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 次の日。高浜祥子が若月骨董店を訪れた。例の、『鬼の剥製』の鑑定結果を聞きにくるためである。春宵は、祥子の顔を見るなり、出し抜けに、あの剥製のことを切り出して、祥子を瞠目させた。

「……そんな……本当ですの?」

「ええ。本当です。あれは……本物の、『鬼の剥製』ですよ」

 と、春宵は真剣な面持ちで言った。祥子は、思わず春宵の表情に、見入られる。

「けれど……鬼なんて……本当に、いますの?」

 こくん、と春宵は頷いた。そして、そっと。鬼の剥製に指を這わせる。美しい白い指であった。そして。醜悪な、醜悪な、鬼、の剥製であった。ふと、鬼の剥製が、血しぶきを散らした。血しぶきではなかった。紅葉、であった。

「……鬼は、確かに存在しますよ」

 祥子は、くすくすくすと笑った。その笑い方に、京香の姿を重ねようとして、春宵は目を伏せた。祥子は、京香にはなり得ない。

「……高浜さんは、お幸せそうですね。とても……ゆったりとお笑いになる」

 ふと、何を言うのかと怪訝そうに春宵を見つめていた祥子だったが、ええ、そうですわね、と微笑した。

「たしかに、幸せですわ。……子供たちには恵まれましたし」

「―――京香さんもね……幸せだと思いますよ」

 祥子は、ほんの少しだけ眉根を寄せて見せたが、

「そう、かも知れませんわね。……ああ、そうでした、お代はお幾らですの?」

「……結構ですよ。鑑定人としては、父も僕も失格です。僕には、この鬼に、値段をつけることが出来なかったんですから」

 と、白い封筒を差し出した祥子の手を、押し返した。暖かい、手であった。

「……そう、ですの? では……近いうちに、また、寄せていただきます。……こちらの、お教室の生徒にでもなっても良いと思いますから」

 微笑みながら、店を辞去する祥子の後ろ姿を見送って、春宵は店に戻った。店に戻ると、果楠が腕組みをしながら不機嫌そうに顔をしかめて、座っていた。

「春宵」

「なんです」と、春宵も不機嫌もあらわに、聞き返しながら、出かける支度をはじめた。これから、愛猫のまおを連れ戻しに、遊歩堂に行かなくてはならないのだ。一夜限りの逢瀬を重ねた、恋猫こいびと達を、引き裂くために。

「……一体、あの剥製は、何だったんだ?」

 果楠は静かに問う。春宵は、ふぅ、と吐息してから、応える。

「……アレは、人間だった。そして、男性だった。そして……たぶん、殺されて、剥製にされた。あの剥製は……多分、奥さんのつみだった」

「じゃあ、やったのは……」

 と呟く果楠を見ながら、春宵は、ほどけた靴紐を結びなおした。そして、呟く。

「さあね」

「お前は、知ってるんだろう? 春宵」

「僕だって、知りませんよ。……ただ、そうですね、男には分からないそうです。雅美みやびさんにでも、聞いてください」

 と、春宵は若月骨董店の入り口から、出て行った。視界を、神社の境内に植えられた、紅葉の赤が、さえぎった。と、春宵は、思いついて、果楠に言った。

「鬼は、紅葉の木の下に立っています。そして、紅葉の木の下に立つ、美しい鬼が、自分の一番大切なものを、手元に取っておこうとしたんですよ」

「どう言うことだ?」

 くすくす、と笑いながら春宵は言う。

「……そうですね、水面に映る月を、手に入れようとするのは不可能でしょう? 独り占めするためには、月を壊さなくてはならない」

 言って、春宵は、遊歩堂へ向かった。恋猫たちを、引き裂くために。風に舞う一片の紅葉を手に取りながら、春宵はつぶやいた。

「……まおと、ゆうほは……二千年、待てるかな?」

 春宵は苦笑した。今が幸せな恋猫たちには、不可能なことだろうから。と、春宵の視界の片隅、神社の境内を彩る紅葉の木の下に、黎黒れいこくの、人影を見つけた。ハッとしたように紅葉の木の下を見遣った春宵は、そっと、呟いた。

「鬼」





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みんなの感想(1件)

lavie800
2024.03.27 lavie800

主人公キャラがカッコよいので投票しました

七瀬京
2024.03.28 七瀬京

lavie800さま

コメントありがとうございます!!!
主人公をカッコよいと言って頂けて嬉しいです!!

解除

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