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玉兎
しおりを挟む二つの光が光の粒子になるまで見送り、さて、と玉兎がアマネを振り返った。ビクッとするアマネ。
「アマネ様。自己犠牲は美徳ですが、いきすぎると毒ですわ」
諭すように話しかける玉兎から、ふいとアマネは視線を逸らした。
「でも僕は、元の世界に戻っても、この世界に帰っても、もういらない人間だから」
「まあ!」
アマネの自己評価に、玉兎は憤ったような声をあげた。
「アマネ様はいらない人なんかじゃありません! あなたには聞こえなかったんですかっ、あなたを心配し祈っていた数多の声が」
玉兎の言葉に、アマネはグッとつまった。
そう、紫の呪いに倒れた時、玉兎のおかげで妖たちの力をもらったのだが、その時に暖かい力と共に思いも確かにアマネは受け取っていたのだ。
「それに、幼き子らに戻ると約束したのでしょう? それはどうするのですか」
ぐっと唇に力を入れていたアマネだったが、玉兎が再度、アマネ様は本当にそれで良いのですか、と言った瞬間、
「だって!」
アマネが泣きそうな声で反論した。
「僕の力は、この世界では強すぎるっ。第二の金卯さんにならないと、僕自身が呪いにならないと、どうして言えるんですかっ。僕はそれが恐ろしい……この力で大切なひとを傷つけてしまうのが」
本心を口にしたアマネははぁはぁと肩で息をしていた。
玉兎は目をぱちくりさせた後、きょとんとした顔で言い放った。
「アマネ様には、もう、強大な力はありませんよ。霊石の力は、要石に入る為に使ってしまわれたじゃないですか」
「えっ、そういう事になってるんですか」
きょとんとする玉兎に、アマネも驚いた声を上げた。
「ええ。だから、みんなの居る場所に戻っても、大丈夫なんですよ」
「でも、そうしたら、なんの力もない僕が戻っても迷惑なんじゃ」
どうしても首を縦に振らないアマネに、玉兎は良い事を思い付いた、という風に顔をパッと明るくさせた。
「それではアマネ様、元いた世界に戻らない、極天たちが居る世界にも帰らないという事なら、しばらくわたくしと、この世界を巡りませんか。もちろん何の干渉もできませんが、こちらにきてゆっくりする暇も無かったでしょう。美しい景色や、雄大な自然がたくさんありますの、ぜひ見ていただきたいですわ。……姉上たちにも、二人だけの時が必要でしょうし」
アマネは、玉兎の提案に首を傾げていたが、やがて、ふと息を吐いた。
「そう、ですね。僕も、この世界は美しいと思います。良かったら、玉兎さんが綺麗だと思ったもの、見せて欲しいです」
「はい。それでは、アマネ様は少しの間、わたくしと遊びましょうか」
楽しそうな言葉にアマネは再び首を傾げたが、少しというのはもうすぐ存在が消えるという事で、それまで遊ぼうという、玉兎の優しさだろうと無理矢理自分を納得させて、頷いた。
頑なアマネに苦笑しながらも、玉兎はアマネの手を取った。
半透明の玉兎だったが、アマネに触れる事が出来きるようだった。はじめて触れる玉兎に、ちょっと照れる。
暖かい力が、流れてくるのがわかる。
それは、極天にもらったものと少し似ているようでもあり、全く違うようでもあった。
ふと、玉兎が声をかけてきた。
「アマネ様、好きな動物はいますか?」
暖かい力が流れ込み続ける。アマネは思いもかけない質問に少し首を捻ったが、やがて。
「……鳥が、好きかもしれないです。自由に空を飛ぶ、鳥が」
少し時間をかけてそう言った。好きな動物などは、今まで考えた事が無かった。その暇が無かったと言っても良い。ただアマネは、この世界ではじめて友達になってくれた小鳥、ヒヨが好きだった。式という不思議な存在だと知った今でも、なお。
それに、丹波や炎陽、極天と空を飛んだ時に、言い様の無い高揚感と幸福感を覚えた。もちろん恐怖もあったが、昔飛びたいと思った時とは全く違う肯定的な感情になった事が、アマネの中では大きなものとなっていた。
「そうですか。鳥がお好きなんですね。うさぎも可愛いと思いませんか?」
「え、ええ。そうですね、うさぎ、可愛いですね」
「そうでしょう」
ふふんと満足そうな玉兎にアマネは首を傾げたが、玉兎の名前や玉兎を表すものに兎が描かれていた事を思い出した。自身の名前に使われた動物は、やはり特別なのだろうと何となく思った。
そしてアマネは、自分も半透明に光る存在になっている事に気づいた。
と同時に自分の身体が、フワリと浮いたような気がした。
トリ、になったようだった。
驚いて玉兎を見ると、ニッコリ笑って、ウサギの姿になっていった。
銀色のウサギは、暗闇を走り出す。
濡羽色のトリは、それを追う。
浮かんで、遠のいていくアマネとしての意識。
やがて暗闇は白い靄となり、霧となり、そして明るい光が満ち溢れてきた。
光はだんだんと強くなる。
彼方へと足を止めない兎に、置いていかれないようただただ羽ばたき続けるアマネであった、鳥。
そうして鳥は、光の中へと飛び出していったのだった。
伊墨 周 終わり。
―――――――――
次回、最終話
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