1 / 61
01
しおりを挟む貧相な子供。
それが彼を初めて見たときの感想だった。この国、この大陸中にいくらでも居るような、貧しくて痩せた男という意外、特別な感慨は抱かなかった。
「大神官様、こちらが、異世界から召喚されたという男です」
私が何も言わなかったことを気にしてか、彼を連れてきた神官が小声で耳打ちする。
異世界。
私達が住まうのとは違う世界が存在していて、世の理をねじ曲げて、彼はやってきたという。しかし、目の前に連れられた彼から、神秘的な、特別なものを見いだすことは出来ない。ただ、現在の職業が『男娼』と言う割に、すれた雰囲気でないのは珍しいことなのかも知れなかった。
「異世界から来たと、聞いている」
「はい、……えーと、大神官様?」
「現在は、男娼をしているとか。経緯を聞きたい」
形式ばかり、興味があるような口調で問うと、彼の、黒曜石のような瞳がきらめいた。そうしえば、少し黄色っぽい肌に、黒い髪。黒い瞳という外見は、我々の住まう世界には珍しいものかも知れない。
「まずは、俺の名前は、斉藤晋太郎と言います。斉藤が姓……家の名前で、晋太郎が、自分の名前です。こっちの世界では、面倒なのでシンとだけ名乗っていたので、大神官様も、シンって呼んでください。
まず、俺が、この世界に来たのは、五年前でした。だから、二十四の頃です。俺は、その頃、普通に働いていたんですけど、勤務途中で、人助けをしたのがきっかけで、命を落としたんだと思います。その代わりに、気がついたら、ここに居ました。一緒に、人助けをした人たちも、俺と一緒にここに来て、俺がちょっと周りの様子を探りに行っている間に、黒い服を着た……騎士さん? みたいな人たちに連れて行かれて、俺だけ取り残された感じです。それから、なんとか、一人で生きてきて、先月かな、珍しく人間のお客さんが来て、それで、仕事をしていたら、その人が、ここの神官さんだったらしくて、ここに連れてこられたという次第です」
彼は、簡潔かつ、事実のみを語ってくれた。通常、こういう説明をする際に、おそらく、その時の、自身の感情などを共有したがるものだろうが、彼は、そうしなかった。私に同情を引かれたいという訳でもないのだろう。
「シン」
私は彼の名前を口に出してみた。確かに、彼の言うとおり、『シンタロ』というのは、少々言いづらい。
「はい、何でしょう、大神官様」
にこっと彼は笑って私に問いかける。間髪入れずに返事をするが、張り付いたような笑顔だ。警戒はしているのかも知れない。
「まず、少々こちらから質問がある。家の名前を持っていると聞いたが」
「ああ、そうですね。持っています」
「ふむ……。それと、働いていたというのは?」
私は、この時点で、確認すべきことがあった。家の名前を持っていたと言うことは、彼は身分的に、庶民という訳ではないのだろう。であれば、この世界に迎え入れた時点で、相応の対応をもって彼を遇する必要がある。彼の身分について、探る必要があったのだ。
「ああ、俺の国では、大学を出てたら大体のひとが勤め始めます。俺が勤務していたのは、大手IT企業です……って言っても、これは伝わらないと思うけど」
「大学……」
私は、目を剥いた。私達の国では、大学に入ることが出来るのは、一握りの貴族の子弟のみ。しかも難関の試験を突破し、在学中も追い立てられるように勉強をする必要がある。それを経て、国家の要職に就き、国のために奉仕するのだ。
「はい、大学です。俺の国では、国民全員に教育を受ける権利と、その保護者には、教育を受けさせる義務がありまして、初等教育の六年間と、中等教育の三年間は、その義務的な教育の期間になります。その上で、高等教育が三年、大学が四年、大学院が二年……と続く感じです」
「国民全員が教育を受ける?」
信じられない言葉を聞いた、ここへ彼を連れてきた神官も、目を丸くしている。
「はい。ほぼ全員、教育は受けてるんじゃないかな。全員が読み書き出来ますよ」
「国は豊かだと聞いたが、戦も強かったのだろうな」
これほどまでに徹底した教育を受けさせるのは、軍事国家的な意味合いが強いのだろうと私は判断した。だが、彼の返答は、また意外なものだった。
「あ、いえ、俺たちの国は、八十年くらい前にボロ負けに負けてから、戦争を捨てたんです。ですから、自衛以外の軍備を持たないで、同盟国の戦力に頼っている感じ?」
彼の言うことは、与太話の類いだろうか。私には判断がつきかねた。嘘を言うようにも見えなかったが、異世界人の感情など、くみ取ることは出来ない。
「興味があるようでしたら、いくらでもお話ししますよ」
私の興味を引くための作り話―――今のところは、そう考えていた方が良いだろう。
「その時は、是非話して貰おう。それで、お前が男娼となった経緯は、語るのは難しいだろうか」
「あ、済みません、そこは、忘れていました。俺は、異世界から来たのでこの世界のことも何も解らないし、身につけているもので売れるようなものは、少ししかなかったんです。だから、どうしようかと思ったんです。それで、自分の世界で、なんとか身一つでお金を稼ぐなら何かあるかと思ったら、肉体労働でした。けど、俺は、この国の人に比べて体格が劣ります。ですので、あまり、働き口はなかったんです。それで、肉体労働が駄目なら、身体を売るしかないなと考えたわけで、幸い、この国では、男を買う人たちがいるというので、今まで生きてこられました」
この国では、という言い方を彼はした。つまり、彼の世界では、男には、身体を売る仕事はない、或いは著しく珍しいと言うことだ。我々の世界では、男が身体を売ることも珍しくはない。神殿の神官たちも当たり前のように男を買うし、普通の男たち、女たちも男を買う。だが、私達の世界にでは男娼というのは、男にも女にも相手をするという意味で、娼婦よりも下等な存在と扱われていた。その中で、不当な扱いを受けるものがいることも、周知の事実だった。だからこそ、男娼となった男は、荒んだ目つきをして居るのが普通のことだったが、彼は、妙に明るい。空元気かなにか、虚勢を張っているのか。どちらにせよ、私には興味のないことではあった。
11
お気に入りに追加
79
あなたにおすすめの小説
虐げられている魔術師少年、悪魔召喚に成功したところ国家転覆にも成功する
あかのゆりこ
BL
主人公のグレン・クランストンは天才魔術師だ。ある日、失われた魔術の復活に成功し、悪魔を召喚する。その悪魔は愛と性の悪魔「ドーヴィ」と名乗り、グレンに契約の代償としてまさかの「口づけ」を提示してきた。
領民を守るため、王家に囚われた姉を救うため、グレンは致し方なく自分の唇(もちろん未使用)を差し出すことになる。
***
王家に虐げられて不遇な立場のトラウマ持ち不幸属性主人公がスパダリ系悪魔に溺愛されて幸せになるコメディの皮を被ったそこそこシリアスなお話です。
・ハピエン
・CP左右固定(リバありません)
・三角関係及び当て馬キャラなし(相手違いありません)
です。
べろちゅーすらないキスだけの健全ピュアピュアなお付き合いをお楽しみください。
***
2024.10.18 第二章開幕にあたり、第一章の2話~3話の間に加筆を行いました。小数点付きの話が追加分ですが、別に読まなくても問題はありません。
貧民街の元娼婦に育てられた孤児は前世の記憶が蘇り底辺から成り上がり世界の救世主になる。
黒ハット
ファンタジー
【完結しました】捨て子だった主人公は、元貴族の側室で騙せれて娼婦だった女性に拾われて最下層階級の貧民街で育てられるが、13歳の時に崖から川に突き落とされて意識が無くなり。気が付くと前世の日本で物理学の研究生だった記憶が蘇り、周りの人たちの善意で底辺から抜け出し成り上がって世界の救世主と呼ばれる様になる。
この作品は小説書き始めた初期の作品で内容と書き方をリメイクして再投稿を始めました。感想、応援よろしくお願いいたします。
ボクが追放されたら飢餓に陥るけど良いですか?
音爽(ネソウ)
ファンタジー
美味しい果実より食えない石ころが欲しいなんて、人間て変わってますね。
役に立たないから出ていけ?
わかりました、緑の加護はゴッソリ持っていきます!
さようなら!
5月4日、ファンタジー1位!HOTランキング1位獲得!!ありがとうございました!
第5皇子に転生した俺は前世の医学と知識や魔法を使い世界を変える。
黒ハット
ファンタジー
前世は予防医学の専門の医者が飛行機事故で結婚したばかりの妻と亡くなり異世界の帝国の皇帝の5番目の子供に転生する。子供の生存率50%という文明の遅れた世界に転生した主人公が前世の知識と魔法を使い乱世の世界を戦いながら前世の奥さんと巡り合い世界を変えて行く。
聖女召喚されて『お前なんか聖女じゃない』って断罪されているけど、そんなことよりこの国が私を召喚したせいで滅びそうなのがこわい
金田のん
恋愛
自室で普通にお茶をしていたら、聖女召喚されました。
私と一緒に聖女召喚されたのは、若くてかわいい女の子。
勝手に召喚しといて「平凡顔の年増」とかいう王族の暴言はこの際、置いておこう。
なぜなら、この国・・・・私を召喚したせいで・・・・いまにも滅びそうだから・・・・・。
※小説家になろうさんにも投稿しています。

元おっさんの俺、公爵家嫡男に転生~普通にしてるだけなのに、次々と問題が降りかかってくる~
おとら@ 書籍発売中
ファンタジー
アルカディア王国の公爵家嫡男であるアレク(十六歳)はある日突然、前触れもなく前世の記憶を蘇らせる。
どうやら、それまでの自分はグータラ生活を送っていて、ろくでもない評判のようだ。
そんな中、アラフォー社畜だった前世の記憶が蘇り混乱しつつも、今の生活に慣れようとするが……。
その行動は以前とは違く見え、色々と勘違いをされる羽目に。
その結果、様々な女性に迫られることになる。
元婚約者にしてツンデレ王女、専属メイドのお調子者エルフ、決闘を仕掛けてくるクーデレ竜人姫、世話をすることなったドジっ子犬耳娘など……。
「ハーレムは嫌だァァァァ! どうしてこうなった!?」
今日も、そんな彼の悲鳴が響き渡る。

オッサン、エルフの森の歌姫【ディーバ】になる
クロタ
BL
召喚儀式の失敗で、現代日本から異世界に飛ばされて捨てられたオッサン(39歳)と、彼を拾って過保護に庇護するエルフ(300歳、外見年齢20代)のお話です。
記憶喪失になった嫌われ悪女は心を入れ替える事にした
結城芙由奈@コミカライズ発売中
ファンタジー
池で溺れて死にかけた私は意識を取り戻した時、全ての記憶を失っていた。それと同時に自分が周囲の人々から陰で悪女と呼ばれ、嫌われている事を知る。どうせ記憶喪失になったなら今から心を入れ替えて生きていこう。そして私はさらに衝撃の事実を知る事になる―。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる