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 私の、姿絵を、ずっと身につけていた……? 思わず考えるより先に嫌悪感が先立って、「……何のおつもりですか……っ」と叫ぶようにして、首飾りを彼に押し返そうとした。

「あなたではない」

 そう、静かに告げられたとき、それが誰なのか、私は、悟った。

「まさか、この神官がラーメルなのですか?」

 信じられない。私は、まじまじと、姿絵を見やる。鏡を見ているかのように、その人は、私にうり二つだった。

「あなたを最初に見た時の、私の動揺が解るだろうか」

「あなたの心情を、理解することは出来ませんが、心中は、お察し致します」

 テシィラ国の国王は、苦笑する。

「……ラーディイレヤ」

「えっ?」

「私の名だ。……今は、その名を名乗らない。もはや、この世で、あなたと私以外、この名を知るものは居ない」

 ラドゥルガで、ただの一人の人として過ごしていたとき。この国王は、その名を使っていたのだろう。

「我々の頂く、あの『神』というのは、どうも、加虐趣味者なのだ。我々が、もがき苦しんでいるのを見て、愉しんでいる。三十年。私は三十年待ったのだ。この時期の大神官を、絶対に殺すと決めてやってきた。同じように、あの神とやらに供物として捧げてやろうと。この世で一番むごたらしい殺し方をしてやろうと思っていたのだ。なのに、なぜあなたは、ラーメルと同じ顔をして現れた!」

 この男は、それだけを心の支えにしてこの三十年を生きてきたのだろう。私は、ラーメルの遺品から得た『護符』を、王に差し出した。

「あなたが作ったものでしょう。かの神官は、これを、最期の時に身につけてなかったようです」

 王は、それを受け取ると、ぎゅっと抱きしめた。しばらく、王は、そうしていたので、私は、構わずに続けた。

「神殿の長として、大神官の職責を頂くものとして、あなたとラーメルに心から謝罪します」

 床に膝を付いてぬかずく、一番の謝罪を示すやり方で王に礼を取ると、彼は、狼狽えたようだった。

「猊下……、面をお上げ下さい……」

「あなたとラーメル、ラドゥルガの民の蒙った苦痛は、筆舌にしがたい物でしょう。ですから、まずは、心より、謝罪します。そして、この件については、全世界へ発信するつもりです。三十年前のカルシア協定の裏で、我々神殿が、何をしてきたのか。私は、それを明らかにします」

 王が、私の前に座り込む。私の手を取って、顔を上げさせた。

「……あなたは、それでは、誹りを受けるでしょう。あなたには、関係の無いところで起きた事件です。あなたが、謝罪する必要は……」

「いいえ」

 王の言葉を遮って、私は続ける。「過去において、未来において。大神官の名を頂く限り、そこで起きたことは私の責任なのです」

 王が、息を飲んで、うなだれた。

「あなたは、処刑されるかも知れませんよ」

「それならば、それまでのこと。……追放は考えていましたが。それと、もう一つ、私には、やらねばならぬことがあるのです」

 私は、王の手を取って、一緒に立ち上がった。王が、不安げな顔をして、私を見ている。私、ではないのかも知れない。かつて愛した―――いまも愛し続ける神官を、私に見ているのかも知れない。

「猊下?」

「……さて、あなたの言う、加虐趣味者に、交渉に参りましょう。あれは、供物を捧げれば、願いを叶えるそうです。随分と即物的ですね」

 私は、自分の言葉に、思わず笑ってしまった。供物を供えれば、願いを叶えるというのは、確かに、即物的なことこの上ない。しかも、おそらくどんな願いでも聞き入れるのだろう。

「お、お待ちください、猊下……」

 王の顔色が、途端に青ざめていく。私から、パッと手を離して、少し後ずさった。

「供物……など……、お願いですから……」

 ラーメルのことを、想い出したのだろう。彼が、受けたのはあまりにもむごたらしいことだった。全身を傷つけられ、犯され、そして死んだのだ。

「……供物は、血や、体液や淫の気ではありません。私の、全魔力です」

「全魔力っ! それでは……」

「はい。私は、神殿を去ることになるでしょう。その代わりに、聖遺物を、二度と発動出来なくします。それで、第二のラドゥルガは作りませんし、異世界の民も、もう呼ぶ必要はなくなります」

 王の瞳が揺れている。黄金色の、獣のような瞳を、私は美しいと思った。月のような、強い力を備えた瞳だった。

「ここで、止めます。それが、大神官としての、私の最後の仕事です」

「けれど……」

「あなたには、その証人になって頂こうと思いました。ラドゥルガの件の当事者であるあなたが、立ち会ってくださるのが、一番良いのです」

 私は彼の手を取って、無理矢理引っ張る。後ろに控えていたテシィラ国の軍勢が、戸惑っているのが解ったが、王がわけありげな視線を送ったので、そのままになった。

「あのまま、私を射ることも出来ましたでしょうに」

「どうせ二重三重の結界が張り巡らされているのだろう。無駄な矢を放つことはない」

 王が、不機嫌に呟く。私は、それがおかしくて吹き出してしまった。その、握った手を、王が、強く握り返す。私は、振り返る。一瞬、王と視線が絡んだ。

「……よく、こうして手を繋いで森の中をあるいたもので」

 言い訳をする王は、やはりおかしい。夢の中にでもいるような、ぼんやりとした顔をしていた。私を、ラーメルと勘違いしているのだろう。

「魔力を……どうやって、捧げるのですか」

「行けば解ります」

 私は、王を伴って大聖堂へと入っていく。すでに、祭壇が整えられている。

「あなたはここで」

 王を、入り口近くに待たせつつ、私は祭壇の中心へ進み出た。大聖堂には、多少の神官とスティラ、シン、レリュが控えている。私は、見守られつつ、中央に立った。そこに、特別に清められた、水晶で出来た短刀が置かれている。一度、それを捧げ持って、私は自らの手首を勢いよく切り裂いた。

「猊下っ!!」

 悲鳴のような絶叫が、大聖堂にこだましていた。



 

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