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 レリュが戻ってきたのは、夜更けだった。テシィラ国の国王とは直接やりとり出来たと言うことで、レリュは笑いながら戻ってきた。レリュの帰還を、会議室で待っていた私達は、彼の無事な姿に心から安堵した。

「面白かったねぇ。大神官様が『護符』をお持ちだと告げたら、顔を真っ赤にして怒りだしてねー。いやいや、面白かった」

「お渡しした品々の説明は?」

「特にしなかったけど、見れば解るでしょ? とりあえず、『内々に』こちらへ来てくれると言うことになったよ」

「それは、大変お手数をおかけ致しました。感謝します」

 レリュは笑いながら、私に国王からの書簡を見せた。内々に、とはあるが場所は神殿になっている。一緒に軍勢も引きつれてくるのは、予想が出来た。

「それで、大神官様は、どう、交渉するつもりですか?」

 スティラが私に問う。

「特別な交渉はありませんよ。多少の材料があるとしたら……この、護符くらいなものです」

「それで、あの国王と会談しようというのが無謀なのです……」

「何事も、やってみなければ解らないと思います」

 あの国王にとって―――ラーメルという神官が、自ら命を捧げたというのは、全く救いにならないことだろう。こちらの偽装を疑うかも知れない。私は、ラドゥルガのことを公表しようと思っていた。スティラには内密に、準備を始めている。

 かつて、私達が、『聖遺物』を使い、その為に一つの村が消えた。このため、我々は、『聖遺物』を二度と使ってはならないと――そう公表する予定がある。その為には、『聖遺物』を完全に無効化する必要がある。

 それが―――テシィラ国の国王の為に、そして大神官として出来る精一杯のことだ。方法が、悪意をまき散らす『神』に交渉することしかないというのが、この無謀な計画が成功するかどうかを分けているだろうか。

「また、あんた、無謀なことを考えてるだろ」

 シンが私の顔をのぞき込んで、言う。

「別に……たいしたことは考えていませんよ。全魔力を掛けて、『神』に交渉するだけです。あとは、テシィラ国の国王には、心からの謝罪を考えています」

「敵陣中心に呼びつけておいて、心からの謝罪もないだろうよ……あんた、今度はあの男と差し違えるとか、そういうことは考えていないだろうな」

 シンが疑わしそうな顔をして私に問い詰める。そんなつもりは毛頭無いのだが……とスティラに助けを求めようとしたが、スティラも私をじっと睨み付けている。ここに私の味方はいないらしい。

「そんな、私は信用がないでしょうか……?」

「大神官様。あの男に平気で色仕掛けをしようとした過去をお忘れなく」

「この間は、呼び出されて、誰にも秘密で勝手に密会に行ったし。……浮気じゃないか。完全に」

「あの時は、あなたが、酷いことを言ったからですよ」

 それにあの時の私は、シンから拒否されたと思っていたので、あの時点で、私は失恋をしたと思っていた。それならば、あれは浮気だったのだろうか。結果としては、テシィラ国の国王は、私を通して、私ではない誰かを見ていたのが解ったので、それも微妙な話だ。

 ラーメル。という神官に、勿論、私は面識はない。けれど、ラーメルという人は、どれほど、私に似ていたのだろうか。もしも―――私が、ラーメルという神官に似ていなければ、もう少し、あの男の神殿に対する『復讐』は簡単に終わったのかも知れない。

「何を考えている? ルセルジュ」

 シンが、人前で私の名前を呼ぶのは珍しい。スティラも、おどろいている。

「特に、たいしたことは考えていませんよ。ラーメルという人は、どれほど私に似ていたのかとか、そういうことは気になりました」

「写真があったら、良かったのにな」

 スマホ、で見ることができる異世界の光景を想い出した。そして、ユリと一緒に幸せそうに笑う、シンの姿も。

「そうですね」

「けれど、どれほど、その神官に、大神官様が似ておいでだろうと、関係ありません。大神官様は、そのものではないのですから」

 スティラは、そう言うが、あの男は、私の姿形に引っかかっている。おそらく、本来の計画通りには進んでいないのだ。だから、私は、あの男の中に残った、恋心に賭けるしかない。まだ、あの男が神を信じていた頃。ラドゥルガで、幸せに暮らしていた頃のこと。その頃の暖かい恋心だけに。





 会談は、深夜、ということで指定されている。例によって、また『二人きり』ということだ。私は、あの国王から、どうにも信頼されていないと言うことだけは理解したが、それはお互い様なので、別に構わない。

 会談の交渉の間に、神殿領は、テシィラ国の軍勢に完全に囲まれていた。このあたりのことをとやかく言うつもりはなかったが、今回の素早い動きには、関心する。国王に何かあれば、すぐに火矢が射られる手はずになっているのだろう。神殿領が包囲される過程で、サジャル国が派遣している軍勢は、テシィラ国の軍勢によって、神殿領から殆ど退去させられたという。それは、門番のレダルが私に伝えてくれた。レダルは、サジャル国から来た兵だ。テシィラ国の軍勢に蹴散らされるところを、自分の信頼出来る人たちを連れて、神殿の最奥であるここまで駆けつけてくれたとのことだった。

 テシィラ国の国王は、今回こそ、神殿への『復讐』を遂げるつもりだろう。で、あれば、人の命を吸って、その分威力を増すという『聖遺物』の発動の為に、自軍の兵の命すら使うつもりなのかも知れない。

 だが、それは、私が、させない。



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