クエスト審議官の後始末 冒険者がそれを終えた時、私の仕事は始まる

カズサノスケ

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第1話

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 いつもの様に冒険者ギルドの受付の奥にある執務室で山の様に積まれたクエスト達成報告書に目を通していた。いつもの様に、受付の方からひっきりなしに聞こえてくる冒険者たちの声にも耳を傾けながら。

 やけに大声で周囲に己の栄誉を勝ち誇るかの様な高揚した声が聞こえた時は要注意だ。例えば今の様に。

「俺達が大物を仕留めた証拠だ! とくと検分してくれ」

 受付の方で冒険者達がどよめいた、どうやら大声の主に称賛が送られている様子だ。私はまだ読み終えていない書類の束の厚さにため息をついてから席を立った。


「ふむ。どうやら爪も牙も本物の様だ、君たちがセウスの町から依頼の出ていたドラゴンを仕留めてくれたのは間違いない様だね」

 受付へ行くと鑑定士が虫眼鏡を眼に当てながら巨大な物に見入っていた。冒険者の中には偽物を持って依頼の品だと申請して者もいるので鑑定は重要な手続きの1つではある。だが、偽りの申請は私にとって可愛い案件でしかない。ドラゴンの牙に目をやると嫌な予感がし始めた。

「随分とすすけているわね……。この様子だと、火炎による攻撃がかなり続いたんじゃないかしら?」

「おう! しかし、俺達はだなーーーーーー」

 君たちの武勇伝は聞いていない……。一切耳に入ってこない話をやり過ごすと、どの様に戦い?どの様に倒したか?戦闘の詳細を尋ねた。やはり自慢話が混じってくるのは仕方ないが、私の抱いた疑念が正しいのか、ただの思い過ごしかを確かめる上で必要な手続きだ。

 話を聞き終えたところで嫌な予感は確信へと変わりつつあった。

「衛兵! この者達を捕縛せよ」

「おい!? ドラゴンを成敗した英雄に向かって何をするんだ!」

 ドラゴンの様な上位の魔物を打ち倒せば英雄……。英雄であれば何をしても許される、とでも言う様な態度で冒険者パーティは激しく抗議し始めた。そして、リーダーとおぼしき者は剣の柄に手をかけた。

 私は胸のポケットから羽根ペンを取り出すと、柄を掴むその者の手の上に押し当てる。

「ぐっ……! ただの羽根で抑えられただけなのに剣が抜けねぇ」

「ただの羽根? これは不死鳥の羽根なのだけど」

「そんな化け物みたいなやつの羽根なんてどうやって手に入れるんだよ……。あっ、あんた何者なんだ!?」

「私の仕事はクエストの後始末だ! 黙って着いてくるがいい」


 ドラゴン討伐の依頼が出されていたセウスの町に辿り着いた。近くの山へ野良仕事に出た者がその姿を目撃した事で、町に危害が及ぶ前にと町の長が対応したのだ。

 冒険者パーティの活躍によって脅威は取り除かれ町は平穏を取り戻した。事柄の表面だけみればそうなるが果たしてどうだろうか?私は町から少し離れたところにある一帯をみていた。

 それは、ドラゴンが吐いた火炎が森林の中を吹き荒れた結果で生まれた焼け野原と視て間違いなさそうだ。

「君たちは森に身を隠しながら戦ったのだったな?」

「ああ。ドラゴンの死角になっている処から森の外に出て一撃を浴びせ、また森に隠れる。隠れては不意を衝くのを繰り返して少しずつ体力を削ってやった。これの何が悪いんだ?」

「それで業を煮やしたドラゴンが君たちの隠れ蓑を焼き払った。1つの森林が丸ごと焼失した事の意味がわかるか?」

「そんなもの知るか! 兎に角、命がけで俺達はドラゴンを仕留めて町を救った。それでいいだろ!?」

「危険の1つを駆除してくれた事実は認めるわ。しかし、君たちの行動が新たな脅威を生んだ。森林が消えた事で野草の類が不足し動物たちのエサが足りなくなる。野草も動物も少なくなれば……、いずれこの町は食糧難に見舞われるでしょうね」

「なっ……、森が焼けた程度で」

「まだまだある! 土中に染み込んだ水を吸い上げてくれる木々が死んだ事で、大雨の際には土砂災害に見舞われる可能性もある。ざっと見積もっても、君たちがしでかした事で町にもたらす被害はドラゴン以上だ!」

 縄に縛られた姿で冒険者パーティの者達が啞然としている。戦闘を有利に運ぶ為の場所選びまでは考えていたが、戦闘後の影響を考えての場所選びという考えは一切持ち合わせていなかったのだろう。

「ここから南へ向かえば人々の生活圏には入っていない岩礁地帯がある。ドラゴンをそこまで誘導してから戦うべきでしたね」

「戦いながらそんな所まで引っ張って行ったら、着いた途端に俺達は限界だ……。死ねばよかったとでも言うのか!?」

「そもそも、2つのパーティが協力してば誘導する役、仕留める役を担えば良かったのではないか?」

「……」

 何も言い返してこない彼らの頭の中を巡っている考えには大方目星がついている。

「それでは自分達の名声にならない。自分達だけで上位の魔物であるドラゴンを打ち倒す事に最も重要な意味があったのだろう?」

「くっ……。それが冒険者として生きる最大の目的だろ? それを望んで何が悪い?」

「私が言った事をもう忘れたか? そのせいで1つの町に危機が訪れる。数百人の者達の平穏な暮らしを脅かす様では、君たちも魔物ではないか?」

「ぐっ…………」

 ドラゴンは魔物の中でも上位クラスだ。それだけに討伐対象としてのランクは高く、名を上げたい冒険者にとっては格好の的だった。そして、ただ倒せばいいと思っている者達せいで多数の二次災害を引き起こしている厄介な討伐対象でもあった。

 もちろん、ドラゴンだけではない。巨躯を持つもの、特殊な攻撃手段をもつもの、様々なタイプの魔物が二次災害の可能性をはらんでいた。

 名声を得たいだけの者に闇雲に戦われても困る。戦いに関する知識だけではなく、幅広い知識を糧に戦いが及ぼす影響まで考慮に入れて最も適切な形で討伐する。

 かつて、そういった捌き方をした者が英雄だの勇者だのと呼ばれる様になったはずだ。それがいつの間にか煩わしい配慮の部分が削ぎ落され、ただ倒せば讃えられるものとの認識に変わっていたのだ。

「そっ、そうか……。じゃあ、俺達は薬草摘み程度のクエストからでもやり直そうかな。あはははっ!」

 私に詰め寄られた冒険者パーティの中には酷く重い空気が漂い始めていた。それを跳ねのけようとでもしたのか?1人がそう口走ったのだが笑いに続く者はいなかった。それは私の表情を伺っていたからだろう。

「薬草摘み程度だと? 程度……、まだわかっていないのか!?」

 見えざる危険性が潜んでいるのは何も魔物討伐ばかりではない。薬草摘みの様な簡単な初心者向けクエストにも意外な落とし穴がある。

 薬草の1つ1つが微かに放つ生気が辺りを覆い小さな魔物が住み着くのを防ぐ効果を生む。摘み過ぎた事でそのバランスが大きく崩れ、魔物の跳梁を許し、近隣の居住区が壊滅する憂き目に遭った例もあるのだ。

 簡単な薬草摘み程度と侮ってはならない。その一帯にある薬草の総量を把握し、摘むべきか諦めるべきかの判断が必要となるのだ。

「薬草摘みのクエストもそんな事を気にしながらやらなければならなかったのですね……。俺達は何も知らなかった」

「もう数えきれないほどのクエストをこなしたけど、本当の意味では1つもクリア出来ていないのかもしれない……」

 冒険者パーティの面々はようやく冒険のスタート地点に立った様に見えた。リーダーとおぼしき者は身を正すと私に向き直った。

「俺達はどんな罪に問われるので?」

「いや、釈放だ。理解してもらえた様なので再び冒険者としてクエストに臨み、人々の願いを叶えてやって欲しい」

「でも、俺達はまだちゃんとわかっていない! また、どこかで取り返しのつかない事をしでかしてしまうかも……」

「そうか。では、旅立つ前に手伝ってもらえないか? クエストの後始末、私の仕事を」


 小動物を育み人に糧を提供してきた森林が焼失した。いずれ、セウスの町に降りかかる食糧難に備え、保存食の救援を王都に願い出た。大量の干し肉や乾燥させた野菜などが運ばれてくる事になり、倉庫の急造を彼らに託した。

 だが、それだけでは応急処置にしかならない。新たな森林を造成する為の植樹も行う必要がある、広大な土地の土を耕してはひたらすら苗を植え続ける。彼らには不慣れな重労働だっただろうが、作業員として彼らは森林の幼子を生んでくれた。


 クエスト審議官。それは王宮務めの中で臨んで着いた役職、地味で出世には繋がらないとして誰もが避ける仕事。勇者や英雄という蜃気楼を追い求めて冒険に臨む、どこか未熟な者達が起こしてしまった事を後始末するのが私の仕事だ。

 かつて、勇者と呼ばれた私が死んだ後、どういうわけか1000年後に生まれ変わった。冒険者を育む、それが勇者という蜃気楼を作ってしまった私の後始末。
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