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しおりを挟む『クロノ。元に居たそなたの故郷へ、そなたを帰そう』
息が、詰まった。
元の世界。
そこへ、帰る『方法』がある。
これだったのだ……。シンが、私に、翻訳を見せたがらなかった理由は、これなのだ。指が、震えた。息が、出来ない。目を閉じて、少し、気分を落ち着ける。元の世界へ戻る方法を――なぜ、シンは、隠したのだろう。そんなことは、『元の世界に帰る方法もあったみたいだよ』と一言、――それで、良かったのではないか。
なぜ、わざわざ、隠したのだろう。
方法を……。方法を、知りたい。知らなければ。なんとか、息が、出来るようになってきて、私は、それでも、呼吸困難になりながらも、それでも、頁を繰った。指が震えて、どうしようもなかった。全身、震えている。シンは、一体、何を、隠しているのだろう。こんな、大きな秘密を、私に、語らない、理由は、何なんだろう。私の気持ちを、受け入れてくれたのは、嘘だったのか。それとも、たんに、単純に、熱だけが欲しかったのか。私は、本当に、なにも、解らなかった。
手記の続きを読むのが、怖かった。
シンに問いただすのも怖かった。
スティラに相談も出来なかった。けれど、誰でも良いから、縋り付きたかった。私は、自分がこんなにも弱い人間だと言うことを、知らなかったし知りたくもなかった。どうして良いか解らないまま、けれど、眠ることも出来ず、ただ、混乱していると、コツン、と窓を叩く音がした。
びくっと、笑えるくらい大げさに肩が揺れる。おずおずと振り返ったとき、窓の所に居たのは、銀色の鳩だった。
「……お前は……」
テシィラ国の国王が寄越した使いだ。ラドゥルガにいる、と言った。二日後、ラドゥルガで待つと。私一人で来いと。そう、書いてあった。また、同じ通信がくくりつけられているのだろうか。私は、窓を開けて鳩を招き入れる。通信管から、通信文を取り出して目を通す。私を待つ、と書いてあった。私は、その文に誘われるように、部屋を抜け出した。クロノの手記と、あの男からの通信文そして、マーレヤから預かっていた『愛の証』だけは、持ち出した。夜着のままで、薄寒かったが、そのまま構わずに大聖堂へ向かう。大聖堂の地下には、長距離転移装置があるはずだった。それを使えば、ラドゥルガまでは一瞬でたどり着くだろう。約束の日取りまで、もう一日あったが、私は、一瞬でも早く、神殿を離れたかった。
「大神官様、こんなお時間に……如何なさいましたか」
大聖堂の衛兵たちが、私に問う。無理もない。
「転移装置を使います。副神官長にも、誰にも内密にしなさい。……もし、私が、五日戻らなければ、副神官長に言うことを許します」
「大神官様っ?」
「……緊急事態です。あれに、説明している時間はありません。早く……私を案内しなさい」
なんの。緊急事態なのか。私自身の―――混乱の為に、私は、半ば、ここを捨てようとしているのではないか。あの男の誘いに乗ろうとしていることは、多分、愚策だ。けれど、今は、一人で、居ることが辛かった。シン以外に頼ることが出来る、誰かを作らなかったことが、悪かったのかも知れない。
「大神官様……それではなにか、一筆、お願い出来ますか?」
「一筆……?」
「……副神官長様が、私どもの言葉を信じてくださらないかも知れませんので……」
スティラに限って、それは無いだろうとも思ったが、仕方がない。
私は、五日後になれば封印が溶けるように魔法を施した上で、文を書いた。
『ラドゥルガに行きます。テシィラ国の国王に呼び出されました。今回の件は、あの男から真実を聞き出さなければ、なにも終わらないと考えたからです。私が帰らなければ、私のことは諦めて、新しい大神官を立てるように』
我ながら、やけを起こした文だとは思ったが、神殿の邪魔になるならば、私は、消えた方が良いと思ったのだ。衛兵たちは、私の文を見ることは出来ない。平静を装って、転移装置を使った。移動したい場所を思い浮かべて、装置に、魔力を流し込む。そうすると、特殊な魔石が、世界中のどこへでも私を移動させてくれるのだった。これも、『聖遺物』とよばれる、神の遺産だった。
虹色の風が、足下から巻き起こる。私は、それに身を任せれば良かった。目を閉じて、魔力を合わせる。魔力は、波だ。高く、低く、寄せて、引く、美しい波。そこに、私の魔力を合わせる。そして、気がつくと、私は、光の中に居た。光の中を泳いでいるのは、ほんの一瞬のようでも合ったし、永遠のように長い時間でもあった。ものすごく引き延ばされた一瞬―――の中を通過したような心地だった。
そして、私は気がつくと、薄ぐらい森の中に居た。
ここが、ラドゥルガなのだろう。鬱蒼とした森。土の香り。湿った空気。遠くから聞こえてくる獣の声、風が渡るたびに聞こえる、サヤサヤという葉音。そして、おそらく、これがシンが、私達の世界へ来て、最初に見た景色なのだろう。あの、高い建物に囲まれた世界から来たら、ここは、木々に囲まれた場所だ。あまりにも違う環境に戸惑っただろう。胸が、痛い。目の奥が熱くなって、気がついたら涙が出ていた。
勢い余ってきてしまったが、あの男は、明日の夜に会談を指定していたのだった。今日、来てしまっても、誰も居ないだろう。こんな森の中で、一人で、居なければならないということだ。月の明かりがかすかにあるくらいで、あたりは、暗闇だ。獣の気配はする。一人で、夜を過ごすことは得策ではないかも知れない。本当に、混乱して居て、冷静になることが出来なかったのだと、私は、やっと理解した。
「……まずは、マーレヤの『愛の証』だけはこの地に埋めて……、あとは、結界でも張ってしのげば良いでしょう……」
歩き回るのも、得策ではない。とはおもいつつ、かつて村があった場所の痕跡は、何か無いだろうかと私は思う。灯りを使えば、獣たちも寄ってこない可能性が高い。私は、灯りをともした。あたりは、森だった。人が住んでいた場所だというのに、三十年もすると、こうして、森に飲み込まれてしまうのだろうか。ここに、人が居住する村があった、とは思えなかった。しばらく、歩いていると、小さな灯りが遠くで揺らめいたのが解った。もしや、だれか、ここに生き残りでも居るのだろうか、と思って近付く。すると、多少、家の土台か何かがあったのか、石が組まれた場所が残っているのが解った。
そして、その近くに、灯りはあった。広い天幕を張っている。
「あっ……」
そこに、誰がいるのか……。私は、一瞬で理解した。テシィラ国の国王が、居るはずだった。どうしようか。気づかれる前に、逃げてしまおうか。テシィラ国の国王は、魔石を使った結界を張り巡らせている。この中へ一歩踏み入れば、彼は気づくだろう。獣や、並の魔力のものではここへ立ち入ることは出来ないだろうが……私には出来る。
私は、ためらった。
どうすればいいのか解らなかったけれど……一人で居たくなかった。私は、一歩、結界の中へ脚を踏み入れる。結界が、真っ赤な魔力を帯びて私の行く手を阻む。けれど、私にはこの程度の結界ならば、障害にはならない。片手を上げて、結界の中へはいる。そして、私は天幕の中に居る人に呼びかけた。
「……国王陛下。おいででしょう?」
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