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18.歪み

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 アルトゥールに『奉仕』した翌朝、レジーナが訳知り顔をして「あなたも、焼きが回ったのではなくって?」と扇の影で笑いながら言ってきたものだから、無性に腹立たしい気持ちになった。

「そうかな」

「ええ、そうですわよ。……この分だと、賭はわたくしの勝ちね」

「さあ、解らないよ」

 苛立ちに、眉が動いているのが解ったし、レジーナはそれを解っているだろうが、そのまま、ルシェールは続ける。

「……最後まで、勝負は解らない」

「そうね。あなたが、傾国の男娼にでも成らない限り」

 くすくすと笑いながら「わたくしは、別荘へ行くわ」とレジーナは去って行く。

「別荘?」

「ええ。あなたは、ここへ、皇太子殿下を呼んで奉仕するのでしょ? だったら、わたくしは、そういう所には居るわけには行かないの」

「ふうん? まあ、あなたのお好きなように」

「ええ、ええ。いつだって、わたくしはわたくしの好きなようにするわ……、楽しい報せが沢山届くのを楽しみにしているわよ。わたくし、退屈なの」

 レジーナの後ろ姿を見送ってから、ルシェールは食堂へ向かう。

 昨夜の苛立ちもあって、今日は、少々、食欲はなかったが、食事を取らなければ、それはそれで、家のものたちに心配を掛ける。

 それにしても、とルシェールは、レジーナの事を考えた。

 レジーナは、どうにも、皇太子を嫌っているようだった。

 皇太子と、レジーナは、親子ほどに年が離れている。接点はないはずだった。だからこそ、妙な気分になる。

 皇太子が出入りする、それに鉢合わせをしたくないということか。

 或いは―――。

 ルシェールの思考を遮るように、執事が声を掛けてきた。

「旦那様。書簡が届いております」

「どちらから?」

「皇太子殿下です」

 昨日の今日で、閨に召し出しということだろうか。であれば。

「せっかちなことだ」

 思わず声に出してしまったのを執事に聞かれていた。

「旦那様、……皇太子殿下に、昨晩のような奉仕を……、される、おつもりでしょうか」

「なぜ?」

「旦那様は……、そのようなことをされずとも……」

 執事は、性的な奉仕を『ロイストゥヒ大公』が行わずとも良いだろうと、言いたいのだろう。それは、ルシェールも理解はした。

「しかし、臣である以上は、致し方のないことだ」

「けれど……旦那様」

「まあ、別に……たいしたことでもないし、あちらが、父親ほどに年の離れた私に、そう言うことを要求してくると言うのが、中々、笑える」

 それは、ルシェールの抱いた、素直な感想だった。

「―――誠実で、純真そうな、世間知らずの皇太子殿下……と思ったが。なかなか、歪んでいる」

「歪んで……?」

「ああ、……わざわざ、私のようなものを懐に引き入れて、それに飽き足らず、支配しなければ気が済まないのだから、歪んでいるだろう?」

 そう言っている内に、おかしさがこみ上げてきて、ルシェールは笑う。

 皇太子からの書簡を手に取り、中を確認する。茶会を皇太子宮で開催するから、そこへ参加するようにということだった。

「……このとおりだから、支度をしておいてくれ」

 なんらかの手土産と、衣装の支度……。

 それまでに、一度、湯浴みをして身支度を調えてから、少し、執務をする時間くらいはあるだろう。

 皇太子の急な茶会の誘いの、意図は分からなかった。

「……どなたか、ご同席されるかな」

「使いの者に聞いて参ります」

「ああ、頼むよ」

 仮に、茶会というのは、ただの名目で―――閨の奉仕だとしたら、どうだろうか。

 ルシェールは、その可能性を考える。

 淡々と、命じられたままに奉仕をするだけだろうが―――意図が分からない。

 別に、知りたいとも思わなかったが、アルトゥールが、なぜ、奉仕をさせたのか、やはり、まだ考えあぐねている。

(まあ……、単純に、私を支配した気分を味わいたかったということなのだろうな)

 一旦、ルシェールはそう結論づけて、考えるのを止めた。

 本当に、気になるのならば、本人に聞けば良いことだ。


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