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「いやぁ、壮観だね」

 大神官の居館からは、神殿領の東側が一望出来る。神殿領の中には、この神殿の中枢がある『聖域』と呼ばれる区域があるが、現在、その際のところにテシィラ国の軍隊が陣取っている。松明を燃やして煌々と灯りが連なっている様は、炎の野原が広がっているようで、その炎は、今まさに、私達を飲み込もうとしているのだ。

「今回は、あの国王も本気のようですね」

 スティラの声が固い。緊張しているのだろう。実際、神殿に、武装したものたちは、サジャル国の門番、レダルが連れてきた手勢、三十名余りだけである。それを、レダルは大神官の居館の警護に宛てたいと申し出たが、私は拒否して、下級神官たちの居館と、大聖堂の守護に当たらせた。

 下級神官たちは、身を守るほどの魔法力を持たないが、私やスティラであれば、やろうと思えば数百人の軍勢を相手に戦うことは出来る。シンの身柄だけは心配だったが、レリュが命がけで守るというので、任せることにした。それと、彼の身は私の『護符』が守るだろう。絶対という言葉はないが、それでもかなり高い確率で、シンの身を守ることは出来るはずだ。

「本当にお一人で会談に臨まれるのですか?」

 スティラが心配そうに問うので、私は、大きく頷いた。

「それが、条件のはずですから」

「なんだか、度々、あんたとあの国王が会っているのが気に入らない」

 シンが唇をとがらせて言う。言われてみれば、私とあの国王は、度々、二人きりで会っている。事実だけを言えばそうだが……。

「俺は、あんたとあの国王が二人きりで会うのが、気に入らない」

「浮気をする為ではないのですし……」

 シンが、私をチラッと見てからため息を吐いた、ラドゥルガの件は、自暴自棄だった。なので、何度も引き合いに出されると、私も立つ瀬がない。

「しかし、この状態で、会談を中止しようものなら、間違いなく、すぐに火の海になりますよ。あとは……考えられることと言えば、なだれ込んで『聖遺物』を持ち出すと言うことですね。あの国王は、使い方を知っているわけですし」

「会談までは、まだ、時間がある。ならば、先に、『聖遺物』を使えないようにしてしまうのが、得策かも知れないぞ」

 レリュの思わぬ提案に、私も一瞬、心が揺れた。確かに、『聖遺物』の心配をしないで会談に臨むことが出来るのならば、かなり、気は楽だ。

「『聖遺物』は……今、どのような状態ですか」

「封印されております」

「解除の条件は?」

「……封印を外せば解除されるはずですが、かなり強力な封印ですので、私でも封印を解除するのは難しいと思います」

「それならば良かった」

「ルセルジュ、どうする?」

 シンが、私に意思を確認する。私は、少々、瞑目して考えた。安全を取るか。それとも。

「やめておきます。テシィラ国の国王の会談ののち、国王同席の上で、神に交渉した方が良いでしょう」

 それが私に出来る、精一杯の誠意だ。スティラとシンは、微苦笑していたが、やがて、仕方がないと言うような顔で、一つ、大きなため息を吐いた。

「では、こちらも大神官様のお心に沿うよう、万全の準備を整えておきます」

「頼みましたよ」





 スティラに頼んだのは、上位神官たちと共に、水と氷の二重結界を神殿中に張り巡らせておくことだった。テシィラ国の軍勢からの火矢を通らなくさせるためだ。炎は水で消され、そして矢は凍り付き神殿へは届かない。こちらは、防戦のみで攻撃の手段は備えなかった。私は、それでいいと思っているが、『聖遺物』を抱えている以上、私のこの言葉は、全くの綺麗事であることも、理解はして居る。

 私は―――綺麗なままで居たいのだろうか。手を汚さず、罪を犯さず。それは、私にもよく解らないが、本心では、私は、別に汚れても、なんでも構わない人間だろう。目的の為に、手を汚すのは多分、仕方がない。何を、天秤に賭けるかで答えが違うだけだ。例えば、シンが幸せになるためなら、喜んで手を汚すだろう。だが、大神官という、私の立場を賭けた場合、神殿の名誉の為にも、そして、あの王への謝罪のためにも、私は、誠実であることを選ばなければならないだけだ。

 会談の場所は、国王から指定されていた。

 庭園の四阿あずまやである。理由はわかる。なにかがあれば、弓兵が狙っていると言うことを、見せつけるためだろう。

 月が天頂に差し掛かる時間。私は、四阿へ向かった。丁度、テシィラ国の国王も、四阿へ歩いてくる。今日は、武装をした姿だった。腰に剣を佩いて、鎧も着ている。四阿の近くで彼は一度立ち止まり、剣を、地面に置いてから向かってきた。国王が、こちらへ一定の誠意を見せてくれたことは、感謝するべきだろう。

「……今宵は、少々明るいようですね。せっかくの月の光の美しさが半減します」

 テシィラ国の国王は、歌うような口調で言いながら、私に近付いてきた。低くて、よく響く声だった。香辛料の香りが風に乗って漂ってくる。国王の香りだ。

「ようこそおいで下さいました」

 私は、ゆっくりと一礼をする。テシィラ国の国王は、私に跪いて、衣の端に口づけを落とした。過ぎた、礼だった。

「猊下、お招き頂き感謝致します」

 テシィラ国の国王は、跪いたまま、私を見上げる。なんとなく、その視線から目を外した。

「お立ち下さい。……遠路はるばる、ようこそおいで下さいました。ここのところ、あなたとは、よく会いますね」

「運命が、引き寄せるのでしょう。我々を」

 立ち上がりざま、彼は私の髪の一房をとって、そこにも口づけを落とした。

「陛下。お戯れが過ぎますよ」

 テシィラ国の国王は、私を一瞬、強い眼差しで見つめたが、やがて目を伏せ「失礼」とだけ告げて、懐から何かを取り出した。首飾りのようだった。平素から身につけているものなのだろう。鮮やかな緑色をした宝石を、彼は外すと、私に手渡した。

 そこに描かれていたのは、私の、姿だった。


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