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しおりを挟む「大神官様、まあ……こんなにお濡れになって……。今すぐ湯を用意致します。それにお召し物を……」
慌てふためいて支度をする神職たちを、私は軽く手を上げて制した。
「この程度ならば構いませんよ。ただ、私の居館のほうへ使いをやって下さい。雨脚が弱まったらで構いません。本日は、ここで過ごします」
「それではお食事などは……」
今の時間から、支度をするのは、難しいだろうし、私は、一瞬でも早く、シンと二人になりたかった。
「可能であれば、明日の朝に用意して頂ければ」
「今夜は……」
「……一食に恵まれていることを感謝する時間になります。問題ありません。それは満ち足りた時間でしょう」
それでも『なにか』と申し出る神職たちに「少し疲れたので休みたいのです」と言って、ついでに人払いも願う。
案内役の神職に先導されて客室へ向かう間、私とシンは言葉もなかったけれど、ときおり、隣を歩くシンの指先が、私の指先に触れて、戯れるようにくすぐっていく。
廊下が、やけに長い。
余裕なシンに比べれば、私は、こういう色事に、全く不慣れだった。自分の容姿が、人目を引くものであるのと、それを『利用』する手段があると言うことを、体感的に知っているだけで……実際、誰かに深く触れたことも、交わったこともない。
それどころか。誰かを欲しいと思ったことも。誰かと触れあいたいと思ったことも、一度もなかった。
私は、完璧な大神官、だと言われる。職務上はそうなのだろうが、酷く、人としては、未熟なのだろう。
客室の扉を、緊張しながら押し開く。
「それでは、失礼いたします」
案内の神職が立ち去り、私は、すぐに扉を閉めて、そのまま、シンの首に腕を回した。口づけを求める。身体が、熱くてたまらなかった。唇の柔らかさを堪能していると、何度も何度も、角度を変えながら、口づけが繰り返される。そのうちに、口腔に、シンの舌先が忍びこんできた。私の舌と、シンの舌先が触れあった瞬間、腰に、甘い痺れが走った。全身から、力が、一瞬、かくん、と抜ける。
「あっ……」
目の前が、薄紗が掛かったようにぼんやりしている。私は、シンの顔を見た。シンは、私を見つめていた。少し困ったような、穏やかな顔をしていた。その眼差しは、今まで見た、どんなときよりも、優しくて、甘い。
「……こんなに、されたら……、自制が効かないよ」
シンが、小さく文句を言う。
「……私の、大胆な誘い、に乗ったのでは?」
誘い。
私に、そんなことが出来るのだろうか。シンを、誘惑出来る? 経験が豊富なはずのシンを、私が誘惑することが可能だろうか。けれど、私は、そうしたかった。
彼の肩口に、頭をすり寄せる。シンの、肌の匂いを感じた。シンの肌も、熱い。そして、胸の鼓動は、早かった。私のと、シンのと。早さが異なる二つの心音が、混じり合ってひっきりなしに聞こえる。
手を、シンの胸に這わせた。服の上から。
「……初めてなんです」
「えっ?」
「こんな風に、触れたいと思ったのも……同じように……触れて欲しいと思っているのも……」
シンの手を取って、私の胸に触れさせる。恥ずかしくて、頭がおかしくなりそうなのに、それより、彼に触れて貰いたくて、溜まらなかった。
「ルセルジュ……」
「……その……あの、出来れば……、あなたを……、受け入れたい……」
全身で、シンを、全部、まるごと、受け入れたいと。私は、そう思う。本当は、シンの心の過去も未来も、全部、私が欲しい。途方もない独占欲だ。浅ましさに、恥ずかしくなるが、私の真実だった。
「ああ……、俺も……、抱く方が良いかな……」
シンの言葉が、嬉しかった。
私達は、そのまま寝台へ向かって、ゆっくりと歩く。気恥ずかしさと、ぎこちなさの間で、逃げ出したくなりながら、それでも―――それ以上に、シンを、私だけのものにしたかった。
独占欲。
と言う言葉を、私は生まれて初めて痛感していた。
寝台の傍らに立ったとき、シンが、フッと笑った気がして振り返る。
「シン?」
「……本当に、あんたには、敵わないなあ」
「えっ?」
シンは、そのまま寝台に上がって大きく手を広げる。おいで、ということだ。私は、ためらわなかった。彼の胸の中に飛び込んでいけば良かった。
「シン……」
ぎゅっと抱きつく。暖かで、そして、確かな感触。私は、それを全身で感じていた。
シンが、私の身体を抱き寄せて、耳元に何か囁く。それは、私には解らない、異世界の響きだった。
「……なんと言ったのです? ……私が解らない言葉は……、不安になります」
正直に言うと、シンは微苦笑した。
「そうだな……。『何度生まれ変わったとしても、俺は必ずあんたを見つけて幸せになる』っていうところかな」
熱烈な愛の言葉に、身体が一気に熱くなる。
「あ、あなたは……」
「ん?」
「どうして、そんな……」
「あんたは、お伽噺って思うかも知れないけど、俺は本気だよ。何度生まれ変わっても、そのたびに、どんなことをしてでもあんたに会いに来る。そして、あんたを手に入れる」
シンは、それを当然のことのように言う。私が、彼の言葉に応えられずに居ると、不意に体勢が入れ替わって、私は、背中に寝台の柔らかな感触を感じていた。
「……嫌なら、言って」
私を見下ろしながら、シンは言う。
「……私が誘ったのに?」
「怖じ気づくかと」
シンの言葉を聞いて、私は笑ってしまった。
「……勿論、怖くないと言えば嘘になります。けど、私は、あなたが欲しいんです」
交わること―――が、そのまま、愛情に繋がるのか、それは私にも解らない。
ただ、私は何もかもさらけ出して、彼を受け入れたかった。
シンが、私に欲望を向けてくれたとしたら。
どんなに嬉しいだろう。
「……ルセルジュ」
「……あなたは、がっかりするかも知れませんが……、私は―――生身の私は、あなたが欲しいんです」
それは、もしかしたら、好奇心かも知れないけれど。
だとしても、相手は、シン以外には、居なかった。
私を、欲しがって欲しい。元いた世界で、彼には婚約者がいた。彼女ではなく、私を選んで欲しい。私は手を伸ばして、シンの首に手を回す。彼の顔を引き寄せて、口づけをする。
「……んっ……っ」
粘膜。
舌同士が、絡み合うのが、酷く気持ちが良い。同じように、シンも、感じてくれているはず。それは、彼の反応で解る。私の足には、彼の欲望が、固く張り詰めているのを感じることが出来て居る。
「……あ、っ……シン……」
シンが、急に私の素肌を探り始めた。
暖かで、大きな手だった。
「あ……っ……」
手が肌を這っていくだけで、私は、陶然となる。甘い甘い快楽に飲み込まれて、ふわふわと浮いたような、そんな心地になった。
「……っん……っ」
「……色っぽい」
耳朶に、シンの吐息が掛かる。熱い吐息をうけて、私の身体は歓喜に震えた。
「……シン……」
「ん?」
「……、もっと……」
もっと、触れて欲しかった。身体中、シンが触れたところがないほどに。隙間なく。
「っ……、ちょっと、もう……あんた、煽らないでよ……。俺、結構、限界なんだから」
「……あなたの、恣に、動いてください。遠慮は……失礼です」
もしも、シンが私に欲望を向けてくれたなら、全部、知りたい。
私は、そう、誘いたいのにうまく、言葉が出ないでいる。
「……あんた、無自覚に誘いすぎだよ」
小さな苦情を、シンは漏らした。
「でも……」
私は、手練手管も知らない。今まで他人に触れたこともない。だから――シンに欲望を持って貰えるのだとしたら、何でも良かった。そんなことで、シンを、捕まえておくことが出来るのであれば。
「……でももう、俺も限界。煽ったあんたが悪いんだ」
シンは、私の中心に手を伸ばした。
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