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 私はシンを連れて部屋へ戻った。レリュには、私の居館の客室に泊まって貰うことにした。テシィラ国の国王の宣戦布告は気になっていたので、あまり、時間はない。だが、今夜は、すこし、ゆっくり過ごそうと言うことになった。その間に、スティラは体勢を立て直すため、あちこちを奔走するのだろうと思うと、申し訳ない気持ちだったが、私は、シンと一緒に居たかった。

「……本当に、あんたは、やけになってとびだすのは止めてくれ」

「あなたが、私に愛を捧げないなんて、酷いことを仰るのですから、私がやけを起こして外にとびだすのは当たり前です」

 お互い、少々の、文句はあった。今だから、こうして軽口に出来るが、あの時は、本当に、生きているのが辛いほどだったのだ。

「それは……まあ、俺が悪かった。でも、あんたが、『愛の証』なんか持ってくるとは思わなかったから……」

「それは、予想外だったんですか?」

「勿論。あんなのは、上位の神官は作らないんだよ。スティラあたりも言わなかったか?」

「それでも……マーレヤがうらやましかったので」

 私が正直に言うと、シンが、微苦笑した。

「ユリに嫉妬したり、マーレヤがうらやましかったり……俺の言葉がショックで、浮気しようとしたり……本当に、予想外すぎて、あんたが読めない」

 ショック、と言う言葉の意味はよく解らなかったけれど、『浮気』は心外だった。

「私は、浮気などは……」

「だって、あの男に抱かれても良いと思って、行ったんだろ? それなら、もう、浮気だろって……」

「なにもしてません」

「……そういう問題じゃなくて、だな……」

 私とシンは顔を見合わせて笑ってしまった。

「自暴自棄にならないでくれよ」

「じゃあ、あなたが、私を自暴自棄にさせなければ良いんです。私が、我を忘れて、誰かに縋り付きたくなる時なんて、きっと、あなたがらみの時だけでしょうから。この先、ずっと」

「まあ……」

 シンは、小さく、頭を掻いた。私は、シンに腕を伸ばす、首に抱きついて、私から、唇を求めた。柔らかな、シンの唇。重ねるだけでは飽き足らなくて、下唇を、そっと唇で挟み込む。

「ルセルジュ」

 シンの眼差しが、熱っぽい。その視線を、私だけに向けていて欲しい。耳元に、シンが甘く、私に囁く。

「あんただけ、ずっと、愛しているから」

 その言葉も、その心も、私だけのもの。そう、して欲しい。私は、全身でシンを感じながら、小さく笑う。

「あなたは……私だけのものです」

「そうだな。俺は、その為に、ここに来たんだよ」

 私達は、そうして、寝台へ倒れ込んだ。

 口づけを何度も交わしながら、シンが私から着衣を奪っていく。焦れたような手つきだった。

「っ……ん……、あ、シン……」

「なに、ルセルジュ……」

 黒曜石の眼差しは、限りなく、甘い。私は、シンに手を伸ばしながらそっと囁く。

「あなたは、私をちゃんと捕まえていなければダメなんですから」

 シンは、小さく吹き出す。

「本当に。アンタは、まったく、予想外のことばかりするから……目が離せないんだよ」

 そんなに、私は危なっかしいだろうか。首を捻ったが、すぐに思考は分断された。

 シンが、私の中心に、手を伸ばしてきたからだ。

「っ……っ!!」

 いきなり過ぎて、戸惑う。

「あのさ」

 シンが私の耳元に囁く。吐息が掛かって、目眩がした。心臓が、うるさい。直接な刺激を受けて、すぐに息が上がる。

「……ここ。あいつに触れさせてないよな?」

「っ! そんなこと……」

「……あんたって……なんか、浮気っていうか、心変わりはしないだろうけど、そういうこと、しそうで怖いんだよ」

「信用、な……いんですね?」

 ゆるく、あさく。シンの手が私を翻弄する。腰が勝手に動く。彼の手から、もっと、快を得るために。

「ああ……っ」

 いっそう強く握られて、息が詰まる。

「……ルセルジュ」

 念を押すように、シンが耳元に厳しく問う。

「なんですか……?」

「だから、浮気は……してないだろ?」

「……してませんよ」

 嫉妬してくれるのは良いけれど、疑われるのは、あまり気分が良くない。

「なら、良いんだけどさ……」

「……私は、あなた以外に……触れて欲しいとは思いませんよ……?」

 その答えに、シンは満足したようだった。

 にんまりと笑って、私に口づけをしながら、より、忙しなく手を動かしていく。あっという間に、追い詰められて、呼吸ができなくて苦しい。頭の芯が、ぼうっとしてくる。私も、シンに触れたくて、手を伸ばす。彼も、熱く高ぶっていた。十分な硬度を持って張り詰めて、屹立するそれを手で弄びながら、私は、シンが、私に反応して呉れることが……欲望を向けてくれることが、嬉しくてたまらなかった。私の手の中で、熱く、脈打っているそれを、そっと、撫でると、シンが、小さく反応した。

「っ……」

 仕返しではないだろうけど、シンの手が、より、確信めいて、動く。

「あっ、あ……っ、……っ……っ」

 シンは、馴れているのか、私をあっという間に追い詰める。けれど、絶頂に達する寸前で、動きを止めてしまうのが、もどかしい。恨めしげにシンを見るが、余裕の笑みを浮かべているだけで、少し悔しい。

「どうして……、途中で、止めるんです……」

「もっと……して欲しい?」

 全身が、かっと熱くなる。これを、言わせたいのか……とは理解したけれど、口に出して、自分からねだるのは、まだ恥ずかしい。

「……ルセルジュ」

 言って、とシンが甘く促す。

「……言わなくても、わか……っ」

 先端を、弄られて背中が跳ね上がる。身体中が、過敏になっている。シンの髪が私の肌に触れる。そのささやかな感触に、目眩がした。

「あ……っ」

「……ルセルジュ」

 もう一度、促される。

「……どうして……?」

「ん……ただ、聞きたいだけ」

 シンの楽しそうな声が、耳元に聞こえる。からかっている……だけではないと思う。私は、早く解放して欲しいし、もっと……シンの熱を、感じたい。だから、不満なのに。

「……イジワル、なんですね」

「ルセルジュ」

 先ほどと、声色が異なっていた。なんだろうと思って、視線をやると、シンが真剣な眼差しで、私を見ている。

「……あんたが、欲しいんだよ」

 少し掠れた、欲情を滲ませた声を、耳元に直接流し込まれる。

 壊れてしまいそうなほど、鼓動が早い。いっそ、苦しいほどだった。

「……私も……、欲しいです」

 小さな声だったが、シンは、ちゃんと聞いてくれたようで、私に、ゆっくりと口づけをしてきた。

 重ねるだけのものではない、生々しい口づけの合間に、シンが私の舌を吸う。つま先から、頭の天辺まで、震えのような快楽が走りぬける。

「あ………っ」

「……こうしてさ」と言いながら、シンは、私の欲望を責め立てる。的確に、私が感じるところばかりを。経験の差、というのが単純に悔しいが、頭がぼうっとしてきて、視界が明滅する。

「……あんたを、抱けることが……奇跡なんだ」

 そんなに、たいそれたことなのだろうかとは思う……が、私と、シンと。全く違う世界で生きてきて、こうして交わるのだから、やはり、奇跡なのだろう。

「あんたには解らないと思うけど、俺は、あんたを、もう一回手に入れるために、ここまで来たんだよ」

 だから、欲望は際限がないのだと、シンが小さく笑う。

 私は、一度、達してしまって、前後不覚になっていた。

 ただ、私が達しても、シンの手は止まらない。

「……っや……ちょっ……シ……」

 過敏になりすぎて、身体がけいれんのように震える。

「……大丈夫……」

 シンが、そういうなら、大丈夫なのだろう。立て続けに、もう一度絶頂を迎えて、私は、気が遠くなる。

 いつの間にか、私達は丸裸で、シンに足を抱え上げられたとき、ものすごい羞恥に暴れたが、寝台に縫い止められた。

「……恥ずかしい……」

 奥まった所は、彼の目の前に晒されている。

 前に交わったときにも、そうされただろう。けれど、やはり、まだ、馴れることはない。

 シンは、何も言わず、奥の入り口に口づけをした。

「っ……!!!」

 身体が跳ねて、そこが収縮する。感じて、しまったのをシンには気づかれている。恥ずかしくて、顔を腕で覆い隠すと「顔が見たいのに」と、シンが苦情を言う。

「……っ」

 体中を暴かれて、こういう……浅ましい顔まで見られたら、気が、おかしくなりそうだった。

「ねぇ……俺はさ。あんたが、俺で気持ち良くなってるところが見たいんだけど?」

 返答が出来ない。

 シンにも答えを聞くつもりはなかったのか、舌先で、そこを愛撫する。

 がくがくと身体が揺れる。身体が熱くて、汗だくなのは理解していた。

 汗……や体液や、唾液や……、そういうみので、ぐちゃぐちゃに、汚れているはずだった。

 恥ずかしさと……けれど、これを、全部、晒していることに、得も言われない、背徳じみた快感があった。

 シンの身体も、汗ばんでいた。

 彼の、肌の、匂い。体温を。身体中で感じたくて、手を伸ばす。

「……まだ……、ここ、ほぐれてないよ」

「我慢、出来ません」

 シンは少し天井を仰いで、「怪我するから」と言って、指をそこに這わせた。私は、今、彼の熱をそこに受けることを期待している。そう、はっきりと自覚した。ゆっくりと、シンの指が沈んでいく。待ちわびていた感触に、私は、大きく吐息した。ゆっくりと押し広げるように円を描きながら動く。らせん、を想像した。そうしながら、深く、深く指が沈んでいく。

「あ……っ……っあ……っ」

 自然に声が漏れる。

「……だから、もうょっと……我慢して」

 シンが、囁く。早く、繋がりたい。もどかしさを味わいながら、私は大きくあえぐ。

 早く満たして欲しい気持ちばかりが先行して、もどかしい。シンの熱でしか収まらない何かがあることを、私は知っている。

「……はや……、欲し……」

 シンは「もう少しだから」と言いながら、ゆっくりとそこを暴いていく。私が、よく反応するところを重点的に責め立てるものだから、あっという間に、再び達して、もう体力が尽きそうだった。

 なのに、まだ、シンは一度も満足していないのではないか……。ただ、与えられているだけでは、不公平な気がしたけれど、彼に満足させる術を、私は、よく解らない。

 こういうことに疎かったのは、私自身のせいだが、その為に、恋人を満足させられないのが、不満だし、不安だった。

「どうした?」

「えっ……っ」

 不満の表情は出ていたらしい。

「……私ばかり……満足して……」

 申し訳ないと小さく呟くと、シンは、ははっと笑った、からっとした笑い方だった。けれど、次の瞬間、腰が甘く震えるような、凄艶な目線で見られてから、足に、欲望が押しつけられた。

「……ちゃんと、満足させてもらうから、大丈夫だよ」

 耳元に囁かれて、ゾクゾクする。

「……あんたが、止めてって言っても……今日は、止めないよ」

 期待と――不安に胸が震える。

「……っ……っ!」

「……覚悟してね」

 シンの魅惑的な微笑を見ながら、顔が、今まで以上に熱くなっていくのを感じていた。おそらく、この間は、私が初心者と言うこともあって、だいぶ、シンは手加減をしたはずだった。それが、手加減はしないと宣言したのだ。私は、少しだけ怖いと思いつつ、期待している自分に気がつく。はしたなく、奥が収縮したのはシンにも解っただろう。

 小さく笑ったシンは、指を引き抜くと、自身の欲望を私の最奥にあてがう。

 ゆっくりと、彼の熱が、身体の中へ入ってくる。内壁を押し広げるように、ゆっくりと、ゆっくりと。指が、震えた。

「………っ、っ……っあっ……っっ……っ!」

 シンの指が、私の指に絡まる。熱くて大きな手だった。

「……さすがに、……まだ、キツいな」

 シンの声が、少し、苦しそうだった。感じ過ぎて、勝手に、締め付けているせいで、余計に、シンが動けないのは解っているのに、どうして良いか解らない。ただ、彼の熱で、私の奥は、どんどん、蕩けていくようだった。

「あ……っ……」

 ほんの少し動かれただけで、身体が跳ね上がるほど、感じて切ない。

「……すこし、動くよ」

 甘い宣言のあと、シンが小刻みに腰を進ませる。

「っ……ひっ……あ、あっ……っやっ……っ」

「あ……ルセルジュ……」

 耳元で、甘く名前を囁かれる。それが、凄く嬉しくて、視界が少し滲んでぼやけた。

 私も、彼の名前を呼ぼうとしたのに、口づけで吸い取られる。

 息も絶え絶えになりながら、必死に口づけに付いていく。その間に、脚を開かされ、奥へ奥へと、シンが入ってくる。

「……も……だ……」

「まだだよ……ルセルジュ……」

 シンの手に、腰を捕らえられた。本能的に逃げ腰になったからだ。

「……逃がさないよ。……あんたを……絶対に」

 奥まで一気に貫かれて、一瞬、意識が飛んだ。

「あ――――っ……っ!」

 背中が弓なりに反り返る。シンが、私の胸に口づけを落としながら、甘く甘く何かを囁いたのに、私は朦朧としていて、その言葉を聞き取ることが出来なかった。







 朝が来る前の、冷えた空気の中。私は、シンの裸の胸に頬を寄せる。シンが、私の頭を抱いて、髪を優しく梳いた。

「……それで? 無茶ばかりやる、俺の恋人殿は、一体、何を考えているんだ? 本当に、全魔力と引き換えに……聖遺物を使えなくするのか?」

 シンが、いくらか固い声で言う。

 夢のような時間を―――私達は過ごしていた。寝台の中で、戯れていたあの時間は、今は一度終わりになって、現実の時間になった。

「勿論、聖遺物がなければ良いと思っていますよ」

「でも、俺は、あんたに……危険な目にあって欲しくはない」

「……でもね、シン。私は、大神官なんです。この役目は、放り出せない……ですから、神に呼びかけます。テシィラ国の国王の話を想い出したんです。聖遺物の使い方を知るために、神職を供物に捧げなければ成らなかったと。そして、テシィラ国の国王の恋人は、惨殺されたのです。当時の、大神官の手に依って」

 そして。その惨殺された恋人に、私は似ているらしい。

 テシィラ国の国王にとってみれば、悪夢のような光景だろう。かつての愛した人と同じ姿をした私が、憎むべき『大神官』として、目の前に現れたのだ。だから、あの王は、揺れていた。もし、私は、この姿でなければ―――あの王は、もっと早い段階で、異世界の民の力を借りて、神殿を滅ぼしていただろう。

「……運命を司っているのが、我々の信仰する神なのです。我らの神は、かなり、悪趣味で、性格が悪いようです」

「大神官様が、そんなことを行って良いのか?」

「……あなたの国では、『神は死んだ』のでしょう?」

「いや、死んだわけじゃないよ。前も言ったと思うけど……。みんな、それぞれ、薄い信仰みたいなのは持っている。敬虔な信者というのもいると思う。生活に、神様の教えが根付いているような国もある。でも、こんなに酷い悪意を持った神というのは居ないと思うんだ」

 悪意。一番、しっくりくる言葉だった。

 神は―――おそらく、我々が、右往左往するのを楽しんで見ておられる。そして、ご自身の胸元三寸、すべてが決まることを残酷な愉悦を持って、愉しんでおられるが……私には、それは、むなしいことだと感じる。愛する人、愛すべき人たちと過ごすこともなく、この世のすべてを司るうちに、寂しさで我を忘れておいでなのだろう。 

 恋人たちを引き裂いても、産まれるのは悲劇ばかりで、信仰を取り戻したりはしないのに。おそらく、神も、寂しいのだろう。私は、そう、思う。けれど、その為に、嫌がらせのような悪意の為に、私は、これ以上、人々を巻き込みたくはなかった。

「……神の悪意を……どうにか出来ますかね」

「解らないけど……」

「まあ、ともかく、聖遺物をなんとかしましょう。世界の均衡を脅かすほどの兵器があるというのは、良くないことです」

「そうだな。あと、ルセルジュ。お前、一人で突っ走るなよ? 俺は、もう魔力はないが、それでも、あんたの力になることは出来る」

 シンが私の身体をぎゅっと、きつく抱いた。痛いほど抱きしめられて、私は、満足した。



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