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13.来客予定
しおりを挟む朝食を終え、不愉快な気持ちのままに邸へ戻ったルシェールは、やけに邸内が騒がしいことに眉を顰める。
「……ああ、その花は、一度下げてしまって。もっと可憐で華やかな花を飾りたいわ」
レジーナが指揮をとりながら、設えの指示をしている。
「ああ、セトレクト侯爵令嬢がいらっしゃるのだったね」
「ええ。……まあ、我が夫君は、ご機嫌が悪いご様子ね……子ネズミに、思わぬ反撃でも喰らいまして?」
子ネズミ。皇太子の事だろう。
真っ黒で小さくて、ちょこまかちょこまかと、動き回る……。
若干の不愉快さを、妻から感じつつ、ルシェールは「さあて」とだけ呟く。
「ああ、あなたがご不在間に、ナディイラ子爵がおいでになったわ。今日、いらっしゃるというから、いつも通りいらっしゃいなとお誘いしておいたわ」
いつも通り、というのは、夕刻の事だ。
ナディイラ子爵フィリアリスとは、彼の『手ほどき』をして居たころ、夕餉の時刻に邸へ呼んで、夕餉での振る舞いを教え、そのあと、閨ごとの手ほどきをしたものだった。
「余計な事を」
「あら、夜会では、随分、ナディイラ子爵が苛立っていたと聞いています。それなら、お呼びした方が楽しいでしょう? 今日は、せっかく、素敵なお嬢様もいらっしゃっている事だし……そうね。久しぶりに、皆で夕餉を摂りましょう」
素敵なお嬢様……つまり、アルトゥールの婚約者であるセトレクト侯爵令嬢マルレーネから、その婚約者に、ナディイラ子爵が来ていることを伝えさせるのだろう。
「なにを考えておいでなのか」
ため息を吐くと、レジーナは笑った。
「だって、退屈なのですもの。……みんな、味わえば良いのよ。……人を想って、あれこれとヤキモキする苦痛は、これ以上甘美なものはないわ。勿論、あなたも」
くすくす、と笑う。
「……まあ、退屈しのぎならば良いが、フィリアリスは、面倒な相手でね」
「あら。いいじゃない。楽しいわ。あの子が、本気になればなるほど……滑稽ね」
アハハと、レジーナは声を上げて笑う。
「ああいう子は、面倒ごとを引き起こしそうだよ」
「あら、そうなったら、家ごと潰してしまえば良いわ。ナディイラ子爵家の領地は、まあ、悪くないわ。美味しい橄欖が取れるのよ。わたくし、大好きよ」
橄欖を漬けこんだものは、葡萄酒の肴として最適だ。ルシェールも嫌いではないが、積極的に手に入れたいとも思わない。
「……ご令嬢が来たら、顔を出しますよ。それまでは私室に下がります」
「夕餉の時で構わないわ」
「では、そのように」
ナディイラ子爵フィリアリスが来るというのだけは、気鬱だったが、仕方がない。
(ここの所、頻繁に、手紙も寄越していたからな……、一度会っておくのは良いかもしれない)
フィリアリスは、ルシェールとの関係を『恋人』と勘違いしているのだろうが、単純な『指導』だった恋情を押し付けられるのは、迷惑以外の何者でもない。
部屋に戻って、長椅子に身を横たえ、「何か飲むものを。そのあとは、しばし一人にしてくれ」とだけ告げると、すぐに侍女が飲み物の支度をする。オレンジと迷迭香の枝をたっぷりいれた、冷たい水だった。薫りの良い水は、気分をすっきりさせてくれるのでありがたい。
少し休んでから、机へ向かった。
書簡がいくつか来ている。ナディイラ子爵フィリアリスからのものもあったので、開いてみる。昨日の夜会で、アルトゥールにキスをさせたことを詰るものだった。
「……『なぜわたしの目の前で、あの方に接吻をさせたのですか。あなたは、わたしの恋人だというのに。わたしは悲しくてたまりません』……」
思わず、クッと苦笑が漏れた。
予想通り、恋人だと思っているようで、おかしくなる。
「この、勘違いをただすのは面倒なのだよな……」
だとすると、新しい『恋人』として、アルトゥールを使う方が楽なような気がしてきた。さすがに、ルシェールの新しい恋人がアルトゥールだと知れば、引かざるを得ないだろう。
書簡を破り捨てながら、ルシェールは、少しだけフィリアリスの純真な気持ちがうらやましくもあった。心から誰かを愛したことなどあっだたろうか。
愛や恋というのは、ルシェールにあまりにも遠い。
フィリアリスのように、なりふり構わずに相手にぶつかっていく、この純真さと直向きさは、少々、うらやましく思った。
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