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第2話 ファイザル神殿②

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「バルカはどうだろう? やはり族長を望むのだろうか」
「族長、子を残さず逝ってしまった。今の世代の最強の血は遺せなくなってしまう、族長呼び戻してあたしが産む。」

 なるほど、ちょっと独特な言い方だけどこの2人もそういう関係だったのか。普段の振る舞いでそういった素振りはなかったし、この件も僕は全く気付いていなかったみたいだ。

「そうか、2人は愛し合っていたんだね」
「愛? 何を言うか?  私が言ったのは、どの雄とどの雌で子を成すべきかという種付け」

 彼女は獣牙族の戦士だ。僕らがいわゆる獣と呼ぶ様な生き物の姿はしているが二本足で立ち人間の言葉を学んで話す者もいた。ドュルガ族長と僕達の間で通訳を務めてくれていたバルカだけど、族長が戦死してからは彼に代って獣牙族たちを統率してくれていた。

「ごめん、バルカ。僕は獣牙族が戦士として皆強いのはよく知っているつもりだけど、獣牙族の生き方の様なものまでにはまだ目が届いていなくて……」
「雄同士で決闘し最も強い者が表の族長。雌は奥の族長を決める。表と奥の族長同士で子を産めばより強い子が産まれる。古の族長たち、そうやって強き者の血をいくつも遺してくれた。私達もそうする」

 なるほど。後継者が不在になるというわけでもなさそうだけど、そういう文化を継承してきた獣牙族にとってこれは大きな問題かもしれない。

 さて、聖騎士ガイッシュ、海賊ガイラ、天翼馬騎士ミーネは恐らく本音を語らず。竜騎士ユスクに至っては何も語らず。獣牙族バルカだけが素直に自分の考えを示してくれた。

 結局、皆に意見を求めてみればなんだか厄介な感じになってしまった。だが、これから耳を傾ける英雄たちに比べればまだマシなのかもしれないのだけど……。

「ルテット。君は?」
「そうですね。一刻も早く来た路を引き返して帝国との戦いを再開すべきかと」
「えぇと……、誰を甦らせるのがいいか尋ねているのだけど」
「ですから、こんな事をしている暇があったら一刻も早く戦いを再開すべきと申し上げているのです。こんな所へ来る前にレーゼン帝国に体勢を立て直す暇をあたえず叩くべきと申し上げたはず」

 常に感情に囚われず最も冷静に状況を捉える賢者ルテット。今にして思えばその決断が無しだったとも思えないがあの時は無理だった。甦る、それを耳にした瞬間の皆の顔は忘れられない。

「こっ、こんな所? こんな事?  女神様と繋がる神聖な地、女神様の起こされる奇蹟を侮辱するとは……。なんと畏れ多き……」

 話をぶり返そうとするルテットに対し真っ先に反応したのは聖女フウラだった。天井を見上げた彼女の顔はこれまで見た事もないほど引きつっていた。そして小さな声で何やらぶつぶつと、どうやら女神様に謝っているらしい。

 気が付けば海賊ガイラがルテットの前に立っていた。苛立ちを隠せない様子だ。

「おめぇさんの師匠は? せめて弟子として雷弓士バルドアの名くらい挙げてやらなきゃ師匠が浮かばれねぇだろ!」

 ルテットは攻撃魔法の天才だったけど、遠くにいる的に当てる事に関しては天才ではなかった。確かに、弓の名手バルドアと行動を共にする事が多くなった?と思った辺りから格段に命中率が上がった様な気がする。そうか、師弟関係を結んでいたのか。

「言うだけ無駄」
「なんだとっ!?」
「ガイラ。君がそう言った様なものだよ? せめて名くらい挙げてやらなきゃ、つまり、挙げたところで選ばれる可能性は限りなく低い」
「くぅっ……。相も変わらず達者な減らず口だ。てめぇ!」
「待て、待てっ! 仮にも仲間を甦らせようとしている時に仲間割れでは話にならん。双方、これ以上争うつもりなら私が相手になる」

 ガイラがルテットの胸ぐらを掴んだところでガイッシュが2人の間に強引に割り込んでくれた。英雄同士のもめごとが起きた際、本当にガイッシュは頼りになる。彼がいなければ僕にうまくまとめ切れたかどうか。

 それにしてもガイラの様子。ディルマだけでなくバルドアにも恩義を感じる様な事があったのだろうか?

「では、取り敢えずルテットは保留という事にしておこうか。では、フウラはどうだろう?」
「パッ、パスティア様。本当に申し訳ございません……。このルテットなる愚か者と私は関係ないのでどうかっ、どうかっ、お許し下さいませ……。あぁ…イェン」

 聖女フウラは敬虔な女神パスティア信者だ。その強い信仰の力が驚異的な治癒魔法を生む。そして、敬虔であるだけにこうなりやすい。ダメもとで聞いてみたがやはり錯乱状態か……。彼女も保留で。

 関係性から考えて、名前を挙げるとしたら恐らく聖槍士タスティオだろうけど。幼馴染なのだし、僕が知るのはそこまでだけど、知らないだけでそれ以上の事だってあるのかもしれない。

 さて、ある程度予想はついてはいたが本当に厄介だった……。では、最後に。

「君の立場からでないと見えない事もあるはずだ。ミュラーはどうだろう?」

 暗黒騎士ミュラー、彼の返事はなかった。

「あいつ、いねぇようだぜ。あれじゃないか、スパイとしての役目が済んだからレーゼン帝国に帰ったんじゃねぇのかっ」

 面白く無さそうな顔でガイラが吐き捨てた。暗黒騎士ミュラーは帝国から寝返ってこちらの味方となった。まだ帝国側にいる時、ガイラの親友でユスクの兄であるディルマを斬った男だった。姉上の想い人を。

「バルカ、気付いた。階段のぼる時、ミュラーの臭い消えた」

 とっくに姿を消していたのか。いつも物陰にいて他の英雄と接触しないようにしている人だから今もその様にしていると思っていたが。

「待てっ! そういう事ならミュラーが危うい。ユスクがこの場を去ったのは奴に、この機会に兄の仇を討つために!?」

 ガイッシュが急ぎ階段を駆け下りようとそちらへ向かう。彼は英雄同士の揉め事に敏感だ。

「大丈夫……、ユスクの飛竜《マハル》は彼女になついている。ユスクも彼女が飛竜に触れるのを拒んではいない……。悪い人じゃない……」
「そうだったのか。それより待て待て。今、ミーネはミュラーを彼女と呼んだか?」
「ええ……。飛竜《マハル》は男の人になつかない、とても気の強い男の子だから……」

 なんとミュラーが女性!?漆黒の甲冑で全身を覆っているし、冑の持つ効果なのか声も妙にくぐもっている。勝手に男性だと思い込んでいたが。

「なんだと!?  ヤツが女だぁ? んなぁわけは……。くそっ、そんなのどっちだっていい。ヤツがディルマの仇である事に変わりはねぇ」

 どうしてこうなってしまったのだろう?生き残った者達でうまくまとまり協力しあっていたはずが……。

 甦る、それは仲間を失い暗く沈んでいた僕達に差し込んだ温かい一筋の光、だった。それが今は火傷しかねないほどに熱く感じられる。

 こんな状況で僕は選ばなければならない。戦いの記憶の中にある彼らの姿を思い出しながら、ただ1人を。
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