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06.意趣返しの思案
しおりを挟むただ、お茶を飲んで少々の会話を交わしただけ。
だが、ルシェールとアルトゥールが『特別に親しく』しているという話は、瞬く間に広まっていった。おかげで噂高い貴族たちから、さまざまな夜会に誘われるようになって、それはそれで鬱陶しい。おおよそ、夜会の類は断っていたのだが、アルトゥールの方から、わざわざ、城に呼び出され、私室で談笑しているときに、一緒に参加してほしいと言われてしまい、断ることが出来なくなった。
「子犬になつかれましたわね。……わたくしは邸におりますわ」
レジーナはにべもなく断ったため、ルシェール一人で参加することになったが、アルトゥールの方は、それがうれしかったらしい。報告に行くと、アルトゥールは、
「奥方様がおいででしたら、あなたをあちこちに連れまわすことはできませんから」
などと堂々というのには、あきれてしまった。
「私を、あちこちへ連れだすおつもりですか?」
「ええ、……せっかくなので、国中の貴族とあいさつをしておきたくて。あなたに紹介してもらえると助かります」
存外、いい性格をしているらしい。
明るくて、陰湿なところのない性格だ、とルシェールは思った。
ルシェールが、その二つ名――帝国の甘美なる闇――通りの闇だとすると、皇太子は、光だ。内側から放たれて、周りを明るくするような光。それは、王者の資質と言っても良いだろう。
(見かけほど、つまらぬ人間ではないのかもしれないな)
とはルシェールも感じてはいたが、性質が違いすぎる。
ルシェールは、あちこちに笑顔を振りまいて回ることなど苦痛でたまらないが、皇太子は違うようだった。
「私は目立ちますが、評判はさほど良くありませんよ?」
「そうですか? あなたとお話をしたい人は、たくさんいると思いますが」
アルトゥールが、目を伏せる。さらり、と闇色の髪が頬に掛かった。
「私などと話をしても……何も有益なことはないでしょう。それでも、アルトゥール様が、私にとご一緒してくださるというのでしたら、喜んでお供いたします」
喜ばしいことなど、何一つない。
だが、柔和な笑顔を浮かべつつ、アルトゥールに向き合うと、彼は、なんとも言えない、微妙な顔をしていた。
アルトゥールに連れられた夜会は、皇太后主催の大変盛大なものになるらしい。
皇太后は、一刻も早くアルトゥールを後継者として認知させたいらしく、おもてうらを問わずにあちこちへ顔を出させていると言うことだった。
そこへの『箔付け』に利用されるのは甚だ面白くはないが、どのみち拒否は出来ない。それならば、いくらか意趣返しをしてやろうかという気分になった。
ルシェール思案する。
(アルトゥールが、今一番、成し遂げたいこと)
それは、ロイストゥヒ大公・ルシェールを伴って―――いや、従えて、あちこちを歩かせることだろう。
ロイストゥヒ大公が膝を折ったというのならば、従いたいと思っているものたちは多いだろう。そういうことだ。
つまり、ルシェールは、ただ、アルトゥールと一緒に歩いているだけで、彼の望みを叶えていることになってしまう。
(それは面白くないな)
誰かを利用するのは好きだが、利用されるのは、ルシェールはまっぴらだった。
執務―――と言っても特にすることもないルシェールは、黒檀で出来た大きな机に肘を突きながら、一つ、溜息を吐いた。
「如何なさいましたか?」
執事が問う。用もないのに、常に控えてないなければならない執事を少々哀れに思いつつ、ルシェールは宙に腕を差し伸べつつ、唄うように言う。
「……少々、意趣返しがしたい。それで、思案をして居るが、中々、面白い趣向がなくてな……。ささやかながら、あの男の、面目が立たないような、事が起きれば良いのだが」
そんなに思うようには行かないだろう、と言外に滲ませつつ言うと、執事がやや、畏まった声で告げる。
「夜会のお誘いが、届いております。皇太后様主宰の夜会に、一緒に参加してくれないかと……」
「おや、エスコートの誘いかい? ……だれから?」
一瞬、間があってから、執事が答える。
「ナディイラ子爵フィリアリス殿です」
フィリアリスと聞いて、ルシェールが動きを止める。
ナディイラ子爵フィリアリス。彼は、『行儀見習い』としてルシェールの所へ来ていた少年だった。十八歳になって見習いに出され、そのまま半年くらいは恋人のように扱ってきたが、当主である父親が他界したため、すぐに家を継いだのだった。
「フィリアリスは、私が皇太子殿下と一緒に行くと……知っているだろうに」
「けれど、もし、旦那様が、ナディイラ子爵をお連れしていたら、皇太子殿下の面目は……」
丸つぶれになる、と言う前に、ルシェールが手で制した。
「いくら私でも、アルトゥールを敵に回そうとはおもわんさ……さて、では、何か余興などないものか……」
溜息をついたルシェールに、執事はぽん、と手を打った。
「ん? どうした?」
「わたくしめに、一つ考えが」
執事が耳打ちした提案を聞いて、ルシェールの口端がつり上がる。
「それはいい」
上機嫌に呟きながら、ルシェールは宴席に想像を巡らせる。周りの好奇の眼差し。それを想像しただけで、胸がすいた。
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