先する攻め×口に出せない受け
安心してください、ハピエンです。
貧乏大学生がエリート商社マンに叶わぬ恋をしていたら、玉砕どころか溺愛された話
タタミ
BL
貧乏苦学生の巡は、同じシェアハウスに住むエリート商社マンの千明に片想いをしている。
叶わぬ恋だと思っていたが、千明にデートに誘われたことで、関係性が一変して……?
エリート商社マンに溺愛される初心な大学生の物語。
悪役令息の死ぬ前に
ゆるり
BL
「あんたら全員最高の馬鹿だ」
ある日、高貴な血筋に生まれた公爵令息であるラインハルト・ニーチェ・デ・サヴォイアが突如として婚約者によって破棄されるという衝撃的な出来事が起こった。
彼が愛し、心から信じていた相手の裏切りに、しかもその新たな相手が自分の義弟だということに彼の心は深く傷ついた。
さらに冤罪をかけられたラインハルトは公爵家の自室に幽閉され、数日後、シーツで作った縄で首を吊っているのを発見された。
青年たちは、ラインハルトの遺体を抱きしめる男からその話を聞いた。その青年たちこそ、マークの元婚約者と義弟とその友人である。
「真実も分からないクセに分かった風になっているガキがいたからラインは死んだんだ」
男によって過去に戻された青年たちは「真実」を見つけられるのか。
傾国の美青年
春山ひろ
BL
僕は、ガブリエル・ローミオ二世・グランフォルド、グランフォルド公爵の嫡男7歳です。オメガの母(元王子)とアルファで公爵の父との政略結婚で生まれました。周りは「運命の番」ではないからと、美貌の父上に姦しくオメガの令嬢令息がうるさいです。僕は両親が大好きなので守って見せます!なんちゃって中世風の異世界です。設定はゆるふわ、本文中にオメガバースの説明はありません。明るい母と美貌だけど感情表現が劣化した父を持つ息子の健気な奮闘記?です。他のサイトにも掲載しています。
愛人少年は王に寵愛される
時枝蓮夜
BL
女性なら、三年夫婦の生活がなければ白い結婚として離縁ができる。
僕には三年待っても、白い結婚は訪れない。この国では、王の愛人は男と定められており、白い結婚であっても離婚は認められていないためだ。
初めから要らぬ子供を増やさないために、男を愛人にと定められているのだ。子ができなくて当然なのだから、離婚を論じるられる事もなかった。
そして若い間に抱き潰されたあと、修道院に幽閉されて一生を終える。
僕はもうすぐ王の愛人に召し出され、2年になる。夜のお召もあるが、ただ抱きしめられて眠るだけのお召だ。
そんな生活に変化があったのは、僕に遅い精通があってからだった。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる