9 / 51
08.衣装と迎え
しおりを挟む夜会の刻限になり、そろそろ会場へ向かうおうと、億劫ながら腰を上げたルシェールだったが、
「旦那様、皇太子殿下のご来訪でございます」
という慌てた執事の声に、心底驚いた。
「お通ししてくれ」
と命じたものの、わざわざ、迎えに来るとは思わなかっただけに、不意を突かれた気分になった。
扉が開き、皇太子が入ってくる。
いつもとは違う、薔薇と菫の香のする、香水の薫りがふんわりと漂ってきた。
「あっ……」
思わずルシェールが声を上げてしまったのは、皇太子が、ルシェールの贈った衣装を身に纏っていたからだった。
「お迎えに上がりました」
皇太子は、恭しく一礼をする。
「そのようなことは、臣下にはなさいませぬよう」
窘めるが、皇太子は、小さく笑っただけだった。なんとなく、不愉快な、腹の底がざらつくような気分になりながら、ルシェールは言う。
「その衣装……」
お召しになるとは思いませんでした、と言おうとしたのを、皇太子に笑顔で遮られる。
「似合うでしょう? ……あなたと、色違いの揃いと聞きましたから、絶対に、この衣装を身に纏わねばと思いました」
「お側に仕える方々は、反対なさいましたでしょうに」
「そうですね……あなたに服従する意味があるのだとかなんだとか」
「それを分かっていて、なぜ……」
困惑しつつ、ルシェールは問う。訝しんで、眉を寄せるルシェールの顔を、皇太子は、じっと見た。
「あなたのそういう表情を拝見出来れば、この衣装を身に纏った甲斐もあるというものです」
「お戯れが過ぎます」
「では、この、あなたの戯れに乗りましょう。……これで、私も、あなたにご指導を賜る、美童の一人と言うことになりますかね」
くすくす、と皇太子は笑う。存外、あけすけに言葉を使うものだと思いつつ、その意味を知っていて、なぜ、この衣装を身に纏うのか、と考えた時。ルシェールは賭けを思い出す。
この皇太子を、堕として、この国を破滅へ向かわせる……。
そういう賭であったはずだった。
「……皇太子殿下……いえ、アルトゥール様」
ルシェールの囁くような声に、アルトゥールが、視線を返す。
「私の、美童になりたいと?」
「……出来ることならば、あなたと、もっと親密な関係になりたいものです」
美童とは言わなかった。
なんとなく、ルシェールは、愉快な気持ちになった。
「親密な、ね……」
「ええ。……私は、あなたの力が必要です。そして、私は……あなた自身にも、興味があります。国中の美しい少年達を集めて、閨を共にして居るという、魅惑の男色家……」
「あなたも、閨に入りたいと?」
くすくすと、ルシェールは笑う。「私が相手をするのは、年端もいかないものたちばかり。それも、れっきとした、制度としての教育ですよ。……そして、それは上位のものから、下位のものへ行われる。つまり、こういう教育を、あなたにすることは、私には出来ないのです」
「あなたと少年達の閨では、どのようなことを……?」
「それは、殿下。あなたも、房事の教師から、教わっていることですよ。閨に於いて、奉仕をするということを教えるのです。……こういったことが、まだ、必要になることがございますから」
少年達に教えるのは、つまらないことばかりだと、ルシェールは思っている。
この国では、男性が少年を囲うことが、当然の権利として行われている。少年達も、そこで、繋がりを持つのだから、どちらにも利はあるのだった。
だが、少年に、一方的な奉仕の術を教えても、それはそれでつまらないことばかりだった。
「……私の立場でも、どなたかに奉仕をすると言うことはありませんので……、退屈なものですよ。他の男たちのための、奉仕の術を教え込んでいるようなものですから」
ハッとしたように目を見開いて、それから、アルトゥールは視線を泳がせた。
「あなたと関係を結んだものの中で、恋人になったものはいるのだろうか?」
「恋人……であれば、私には一人もおりませんよ」
今まで、恋人と呼べるような存在は、居なかった。
求められれば、少年達に様々なことを教えはするが、そう言うことは、すべて、心の繋がりを伴わないものだ。愛や恋という言葉とは、縁遠い。
「……一人も……」
「口に出せば、むなしいばかりの言葉ではありますが……、一人も。少なくとも、私の方は」
「んっ?」
アルトゥールが、怪訝そうな顔をした。
「相手の方は、そうではないこともあります。……つきまとわれることもありましたし、様々なことを迫ってくる方もいました」
「そういう方は、どうしたのですか……?」
「どうにも。ただ、煩わしいだけです」
つめたく言い捨てるルシェールの言葉を聞いて、アルトゥールが、眉を寄せた。
6
お気に入りに追加
25
あなたにおすすめの小説
幽閉王子は最強皇子に包まれる
皇洵璃音
BL
魔法使いであるせいで幼少期に幽閉された第三王子のアレクセイ。それから年数が経過し、ある日祖国は滅ぼされてしまう。毛布に包まっていたら、敵の帝国第二皇子のレイナードにより連行されてしまう。処刑場にて皇帝から二つの選択肢を提示されたのだが、二つ目の内容は「レイナードの花嫁になること」だった。初めて人から求められたこともあり、花嫁になることを承諾する。素直で元気いっぱいなド直球第二皇子×愛されることに慣れていない治癒魔法使いの第三王子の恋愛物語。
表紙担当者:白す(しらす)様に描いて頂きました。
初夜の翌朝失踪する受けの話
春野ひより
BL
家の事情で8歳年上の男と結婚することになった直巳。婚約者の恵はカッコいいうえに優しくて直巳は彼に恋をしている。けれど彼には別に好きな人がいて…?
タイトル通り初夜の翌朝攻めの前から姿を消して、案の定攻めに連れ戻される話。
歳上穏やか執着攻め×頑固な健気受け
【完結】国に売られた僕は変態皇帝に育てられ寵妃になった
cyan
BL
陛下が町娘に手を出して生まれたのが僕。後宮で虐げられて生活していた僕は、とうとう他国に売られることになった。
一途なシオンと、皇帝のお話。
※どんどん変態度が増すので苦手な方はお気を付けください。
『別れても好きな人』
設樂理沙
ライト文芸
大好きな夫から好きな女性ができたから別れて欲しいと言われ、離婚した。
夫の想い人はとても美しく、自分など到底敵わないと思ったから。
ほんとうは別れたくなどなかった。
この先もずっと夫と一緒にいたかった……だけど世の中には
どうしようもないことがあるのだ。
自分で選択できないことがある。
悲しいけれど……。
―――――――――――――――――――――――――――――――――
登場人物紹介
戸田貴理子 40才
戸田正義 44才
青木誠二 28才
嘉島優子 33才
小田聖也 35才
2024.4.11 ―― プロット作成日
💛イラストはAI生成自作画像
美貌の騎士候補生は、愛する人を快楽漬けにして飼い慣らす〜僕から逃げないで愛させて〜
飛鷹
BL
騎士養成学校に在席しているパスティには秘密がある。
でも、それを誰かに言うつもりはなく、目的を達成したら静かに自国に戻るつもりだった。
しかし美貌の騎士候補生に捕まり、快楽漬けにされ、甘く喘がされてしまう。
秘密を抱えたまま、パスティは幸せになれるのか。
美貌の騎士候補生のカーディアスは何を考えてパスティに付きまとうのか……。
秘密を抱えた二人が幸せになるまでのお話。
ヒロイン不在の異世界ハーレム
藤雪たすく
BL
男にからまれていた女の子を助けに入っただけなのに……手違いで異世界へ飛ばされてしまった。
神様からの謝罪のスキルは別の勇者へ授けた後の残り物。
飛ばされたのは神がいなくなった混沌の世界。
ハーレムもチート無双も期待薄な世界で俺は幸せを掴めるのか?
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる