漆黒の瞳は何を見る

灯璃

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最終決戦 ー黒き瞳は、彩りの力を見るー

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 少しだけ焦ったようだったが、紫は再び黒い水滴を操った。
 正面が駄目なら、今度は上からだと、まるで滝のようにまとまって黒い雨を降らせた。
 アマネは今度は、

「白虎さん、力を貸してください」

 そう呟く。すると、先ほどの緑と同じように、今度は白い光の玉がひと際輝き、急に突発的な大風が吹いた。それはつむじ風となり、竜巻となり、黒い雨を巻き込み、紫に向かっていった。
 咄嗟の大風で体勢を崩された紫だったが、堕ちたりする事は無かった。しかし黒い雨は、紫にも牙を剥くようだった。しんどそうに肩で息をする。

「ほんに癪に障ること……どうやって妖どもの力を使っているか存じませんが、いつまでも防戦一方では、わたくしには勝てませんわよ!」

 まるで、朱雀と戦った時の事を思い出す。
 誰かを傷つける覚悟なんて、アマネにはできない。
 だからこそ。
 自分がしたい事をアマネはもう、知っている。

「貴女とは戦いません! 言ったでしょう、助けに来たって! 貴女のその感情を、憎悪を煽っているのは、その悲鳴なんですっ。貴女が取り込んでしまった、金卯さんの嘆きなんです! だから! もう、その力を手放してください!」

 アマネの言葉に、紫はわなわなと口を震わせ、肩を怒らせ、言葉にならない言葉を金切り声として発した。
 怒り狂ったような紫は、出鱈目に大きな黒い弾丸を幾つも作り、アマネに向けて放った。それは、この辺り一帯の黒雲と雨を取り込みつくられた大砲で、雨が、止んでいた。

「炎陽さん、丹羽、力を貸して」

 アマネがそう呟くと、赤と朱色の光の玉はアマネの背後にまわり、それぞれ美しい輝く羽根となった。
 二人のような立派な羽根が生えた事を確認すると、アマネはその羽根を羽ばたかせ、軽やかに大砲のような黒い球を避けた。
 時に優雅に、時に素早く、迫り来る幾つもの黒い球を避けアマネは紫に近づいた。
 彼らの羽根は素晴らしく速く、紫が異変に気づいた時にはもう、手が触れる所だった。

「いや!」

 バチン! と、電気が走ったように、アマネは紫の前からはじかれた。急いで体勢を整える。
 紫は信じられない、という顔でアマネを見た。

「な、な、何をするの!」

 非難されたアマネは、それでもしっかりと紫を見据える。

「貴女と話しがしたいんです」
「今してるでしょう!」
「もっとです。楽しかった事とか、辛かった事とか、怒った事とか、幸せだった事とか昔の事とか、いっぱい、いっぱいお話ししたいです。貴女の気持ちを、教えてください」

 驚愕。いや紫の表情は、驚愕を超えて呆然としていた。
 今まで、おそらくかけられたことのない言葉、行動。
 一瞬あまりの事に固まった紫だったが、すぐにハッとして、怒った顔をした。

「う、う、うるさい! うるさいうるさいうるさい! お前と話す事など何もない! 死ね!」

 最初から受け入れられるとは思っていない。自分もそうだったのだ。アマネは、出鱈目に飛んでくる雨粒を避けながら、根気よく紫に話しかけ続ける。

「それでも。僕は、貴女と話しがしたいです。ごめんなさい。僕は、遠見を使って貴女の過去を見てしまいました。……貴女も傷ついた人だったんですね」

 紫の瞳のどろりとした暗闇が、少しずつ薄れてきていた。紫は気づいていないが、アマネには見えていた。
 あの黒い雲から雨を降らせるのを止め、アマネに攻撃を、意識を向けた時から、アマネと不本意ながら会話をしている内に、だんだんと濁りが薄れていったのだ。

「傷ついたですって? ええそうよ、わたくしを傷つけた者は全て死ぬべきなのよ!」

 口調も、あの揺らいだ自我から元のしっかりとした口調に戻り始めている。きつい言葉は、紫の本音だからなのかもしれない。

「貴女は、何に傷ついたのですか?」

 黒い雨の塊を避け、アマネは飛び続ける。紫との距離を一定に保ちながら、声をかけ続ける。

「何に?! 見たのならわかるでしょう! わたくしの瞳を奪ったことよ! 今ではもう、こんな偽物でしか見る事も出来ない!」
「貴女の瞳は、美しい紫色だったんですね」
「そうよ! それを、それを!」

 紫の顔が、怒りながら泣きそうになっていた。

「瞳を取られて、自分の誇りを、自信を失ってしまったような気がしたのですか。それとも、その瞳が無ければ、自分は価値の無い人だと思ってしまったんですか?」

 アマネの言葉に、紫が動揺したのがわかった。一瞬の後、今までよりもより激しい弾丸が数多飛んできた。
 アマネは一旦引き下がり、体勢を整えた。そして再び、怒り狂っている紫に近づく。
 もはや、言葉もなくアマネを睨みつける紫。
 だがそれは裏返せば、図星をつかれた、という事を態度で示しているという事で。
 アマネは、変わらない穏やかな口調で、話かけ続ける。

「貴女は、瞳が無くても、ここまで立派にやってこれた。瞳にこだわるのには、何か理由があるのではないのですか」

 憎悪を込めた紫の暗い瞳は、気が弱い頃のアマネなら逃げ出してしまいそうな程だ。
 だが、今のアマネは、逃げない。無意識に、茶色の光の玉を撫でていた。

「お前に何がわかる! わかるものかっ、栄光を約束されていた者が落ちぶれていく事がどれほど惨めで、苦しい事か!」

 紫の怨嗟に応じて、再び瞳の濁りが深くなっていく。
 だがもう、黒い雨は、降っていない。全てアマネに向かっている。

「だけど貴女は這い上がった! 助けを求めてただ泣いていたのに。それはとんでもなく凄い事だと、僕は思います。誰でもできる事じゃない。僕は、出来なかったっ」

 アマネの叫びに、紫も叫び返す。

「当たり前よ! わたくし以外に誰が出来るというの! 親を殺し、民を騙し、兄を唆す大罪をやってのけた者が、他にいて?!」
「貴女は、お父さんに言われた事が、本当に悲しかったんだね」

「は?」
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