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しおりを挟む貧相な子供。
それが彼を初めて見たときの感想だった。この国、この大陸中にいくらでも居るような、貧しくて痩せた男という意外、特別な感慨は抱かなかった。
「大神官様、こちらが、異世界から召喚されたという男です」
私が何も言わなかったことを気にしてか、彼を連れてきた神官が小声で耳打ちする。
異世界。
私達が住まうのとは違う世界が存在していて、世の理をねじ曲げて、彼はやってきたという。しかし、目の前に連れられた彼から、神秘的な、特別なものを見いだすことは出来ない。ただ、現在の職業が『男娼』と言う割に、すれた雰囲気でないのは珍しいことなのかも知れなかった。
「異世界から来たと、聞いている」
「はい、……えーと、大神官様?」
「現在は、男娼をしているとか。経緯を聞きたい」
形式ばかり、興味があるような口調で問うと、彼の、黒曜石のような瞳がきらめいた。そうしえば、少し黄色っぽい肌に、黒い髪。黒い瞳という外見は、我々の住まう世界には珍しいものかも知れない。
「まずは、俺の名前は、斉藤晋太郎と言います。斉藤が姓……家の名前で、晋太郎が、自分の名前です。こっちの世界では、面倒なのでシンとだけ名乗っていたので、大神官様も、シンって呼んでください。
まず、俺が、この世界に来たのは、五年前でした。だから、二十四の頃です。俺は、その頃、普通に働いていたんですけど、勤務途中で、人助けをしたのがきっかけで、命を落としたんだと思います。その代わりに、気がついたら、ここに居ました。一緒に、人助けをした人たちも、俺と一緒にここに来て、俺がちょっと周りの様子を探りに行っている間に、黒い服を着た……騎士さん? みたいな人たちに連れて行かれて、俺だけ取り残された感じです。それから、なんとか、一人で生きてきて、先月かな、珍しく人間のお客さんが来て、それで、仕事をしていたら、その人が、ここの神官さんだったらしくて、ここに連れてこられたという次第です」
彼は、簡潔かつ、事実のみを語ってくれた。通常、こういう説明をする際に、おそらく、その時の、自身の感情などを共有したがるものだろうが、彼は、そうしなかった。私に同情を引かれたいという訳でもないのだろう。
「シン」
私は彼の名前を口に出してみた。確かに、彼の言うとおり、『シンタロ』というのは、少々言いづらい。
「はい、何でしょう、大神官様」
にこっと彼は笑って私に問いかける。間髪入れずに返事をするが、張り付いたような笑顔だ。警戒はしているのかも知れない。
「まず、少々こちらから質問がある。家の名前を持っていると聞いたが」
「ああ、そうですね。持っています」
「ふむ……。それと、働いていたというのは?」
私は、この時点で、確認すべきことがあった。家の名前を持っていたと言うことは、彼は身分的に、庶民という訳ではないのだろう。であれば、この世界に迎え入れた時点で、相応の対応をもって彼を遇する必要がある。彼の身分について、探る必要があったのだ。
「ああ、俺の国では、大学を出てたら大体のひとが勤め始めます。俺が勤務していたのは、大手IT企業です……って言っても、これは伝わらないと思うけど」
「大学……」
私は、目を剥いた。私達の国では、大学に入ることが出来るのは、一握りの貴族の子弟のみ。しかも難関の試験を突破し、在学中も追い立てられるように勉強をする必要がある。それを経て、国家の要職に就き、国のために奉仕するのだ。
「はい、大学です。俺の国では、国民全員に教育を受ける権利と、その保護者には、教育を受けさせる義務がありまして、初等教育の六年間と、中等教育の三年間は、その義務的な教育の期間になります。その上で、高等教育が三年、大学が四年、大学院が二年……と続く感じです」
「国民全員が教育を受ける?」
信じられない言葉を聞いた、ここへ彼を連れてきた神官も、目を丸くしている。
「はい。ほぼ全員、教育は受けてるんじゃないかな。全員が読み書き出来ますよ」
「国は豊かだと聞いたが、戦も強かったのだろうな」
これほどまでに徹底した教育を受けさせるのは、軍事国家的な意味合いが強いのだろうと私は判断した。だが、彼の返答は、また意外なものだった。
「あ、いえ、俺たちの国は、八十年くらい前にボロ負けに負けてから、戦争を捨てたんです。ですから、自衛以外の軍備を持たないで、同盟国の戦力に頼っている感じ?」
彼の言うことは、与太話の類いだろうか。私には判断がつきかねた。嘘を言うようにも見えなかったが、異世界人の感情など、くみ取ることは出来ない。
「興味があるようでしたら、いくらでもお話ししますよ」
私の興味を引くための作り話―――今のところは、そう考えていた方が良いだろう。
「その時は、是非話して貰おう。それで、お前が男娼となった経緯は、語るのは難しいだろうか」
「あ、済みません、そこは、忘れていました。俺は、異世界から来たのでこの世界のことも何も解らないし、身につけているもので売れるようなものは、少ししかなかったんです。だから、どうしようかと思ったんです。それで、自分の世界で、なんとか身一つでお金を稼ぐなら何かあるかと思ったら、肉体労働でした。けど、俺は、この国の人に比べて体格が劣ります。ですので、あまり、働き口はなかったんです。それで、肉体労働が駄目なら、身体を売るしかないなと考えたわけで、幸い、この国では、男を買う人たちがいるというので、今まで生きてこられました」
この国では、という言い方を彼はした。つまり、彼の世界では、男には、身体を売る仕事はない、或いは著しく珍しいと言うことだ。我々の世界では、男が身体を売ることも珍しくはない。神殿の神官たちも当たり前のように男を買うし、普通の男たち、女たちも男を買う。だが、私達の世界にでは男娼というのは、男にも女にも相手をするという意味で、娼婦よりも下等な存在と扱われていた。その中で、不当な扱いを受けるものがいることも、周知の事実だった。だからこそ、男娼となった男は、荒んだ目つきをして居るのが普通のことだったが、彼は、妙に明るい。空元気かなにか、虚勢を張っているのか。どちらにせよ、私には興味のないことではあった。
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