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序章~忘却の彼方より参りし者~

第11話 レイクウッドの地

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 そもそも俺が生きていた時代の1000年後、魔王の息吹も完全に潰えていた今の時代には現れないはずの魔物が現れてしまった。それが知れ渡っては国中が大混乱に陥る。バルディア王国としては今回の件は討伐の手を逃れてどこぞに隠れ棲んでいた生き残りの1匹がたまたま姿を現しただけである事を願いながら、調査が進むまで取り敢えず隠蔽する事に決した様だ。

 レッドドラゴンの姿を遠目から目撃してしまった市民がいた為、不正に私腹を肥やそうとしたトレジットの件と併せてこう処理された。トレジットを捕らえる為に派遣された魔導師ルディナスが類まれな魔法力だからこそ造る事が出来たドラゴンを召喚する全く新しい魔動器を用いて追い詰めた。俺の持つ轟剣ヴァジュラがレッドドラゴンを吸い尽くしていたので巨大な死骸が残される事もなかった。

 まんまと信じた市民達が口々にルディナスを讃え、さすがは初代国王である勇者アレグストと共に魔王を討った賢者パルティスの末裔であると語り出した始末だ。

 市民達の申し出で行われた盛大な宴によって無駄な1日を過ごし、思い立ってから計2日間も経ってようやく城塞都市ボルスを後にする。門前には魔導師ルディナスの姿を一目見ようという輩が押しかけ、その声援に送られながら出立する事になった。

「おい、眼鏡女。俺がやった事がごっそりお前の手柄になって随分といい御身分ではないか? 俺が馬の手綱を引いてお前が馬車とはどいう事だ?」

「引くものが荷車から馬車に進歩したと思えばいかがでしょう?」

「バカ者! いずれにせよ俺が従者扱いには違いあるまい」

「申し訳ございません! まずクミン殿下がなぜ今の時代に存在するかだけでも説明するのに大変なのもありますが、それに言及すると復活する魔王に対抗する為の存在であった事にも触れねばなりません。そんな人物がいるだけで国民に大きな不安を抱かせる材料になってしまう可能性があるのです。よって、様々な事を考慮してこの様な次第になっております」

「あれもこれも隠蔽尽くし、か。勇者アレグストと呼ばれた男がが知ったら建国した事をさぞかしさぞかし、だな」

「父上と呼べない割に、その方に想いを馳せる事もあるのですね。ふふっ」

「何がおかしい?」

「お子様だな、と」

「うるさい、10歳の姿にまで戻った俺に当てつけか!?」


 癒しの巫女を訪ねるべく、城塞都市ボルスから西に向かって10日間が過ぎレイクウッド枯れ地と呼ばれる場所へやって来た。1000年前にもレイクウッドという地域があった事は覚えている。水鳥が羽を休める青々とした湖を深い緑色の森がぐるりと囲み、枝の上をリスが跳ね回り草むらをウサギが駆け巡る様な場所だったはず。目の前に広がる光景にはその面影が僅か程も残されていなかった。目に留まるものと言えば土と岩のみ、あまりにも乾いた光景だ。何より、レイクウッド枯れ地という地名が何とも皮肉に聞こえるものである。

「おい、ここがこの様な姿に変わったのはいつの頃からだ?」

「約500年前、魔動源を用いた木々を伐採する道具が発明された為、人々が手当たり次第に木々を切り倒して森を枯らしてしまったのが原因と伝わっております」

「巫女が我が王家を避ける様になった原因はそれかもしれんな」

「地名から察しますに1000年前は大変美しい景色だったのではありませんか?」

「そうだな……」

 ふと、記憶の底を何かが駆けて行った。美しい何か、感じられるのはそこまでで明確に姿が見えたわけではない。1000年前、いや、それに数年を足した頃になるだろう、俺は勇者アレグストと呼ばれた男に連れられてこの地を訪れた事がある。パタパタと駆けて行ったのはその時に見た何か?だと思われた。

「それにしてもこんな所に癒しの巫女とやらは本当に棲んでいるのか? 人どころか動物の気配すらないぞ」

「この先に1本だけ樹木が残っておりまして、その上に巫女様がいらっしゃるはずです」

 そう言われて辺りを見回すと遠くに1本の木らしきものが霞んで見えた。それにしても遥か先から木だと見て取れるという事は実物は一体どれほどの大きさになるのだろうか?


 目の前に現れた木はあまりにも胴回りが太い巨木中の巨木とでも呼べるほどの大きさだった。その根元を中心に半径3mほどであろうか、わずかながら草が生えている。それは枯れ地の中で唯一安らぎを感じられる場所、いわばオアシス然として目に映るものであった。

「これ1本で数十本分はあるのではないか? エルフが森の番人と呼ばれるとは言え、こんなものの上に棲むとは随分と変わったやつだ」

「この木の周りにだけ微かに魔法力が感じられます。巫女様が大地に生命力を与えてそれを吸わせる事で生き延びさせたのではないでしょうか」

「変わったやつと言ってしまったが、面倒なやつも追加した方が良さそうだな。訊ねてくる者にこれを登らせるとは……」

「ええ……、見上げただけで登る気が失せてしまいました」

 見上げたところで先端部分が見えるわけではない、雲を突き抜けているらしいのがわかる程度だった。幹には螺旋状に石板で作った階段が設けられていた。一体何段になるのだろう?数えるのもバカらしいほどの数に違いない。

「面倒なやつの面倒な設えにいちいち付き合ってやる道理はない。眼鏡女、俺の背につかまれ」

「えっ? えっ? お子様状態の殿下におんぶしてもらうのですか!? そ、そんな無礼な事していいのでしょうか」

「それを無礼と呼ぶならば、これまでお前は俺に随分と無礼を重ねていて全て合わせれば無礼討ちに値する!」

「ひぇぇぇーーーー!で、でもどんな無礼を働いてしまったのかさっぱりわかりません……」

「つべこべと細かい事を言わずにさっさと背につかまれ!」

「私が自覚できない様な無礼をいちいち数えている殿下こそ細かいじゃないですか!」

 とても1回では足りない高さ、数回繰り返す事になるだろうが頂まで跳ぶ事にした。一気に跳ね上がり数百個先の石板に着地する、はずだったが空中で何かに脚を引っ張られたかの様に落ちて行く。そして、1つ目の石板に着地した。

「な、なんだこれは!?」

 足下に気を取られていると、ガサリと上の方から何かが落ちて来る気配がした。反応して見上げた時、グシャリと音がして視界が赤色に染まった。何だかわからないが拳大の塊が無数に降り注いでくる。ドロっとした赤いものが目の窪みから溢れるように垂れ落ちていく。まさか目を潰されたのか。

「殿下! こ、これはとても甘い果汁にございます」

 俺の顔に当たって飛び散った液体が偶然にも口の中に入ってしまった眼鏡女の感想が、一瞬背筋をかすめた緊張感を吹き飛ばしてくれた。顔をまさぐりグチャグチャとしたものをかき集める。それをまとめて口に放り込んでみると柘榴の様な味がした。そんな事よりも、だ。

「この階段には何か仕掛けがあるぞ」

 眼鏡女を背から下ろして調べさせてみたが見た目では変わったものが見当たらなかった様だ。そして、眼鏡女がひょいと軽く跳んで石版を数枚抜かして登ろうとした時の事だった。

「キャーー! 脚が!?」

 3段目に届きそうなくらい跳んでいたのだが、やはり1段目に引き戻されての着地になった。そして、頭上から落ちてきた2つの柘榴の実が眼鏡女の頭に当たって弾けた。どうやらこの階段は1段ずつ登らくてはならない仕組みになっている。飛ばしていこうとするとその分の柘榴の実を浴びる事になる。俺の場合、数百段は飛ばすつもりで跳んだ為、全身が果汁でベタベタして気持ち悪いほどの状態になってしまっていた。訪ねようとする者の登る気を削ぐこの嫌がらせ、地味ではあるがとてつもなく堪える。

「訂正する。俺は癒やしの巫女を面倒なやつだろうと見てとってしまったが、とてつもなく面倒なやつだ!」
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