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序章 古代遺跡群

序話 没データは没データで狩る①

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「やぁ、冒険者さんかい? 珍しいの~~。何もない村だがゆっくりしていって下され、お茶でもどうだね」

「ありがとう(モブの)爺さん……。いや、ちゃんと名前があるみたいだな『テスト4021』なんて適当な名前がなっ!」

 俺は笑顔でお茶をすすめてくれた老人の口の中に剣の先をつっこみ、グルグルと回した。

 ーダメージ判定:169ポイントー

「がはっ! な、なんで……。ギギギギギギギ」

「なんで? モブキャラのデザインを被ったテストなヤツ。お前、どうやったって”没モンスター”だろ」

 今、俺はフルダイヴ型VRMMO『アナザー・ダイヴ・リワールド』の中で発掘プレイ中。発掘とは、没データを掘り出すプレイスタイルだ。没データだらけのここには別名がある、古代遺跡群と。


 20XX年。海外ゲームソフトメーカーの後塵を拝し続ける日本のゲームメーカーは総力を結集して仮想空間型アミューズメントパーク『アナザー・ダイヴ・リワールド』をオープンさせた。それはフルダイヴVRMMOとして甦ったかつての人気タイトルをアトラクションとして体感出来る夢の複合施設という触れ込みである。

 だが、メーカーの本音は出来るだけ安価にボロ儲けだった。旧作人気タイトルのリメイクはあらかじめ一定数のユーザーが見込める上、開発がゼロベースから始まらない為に制作コストを抑えられる傾向にある。その効果を極限まで高めようと、オリジナル作品の元データを再利用し超進化を遂げた自動生成AIにフルダイヴVRMMO化処理をさせた。

 自動生成AIに罪はない。人間から指示された通り過去の人気タイトルを完全にフルダイヴVRMMOとして甦らせた。完全に……、プログラムの奥底に眠らせていた没データまで忠実にリファインしてしまったのである。

 没データ。それはクリエイター達の強いゲーム愛、こだわり、富み過ぎた発想力で生み出されながらもゲームバランスやら倫理観やら大人の事情といった様々な理由で封印されしものたち。キャラやアイテムに魔法、クエストやシナリオにまで至る。

 運営サイドがそれに気付いたのはサービス開始間近。だが、プログラムを修正したり開始時期を遅らせたりで余計な金をかけたくない運営サイドはプレイヤー達に見つからない事に賭けた。そして早々に賭けに敗れた。

 そんなお宝の様な物をゲーマー達が見逃すはずもなく、それを見つけるプレイスタイルが『発掘』と呼ばれ始めた。やがて、『アナザー・ダイヴ・リワールド』をその名のままに呼ぶユーザーは皆無となり『古代遺跡群』とだけ呼ばれる様になった。


 今、1人のプレイヤーが古代遺跡群《アナザー・ダイヴ・リワールド》へ飛び込もうとしていた。それは老人の姿をした没モンスター『テスト4021』が狩られる数分前の事である。

「オクラ様、ようこそ『アナザー・ダイヴ・リワールド』へ。どちらのワールドへご入場なさいますか?」

「ドラグーン・ファンタジアを」

「初めて入場されるワールドですね? もし、オリジナル版をプレイされた事があれば続きから再開する事も出来ますがいかがしますか?」

「再開で」

「こちらは大変古いゲームとなっておりますのでお手数ですが52文字のパスワードを口頭でお願いします」

「りぐむんとせてんやなすがいろく~~さいぶむか」

「…………認証致しました。総プレイタイム893時間、コンプリート率99%。それではドラグーン・ファンタジアへ行ってらっしゃいませ」

 根深蔵人《オレ》がドラグーン・ファンタジアをプレイするのは久々だ。最後にやったのが15歳の時で……今は45歳。30年間もブランクがある。しかも、スーパーファミコンのRPGだった頃とガラりと変わりフルダイブVRMMOとやらに。こいつはリハビリどころか初見プレイに近いかもしれないがゼロスタートというわけじゃない。レベル99カンスト、超低確率ドロップのレアアイテムも所持、とことんやり込んだ。

 と、思い込んでいた。その時は……。コンプリート率99%、実は1%分の取りこぼしがあったというわけだ。俺は30年振りに勇者オクラの冒険を再開させ、それを埋める為に目指してみる事にした。噂となっている地獄の138番地とやらを。


 地名『マップ138』。ドラグーン・ファンタジアのワールド内にその様に表示される場所がある。最初にそこを発見したプレイヤー達が踏み込んでみれば何の変哲もない村の光景が広がるだけだった。畑を耕す農夫に犬を追いかけて走り回る子供。フルダイブVRMMO化した事で個体毎に多少の違いは出たが、どこにでもいる様なモブキャラ達が暮らすのどかな村であるのに違いはなかった。

 プレイヤー達が農夫の脇を通り抜けて行こうとした時、彼は笑顔を浮かべ気さくな様子で話しかけてきた。

「旅の方。この村は野菜が有名でねぇ、今朝採れたのトマトでも食べていくかい?」

 農夫はそう言いながら手に持っていた鎌でプレイヤーAを斬り付けた。そのただの一撃でHPは1/3ほど削られ瞬く間に戦闘不能に。それを合図としたかの様に他の村人たちも実にほがらかな顔で寄って来ては凶悪な一撃を繰り出し始めた。慌てて応戦を始めた残りのプレイヤー達は苦戦を強いられた。村人の姿を持つ者達に表示されていた名前はカオスゴブリンにゴッドデーモン。それらがシリーズ二作目以降に出て来るモンスター名だと気付いた時には壊滅していた。

 名前が無く適当な数字が割り当てられている。適当なモブキャラの姿をしているが中身は全くの別物。開発段階で放置される事になった没データにはよくある話で、マップ138の噂がプレイヤー達の間で拡散するとすぐに没データ領域として注目される様になった。

 そうして没データの発掘を旨とするプレイヤー達が大挙して押し寄せ攻略が進むと村の奥地にある祭壇から飛べる異空間と一体のモンスターが発見された。表示名『破竜神ドグーマ』、ラスボス名が『破竜マグード』であった事からそれは裏ボスなのだと目される事となったのである。


 ん?消えた、このエリアに入った途端にBGMが止んだ。本当は専用BGMを用意するつもりだったが付ける前に没が決まってしまったエリアという事か。だが、無音な感じがそれらしい雰囲気を醸し出している様な気もする。ここが噂の地獄の138番地。

 モブ村人の没モンスターどもを蹴散らして森の奥へ。早速目に入ったのは祭壇の前にそびえ立つ山、何人ものプレイヤーが積み上がって出来た山だ。まだまだ高くなりそうだ、祭壇の辺りから弾き出される様に現れたプレイヤー達がわらわらと。

「ぐっ……、ダメだった。破竜マグードラスボスを余裕で倒せるレベル50で10秒間もたないとは化物すぎる」

「やはり、最初の一撃で即死か?」

「没データだ。そもそも何とか倒せる程度の強さにすら調整されていないのかもしれんぞ……」

 さてと、俺の予想通りならば30年前に戦う準備は整っていたはず。永らく出番のないまま放置する事になったそれは甦えらせてある。コンプリートプレイで手に入れた謎のアイテムの使い道がわからず、それを試す為に何回も入力する事になったお陰で丸暗記した52文字のパスワードで。

「あんた、どういうつもりだ? そんな骨なんかを全身に付けて……」

「冑も鎧も盾も骨製? それに何かの牙を握りしめて……。どこでどうやって手に入れたか知らんが完全にネタ装備じゃないか。ぎゃはっはっはっ!」

 祭壇の前に立って装備を交換していると倒れているヤツらの間から笑い声が起こった。確かにそう見えるかもしれない。これは普通にやってたくらいじゃ入手出来ないレアアイテム、それでいてクズアイテムだ。

 ドラグーン・ファンタジアには雑魚モンスターとして4種類のドラゴンが登場する。3種類がそれぞれに骨防具を、1種類が牙を落とすわけだがいずれもドロップ率1/1092。1092匹倒して入手出来る確率は66.22%しかない。

 その苦行を越えて4種類全て手に入れてみてもアイテム説明欄には【古の竜の骨でつくられし物】、【古の竜が遺した牙】と簡単に表示されるだけ。肝心の性能表示も【防御力※※※】、【攻撃力※※※】といった具合。いざ装備して戦うと雑魚モンスターの一撃で防具は砕け散り、牙は折れる。骨だし、牙だから、そういう小ネタ付きかと思えば本当に所持アイテムから消えているという……。

 不測の事故で味わった後悔を乗り越えて揃え直してみたが結局のところ使い道は見つからないままだった。

 だが、その時から30年間ほどが過ぎ。『アナザー・ダイヴ・リワールド』とか言うので『ドラグーン・ファンタジア』がリメイクされたと聞いた。そして、ネット上には没データとして眠っていた隠し裏ボス『破竜神ドグーマ』とやらが発見されたという情報が飛び交ったのを目にして直感した。そして、この世界にダイヴした。

 祭壇に触れると意識がとんだ。気が付けばただの真っ暗な空間の中に浮いていた。だが、遠くの方に金色に輝く何かが見える。吸い込まれる様にそれに引き寄せられてみると徐々に姿形が見え始めてきた。

「あれが破竜神ドグーマか」

 巨大と呼ぶしかない金色の竜の咆哮、更に背中に生えた4つの翼を大きく羽ばたかせる。ドグーマが口から噴き出した黒炎は翼の起こした強風に煽られこちらへと凄まじい速さで向かって来る。咄嗟に左手に持つ骨の盾を突き出した。俺がそうしたというより勝手に身体が動いてそうしたという感覚。きっとプログラムがそうさせた強制イベントのようなもの。

 黒炎を浴びた盾は青色の輝きを放ち始めた。【護竜神の盾】、【防御力999】、アイテム欄を見ると名前と性能がその様に変わり、アイテム説明にも変化が。ドグーマによる黒炎のダメージは無効化出来る様だ。

 ドグーマとの距離が縮まる度に黒炎を浴びる事になったが、やはり勝手に身体が動いてダメージらしきものを受ける事はなかった。そうして受けたダメージの1/5を自分のMPに変換する【護竜神の冑】、20%の反射ダメージをあたえる【護竜神の鎧】、対ドグーマへの特効が付与された【護竜神の剣】を装備した状態でドグーマの前に立った。

 トリガーとなる隠しボスが没となった為、真のステータスが没化してしまっていたのが骨と牙装備の正体だった。これじゃ色々と試してもわからなかったはずだ。

 没には没を。どうやらこの一式揃ってようやくまともに戦える相手らしい。もちろんレベル99カンストは必須の様だが、そこまで上げるのはやった者にしかわからぬ作業プレイ。


 さてと、祭壇の前に戻された。

「ようやく、終わった」

 てっきりコンプリートプレイしたものだと思い込んでいたが、実際には99%しか達成していなかった真コンプリートを30年越しで達成出来た。それを想えば討伐報酬が『限界を越えし者』という称号を得るだけなのにも目を瞑れる。

「あれ? 普通は倒れて弾き出されるはずだが、立ったまま出て来たという事は……」

「それに、その全身青色の装備は!?」

 プレイヤー達の山の方から人の声らしきものは聞こえたが何を言っているかはよくわからなかった。大問題発生、今、俺はあれこれと考え事で忙しい。

「ぐっ、コンプリート率が99%のままだと? まさか、破竜神ドグーマにもドロップアイテムを!?」

 1/1092で落ちる装備を4つも集めさせてようやく対抗出来る隠しボスを用意しようとしていた制作陣だ。それにも1/1092のドロップアイテムを仕込むくらいするだろう。あんなギリギリのバトルを何回もやるわけ……ある、完全コンプリートするまでやるに決まっているじゃないか。

 それに、まだまだあるんだよな。コンプリートプレイしていたつもりで実はコンプリート出来ていなかったゲームがゴロゴロと。俺は古代遺跡群とも呼ばれる『アナザー・ダイヴ・リワールド』でしばらく没データを掘り続ける事になりそうだ。
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