異世界から来た君の手をどうしても離せない【18禁版】

七瀬京

文字の大きさ
上 下
44 / 61

44

しおりを挟む
 執務の隙間に、スティラを伴って祭壇へ来た。ここで護符を作るのだ。祭壇は、神殿の祈祷場の一角にある。個人的な祈りを捧げてもいいし、使い方に決まりはないが、残留している魔力から察するに、おそらく、かなりのものが護符を作っているのだろう。

「通常、大神官様のような、高位の神官が、護符を作ることはありません。我々高位の神官であれば、魔法を使えば様々なことが出来ますからね」

 執務の都合で、私は殆ど屋内に居るから普段は使うことはないが、火や水、風や氷などを扱う魔法を使うことが出来る。スティラの場合は、その怜悧な姿に相応しく、氷の魔法を扱うことに長けていた。

「けれど、シンは魔法を使うことも出来ませんから……」

「そうですね。不思議なことです。魔法……魔力というのは、どんな者でも持っているのですが、なぜ、シン様だけが魔力を持っていないのか……シン様と一緒に、この世界に来た異世界の民たちも、皆、魔法を使うことは出来たそうですよ。むしろ……強大な魔力を持っていたと言うことです。伝承の、六百年前の異世界の民も、魔法は使いこなしていたと思います」

 異世界に、魔法はなかった。けれど、あの世界には、機械があった。だから、シンが、この世界で魔法を使うことが出来ないのは、当然のことなのではないかと……、私は、単純にそう思い込んでいた。そこに、何かの、理由があるのか。それは、神の思し召しなのか、私には解らないが……。

「大神官様がお作りになれば、世界でも最強の護符になりましょうから……。きっと、シン様をお守り下さると思います。他ならぬ、思い合う二人が作ればなおのことです」

「けれど……シンには、護符を作ることは出来ないでしょう? 彼は、魔力がありませんし……」

 以前に聞いた『ゼロ』の話を思い出す。ゼロに何を掛けてもゼロという概念だ。それは、ゼロから何かを引いたり割ったりすることは出来ないということにもなるのではないか。そもそも、数式が成り立たないだろう。

「シン様なら、きっと、あの、思いの強さだけで大神官様に匹敵する護符を作ることが出来るでしょう」

 スティラが胸を張って断言するのが、おかしくて、私は混乱した事態の最中だというのに、つい、笑ってしまうと、

「大神官様」

 小さくスティラがたしなめた。私は、気を引き締めて、魔力を集中させる。シンを、ありとあらゆる厄災から守って欲しい。それならば、私は、私の魔力を根こそぎ奪ってもらっても構わなかった。

 私の魔力は薄い紫色をしている。ふいに、菫色をしていた、マーレヤの眼差しを思い出すが、それは、振り切らなければならない。マーレヤの瞳の代わりに、私は、シンの眼差しを思い浮かべた。黒曜石のような美しい黒漆。あの眼差しを、私はずっとこの一身に浴びていたい。私だけを、見つめてほしい。そして、私はずっと、シンの傍にいたい。彼の体温を、呼気を感じていたい。胸に暖かい気持ちが、じんわりと広がっていく。

「……美しい、魔力です……、こんなに美しい色彩は、今まで見たことがありません……光の角度によって、色合いを変える、紫色の、宝石のようです」

「誉めすぎですよ」

 そう言いながら、私は、魔力を形にしていく。護符。私の彩を移した、紫色の石になれば良い。それを見れば、シンは私を思い出してくれるだろうか。やがて、魔力が収束していく。そして、それは半球状の、指でつまみあげられる程度の大きさの宝玉になった。光の加減で、様々な色にも見える。紫色はともかく、菫色だったり、濃い青だったり、或いは、金色のように見えるときもあった。

「これは……なんと美しい護符でしょう……シン様がご不要だというのなら、神殿の宝として飾って置きたいほどです」

「また、あなたは、大袈裟ですよ」

 私は手の中におさまった護符を見やりながら、シンを思い浮かべる。シンは、喜んでくれるだろうか。魔力の無いシンから、同じように護符を受け取ることは出来ないだろうが、もし、シンが護符を作ることが出来るのだとしたら、私に、それを捧げてくれるだろうか。胸が、騒ぐ。不安感よりも、楽しみな気分になっていた。きっと、喜んでくれる、という確信があるからだ。これは指輪の形にして渡そうかと思っていたが、少し大きいものになってしまったかもしれない。シンに、どうしたいか選んでもらうことにしよう。

 私は、多分、ユリがうらやましかった。求婚の証を、シンは買い求めたと言う。それを、この世界で売り払ってしまったと言うが。たとえユリに渡らなかったものだとしても、私は、それをユリの為に用意したという事実に、嫉妬をした。そういう、心の狭いものなのだ。私は。

「……さて、そろそろ、式典の準備に掛かりましょうか」

 私は護符を胸元にしまい込んで、スティラを促して、歩き出した。式典の準備の為に、各国から調整役を招いている。各国の王族を招いているので、席次などで調整が必要なためだ。気の長く、憂鬱な会議になりそうだったが、それも、根気強く進めることが出来ることだろう。

 神殿の中でも一番大きな応接室に設えられた、会議用の円卓に付いているのは、神殿を取り囲む五カ国の外交官だ。

「……式典の内容については、拝見致しましたが」

 渋い声を出したのはテシィラ国の外交官だった。

「なにか?」

「これは、わが国が発案したものでございましょう。それを、神殿が横どりされるおつもりですか?」

 いきなり、話の中核に切り込んでくる外交官だ。普通ならば、もっと、遠回りに攻めていくことだろう。せっかちなことだ。

「横取りとは?」

 私は、小首をかしげて空とぼけてみせる。周りの外交官たちが、息を飲むのが解った。こういうとき、人目を奪う程度の美しさを持っていることは武器になる。それを、時々、私は自覚する。

「で、すから……」

「我々が内々に保護している異世界の民のことを、なぜ貴国がご存じなのです。異世界の民は、何者かに連れ去られた経緯があり、我々は、暫時、身の安全の為に存在を隠していたのです。そして、残る三人についても保護を試みようとしましたが、失敗していたところです。ところで、異世界の民は、貴国におられましたが、いかなる経緯で、貴国で過ごすことになったのでしょうか」

 ことさら冷たく詰問すると、テシィラの外交官が、ぐっ、と呻いて押し黙った。そこにすかさずスティラが言う。

「古来、霊峰に変事がありし折、神殿が異世界の民を招くのは、周知の事実のはず。神殿は、貴国に再三、かの方々のお身柄を引き渡して頂くように交渉したはずですが、それをわたくしし、あまつさえ不幸に追いやったのですから、貴国が、かの方々に対して、なんの弔いの言葉がありましょう」

 神殿が、テシィラと対立を明示した構図、と他国は受け取ったようだった。一瞬、他国の外交官たちが目くばせをしあったように思える。今回の会談までに、各自で調整はしているのだろう。

「神殿に、彼らを引き渡さなかったのは、なぜなのですかな」

「詳しい死因についても、言及はないようですが」

「貴国のお考えを是非、お聞かせ願いたいものですな」

 各国が口々に、攻撃に転じてくれたのには、内心、私は助かったと安堵した。おそらく、スティラも同じ気持ちだろう。

 テシィラの外交官が、言葉に詰まった。にわかに、顔色が悪くなる。

「それは……」

 口ごもった瞬間、私は、今回の件について、こちらの有利を確信した。あの王の思惑は気になるところだったが、いまは、目の前の会議に集中すべきだった。






しおりを挟む
感想 5

あなたにおすすめの小説

美形×平凡の子供の話

めちゅう
BL
 美形公爵アーノルドとその妻で平凡顔のエーリンの間に生まれた双子はエリック、エラと名付けられた。エリックはアーノルドに似た美形、エラはエーリンに似た平凡顔。平凡なエラに幸せはあるのか? ────────────────── お読みくださりありがとうございます。 お楽しみいただけましたら幸いです。

うるせぇ!僕はスライム牧場を作るんで邪魔すんな!!

かかし
BL
強い召喚士であることが求められる国、ディスコミニア。 その国のとある侯爵の次男として生まれたミルコは他に類を見ない優れた素質は持っていたものの、どうしようもない事情により落ちこぼれや恥だと思われる存在に。 両親や兄弟の愛情を三歳の頃に失い、やがて十歳になって三ヶ月経ったある日。 自分の誕生日はスルーして兄弟の誕生を幸せそうに祝う姿に、心の中にあった僅かな期待がぽっきりと折れてしまう。 自分の価値を再認識したミルコは、悲しい決意を胸に抱く。 相棒のスライムと共に、名も存在も家族も捨てて生きていこうと… のんびり新連載。 気まぐれ更新です。 BがLするまでかなり時間が掛かる予定ですので注意! 人外CPにはなりません ストックなくなるまでは07:10に公開 3/10 コピペミスで1話飛ばしていたことが判明しました!申し訳ございません!!

【完結】冷血孤高と噂に聞く竜人は、俺の前じゃどうも言動が伴わない様子。

N2O
BL
愛想皆無の竜人 × 竜の言葉がわかる人間 ファンタジーしてます。 攻めが出てくるのは中盤から。 結局執着を抑えられなくなっちゃう竜人の話です。 表紙絵 ⇨ろくずやこ 様 X(@Us4kBPHU0m63101) 挿絵『0 琥』 ⇨からさね 様 X (@karasane03) 挿絵『34 森』 ⇨くすなし 様 X(@cuth_masi) ◎独自設定、ご都合主義、素人作品です。

【完結】ぎゅって抱っこして

かずえ
BL
幼児教育学科の短大に通う村瀬一太。訳あって普通の高校に通えなかったため、働いて貯めたお金で二年間だけでもと大学に入学してみたが、学費と生活費を稼ぎつつ学校に通うのは、考えていたよりも厳しい……。 でも、頼れる者は誰もいない。 自分で頑張らなきゃ。 本気なら何でもできるはず。 でも、ある日、金持ちの坊っちゃんと心の中で呼んでいた松島晃に苦手なピアノの課題で助けてもらってから、どうにも自分の心がコントロールできなくなって……。

朝起きたら幼なじみと番になってた。

オクラ粥
BL
寝ぼけてるのかと思った。目が覚めて起き上がると全身が痛い。 隣には昨晩一緒に飲みにいった幼なじみがすやすや寝ていた 思いつきの書き殴り オメガバースの設定をお借りしてます

職業寵妃の薬膳茶

なか
BL
大国のむちゃぶりは小国には断れない。 俺は帝国に求められ、人質として輿入れすることになる。

白金の花嫁は将軍の希望の花

葉咲透織
BL
義妹の身代わりでボルカノ王国に嫁ぐことになったレイナール。女好きのボルカノ王は、男である彼を受け入れず、そのまま若き将軍・ジョシュアに下げ渡す。彼の屋敷で過ごすうちに、ジョシュアに惹かれていくレイナールには、ある秘密があった。 ※個人ブログにも投稿済みです。

Switch!〜僕とイケメンな地獄の裁判官様の溺愛異世界冒険記〜

天咲 琴葉
BL
幼い頃から精霊や神々の姿が見えていた悠理。 彼は美しい神社で、家族や仲間達に愛され、幸せに暮らしていた。 しかし、ある日、『燃える様な真紅の瞳』をした男と出逢ったことで、彼の運命は大きく変化していく。 幾重にも襲い掛かる運命の荒波の果て、悠理は一度解けてしまった絆を結び直せるのか――。 運命に翻弄されても尚、出逢い続ける――宿命と絆の和風ファンタジー。

処理中です...