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16.仕組みと命令

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 ナディイラ子爵フィリアリスが訪れた数日後、ルシェールの邸宅を、密やかにおとなうものがあった。

 アルトゥールである。

 夜も更けて、そろそろ休むかと夜着に着替えて寝酒の用意をさせた所に、こつん、と窓が鳴ったのだった。

 透明な碧玉を削り出してつくった窓は、玻璃よりも硬い。破られることはないだろうが、ルシェールは不愉快な気分になった。

 部屋から、人を下がらせている。

 妻であるレジーナとは、寝室が別だ。

 この部屋には、ルシェール一人しか居ない。

 窓際に寄った時、窓を開けたところにあるバルコニーに、アルトゥールの姿を見たルシェールは、思わず、そのまま背を向けた。

「待ってください、ルシェール!」

 慌てて窓に縋り付いてくるアルトゥールを、冷ややかに見やってから、致し方なく窓を開ける。

「こそ泥のようなご来訪ですね」

「無礼は承知ですよ」

「その無礼を踏み越えていらっしゃるとは思いませんでした。どうぞ、お帰りは、邸の中から」

 廊下へと続く扉を指し示したルシェールに、アルトゥールは微苦笑する。

「またれないことを仰って……」

「……御用があるのでしたら、先触れを頂ければ、歓待いたしますよ」

 ルシェールは、アルトゥールから視線を外した。

「マルレーネから、ナディイラ子爵のことを伺いました」

 予想通りだなと、ルシェールは、さして面白くない気分で話を聞く。

「どのような」

「あなたが……、ナディイラ子爵に、奉仕をさせていたとか」

「そのように、指導をしましたからね。……あの子は、まだ、幼くて、もう、そう言うことをしなくても良いというのを、理解して居なかったようです」

「指導」

 アルトゥールが、クッと声を殺して笑う。

「ええ、指導です」

「……それは、どういうときに使う、ものなのでしょうね?」

「ご興味がありますか?」

「ええ、とても」

「そうですね……、我が国は、男色を禁じておりません。むしろ、一時などは、推奨しておりました。大体、戦が盛んな頃合いは、男色が流行しましたよ。

 ですから、臣下は、求められればすぐに身を差し出すことが出来るようにと、心構えと、振る舞いについて、学ぶ必要がありました。女性が、閨ごとの授業の為に、高位女性から手ほどきを受けるのと同じように。

 皇族の皆様方の、求めに応じられぬ、満足に足りぬと言うのは、臣としてはあるまじき事でございますし、女性に於いても、たとえ、皇族が寝台に魚河岸に上げられた魚の如く寝ころがっているだけだったとしても、子種を得る方法を知る必要があります。それは、同時に、皇族の悦びの為に奉仕することになると言うことです」

 淡々と、ルシェールは事実だけを告げる。

 性的な奉仕、というのを、求められれば差し出すことがある―――それは、この国の貴族の伝統として、事実であった。

「ふうん」

 アルトゥールが、にんまりと笑ったのが解った。



 アルトゥールが、わざわざ、称号で呼ぶことに、いくらかの疑問を覚えつつ、ルシェールは、「はい」とうけたまわる。

「……今の話に、虚言はあるまいな?」

「ええ。砂獅に誓いまして、真実でございます」

 恭しく、ルシェールは一礼する。

「ふうん。……これで、ナディイラ子爵フィリアリスとの関係をごまかすために、適当な話をでっち上げていると言われたら、怒るところだった」

「はい……?」

 アルトゥールは、一つ、ため息を吐いて、前髪を手でかき上げた。黄金色の瞳が、部屋の照明を受けて、爛々と光っているのが解った。伝説の砂獅、その、瞳のような強い光を宿している瞳だった。

 丁度その時「失礼致します、旦那様」と、執事が入って来た。

 アルトゥールが、部屋の中にいることに、一瞬驚いたようだったが、執事は、寝室に設えられた、簡素なテーブルに、酒器を置いた。頼んでいた、寝酒を持ってきたのだった。

「……別なお飲み物をご用意致しましょうか?」

 執事が問うと、その答えを引き取ったのは、アルトゥールだった。

「支度は要らない。お前は、下がりなさい」

 短く命じたアルトゥールは、執事が下がる前に、ルシェールに向いた。

「……ロイストゥヒ大公・ルシェール。あなたに、閨の奉仕を申しつける。……先日、ナディイラ子爵にさせたように、私に、仕えてみなさい」

 薄暗い笑みを浮かべたアルトゥールを見て、ルシェールは、一瞬、何を言われているのか、解らなかったが。

 この国の、仕組み上、この国の皇族であるアルトゥールには、それを、臣であるルシェールに申しつけることが出来る。

 執事が、手に持っていた銀の盆を落としてしまった。

 けたたましい音が、夜の闇を切り裂くように響き渡った。

 
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