漆黒の瞳は何を見る

灯璃

文字の大きさ
上 下
79 / 118

拾 -過去編-

しおりを挟む

 それから後、太極殿の上空では、極天と金卯の激しい術の応酬が繰り広げられていた。
 もちろん、素の力では極天は金卯に敵わない。だが今は玉兎の、金卯と同等程度の力があった存在の加護というより呪いを受けているために、自身の力量よりも強力な術が出せた。
 それに何より、本気で此方を殺そうとする金卯の術が当たり、致命傷を受けてもすぐさま再生するのだ。
 勝てはしないが、負けもしない。時間稼ぎにはうってつけであった。

「なぜ邪魔をするの、極天!」
「君が間違っているからだ! 大人しく、諦めてくれ!」
「出来るわけないでしょう。なんで死なないの? なんで邪魔するの? なんで、どうして? みんなの為にやってるのに、なんでわかってくれないの!」

 言い合いをしながらも行われているのは、本気の殺し合い。不死とはいえ再生している隙に、準備とやらを邪魔されてはかなわない。極天はなるべく当たらないように、当たったらすぐさま必要最小限の修復を行い、飛び続け時間稼ぎをしていた。この短時間で、何度も何度も繰り返したせいで、こなれてきていた。

「何度も言うが、そんなの俺達は望んでいない!」

 極天が何度も再生するのを見て、はじめは驚愕に満ちていた金卯の顔が、忌々し気に歪んだ。人、であった時は見る事が無かった表情。こんな表情もできる事をこうなってはじめて知り、極天は人知れず罪悪感を強めていた。

「金卯、君を助けたいんだ。妹もそう言っていただろ!」

 何度目かの太刀風を避け、極天が声を張り上げた。
 ピタッと、攻撃が止んだ。
 金卯の動きも、止まった。
 なんだと極天も思わず手を止めると、金卯は、俯いていた。肩が、小刻みに震えている。
 次に顔を上げた時、金卯の瞳は、ドロリとした黒く濁った瞳となっていた。虹彩も白目も境が無くなるほどの、澱み。

「だれも たすけられない わたしを だれが たすけるの?」

 声も、もはや人の声帯から出たとは思えない震え方をしていた。それは様々な感情が入り混じった、音。
 ここまで追い詰められた彼女を見放す事は、極天にはできなかった。あの、おかしな初対面の時に、見放して逃げ出す事ができなかったように。

 極天が再び口を開くより前に、

「姉上!」

 玉兎の声が、聞こえた。金卯の意識は、こちらに向いたままのようだ。無視されている。
 視界の端で、三方から、青、赤、黄の光の筋が極天たちの真下に向かい飛んできたのが見えた。

 今、この時に違いない。

 極天は、確信した。
 極天はスゥーと金卯に近づいた。一瞬、極天の行動に理解が追いつかなかったのか、ビクッと金卯はしたが、それでもすぐに太刀風を起こし、極天を切り刻んだ。
 痛みはある程度操作できる事をこの短時間で学んだ極天は、自身を切り刻まれながらも、再生しながら真っ直ぐに飛んだ。四肢は千々にちぎれるが、すぐに再生し、どんどん金卯に近づいていく。
 金卯の顔が驚愕に変わり、恐怖に変わり、そして、極天が手を伸ばせば届くぐらいまで近づいた時には、

「きょくてん わたしを うらぎったの」

 泣きそうな顔で、そう言った。極天は眉を寄せ、こちらも泣きそうな顔で手を伸ばした。
 切り刻まれながらも、極天の手は、金卯に届いた。

「すまない、金卯。いつか必ず、君を助けるよ」

 金卯が何かを言うより早く、極天は掴んだ手に力を込めて、金卯を下に向かって全力で投げた。
 一瞬の隙を突かれた金卯は、凄まじい速度で地面に落ちて行く。術で水を一緒に纏わせたために、彼女本来の体重よりよほど早く、まるで地面に叩きつけるかのように投げた極天を、金卯は恩讐混ぜ合わせたような凄まじい表情で見た。

 金卯は地面に叩きつけられる前に術で飛び上がろうとしたが、それは、見えざる手のようなもので、阻止された。
 ハッと振り返る。
 そこには、銀色に輝く存在。
 もはや、一足先に人でなくなった、血を分けた姉妹。

 その人の形をした銀の光は、金卯に向かって手を伸ばすように光を溢れさせてゆく。
 驚愕に目が見開かれもがくように手を伸ばすがが、金卯は成す術なく、銀の光に包まれていった。

「ゆるさない ゆるさないから! たすけて! わたしが まもらないといけないのに!」

 金卯の悲鳴すら、銀色の光に飲まれていく。
 上空にいる極天には、最期の悲鳴が聞こえた。
 その悲痛な叫び声は、いつまでもいつまでも耳に残り、離れない事となる。



 

 全てが終わった後、太極殿は、人の都は、無残な状態となっていた。
 立派だった建物はすべて半壊、もしくは全壊している。だが、建物の倒壊の犠牲となった者はいないようだった。

 極天が上空で呆然としていると、人の一団が全壊し礎石をむき出しにした太極殿の周りに集まり、テキパキと何やら儀式を始めた。
 玉兎の封印を、強化しているのだろう。
 中には、泣きながらも手を動かしている者もいた。慕われていたのだろう。容易に想像がついた。
 彼らから彼女を奪ってしまったのも、自分なのだ。
 極天はゆるく頭を振り、人の都に、降り立った。
 誰しもが、上空の戦いを見ていた。極天の事は、敵の敵ぐらいにしか思っていないだろうが、人に攻撃されることもなかった。
 コロンと地面に転がっている一つの青い玉を、極天は拾い上げた。身体に衝撃が走ったが、すぐに壊れた箇所が再生する。
 その勾玉を首にかけ、極天は、大きく息を吸いんだ。そして、

「聞け、人よ! 我は妖王、妖の頂点に立つ者。封印されしものは、我らの同胞はらからにして、我らの祀る存在である。れがある限り、我らはなんじらの都に手は出さぬ。だが、もし汝らが此方こちらを攻撃しようとするならば、此方も相応の手段を取らせてもらう! そう、人の頂点たる帝なる存在に伝えよ!」

 そう、大声で告げた。
 辺りは騒然となったが、極天は、その背中の翼を広げ、有無を言わさず飛び上がった。

 人々は地上で、その黒い存在が夜闇に消えていくのをただただ見上げている事しか、できなかった。






 その後、この勾玉は極天が住む城の地下、大地に流れる川の源流の一つに、祀られた。
 その際極天が次の玄武に指名したのは、自分より年上で自分の次に水を操るのが巧みであった、妖亀ようきだった。

 青龍の所に残された鏡は極天が祠を建て台座に安置し、人が近づけないようにして当時代替わりしたばかりの青龍、死んだ緑常の姉に根を張らせ、守らせた。
 白虎の場所に残った刀は、地面に放り投げられていたので、極天がそれを拾い地面に突き立て、動いたり倒れたりしないようにした。祠を建てるのは、刀を中心に風が渦巻いているので無理だと判断した。
 朱雀の所にある比礼は、力の大半を使ってしまったようで、他の三つより弱まっていた。だが、祀るより身に着け有事の際に少し力を借りるぐらいが丁度良いという朱雀の言葉で、比礼はそのまま代々の朱雀に受け継いでいく形になった。



 全ての金卯の道具の後処理を終え、極天は、正式に妖王として君臨し、現在に至るのであった。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

45歳のおっさん、異世界召喚に巻き込まれる

よっしぃ
ファンタジー
2月26日から29日現在まで4日間、アルファポリスのファンタジー部門1位達成!感謝です! 小説家になろうでも10位獲得しました! そして、カクヨムでもランクイン中です! ●●●●●●●●●●●●●●●●●●●● スキルを強奪する為に異世界召喚を実行した欲望まみれの権力者から逃げるおっさん。 いつものように電車通勤をしていたわけだが、気が付けばまさかの異世界召喚に巻き込まれる。 欲望者から逃げ切って反撃をするか、隠れて地味に暮らすか・・・・ ●●●●●●●●●●●●●●● 小説家になろうで執筆中の作品です。 アルファポリス、、カクヨムでも公開中です。 現在見直し作業中です。 変換ミス、打ちミス等が多い作品です。申し訳ありません。

迷子の僕の異世界生活

クローナ
BL
高校を卒業と同時に長年暮らした養護施設を出て働き始めて半年。18歳の桜木冬夜は休日に買い物に出たはずなのに突然異世界へ迷い込んでしまった。 通りかかった子供に助けられついていった先は人手不足の宿屋で、衣食住を求め臨時で働く事になった。 その宿屋で出逢ったのは冒険者のクラウス。 冒険者を辞めて騎士に復帰すると言うクラウスに誘われ仕事を求め一緒に王都へ向かい今度は馴染み深い孤児院で働く事に。 神様からの啓示もなく、なぜ自分が迷い込んだのか理由もわからないまま周りの人に助けられながら異世界で幸せになるお話です。 2022,04,02 第二部を始めることに加え読みやすくなればと第一部に章を追加しました。

光る穴に落ちたら、そこは異世界でした。

みぃ
BL
自宅マンションへ帰る途中の道に淡い光を見つけ、なに? と確かめるために近づいてみると気付けば落ちていて、ぽん、と異世界に放り出された大学生が、年下の騎士に拾われる話。 生活脳力のある主人公が、生活能力のない年下騎士の抜けてるとこや、美しく格好いいのにかわいいってなんだ!? とギャップにもだえながら、ゆるく仲良く暮らしていきます。 何もかも、ふわふわゆるゆる。ですが、描写はなくても主人公は受け、騎士は攻めです。

魔女の呪いで男を手懐けられるようになってしまった俺

ウミガメ
BL
魔女の呪いで余命が"1年"になってしまった俺。 その代わりに『触れた男を例外なく全員"好き"にさせてしまう』チート能力を得た。 呪いを解くためには男からの"真実の愛"を手に入れなければならない……!? 果たして失った生命を取り戻すことはできるのか……! 男たちとのラブでムフフな冒険が今始まる(?) ~~~~ 主人公総攻めのBLです。 一部に性的な表現を含むことがあります。要素を含む場合「★」をつけておりますが、苦手な方はご注意ください。 ※この小説は他サイトとの重複掲載をしております。ご了承ください。

黄色い水仙を君に贈る

えんがわ
BL
────────── 「ねぇ、別れよっか……俺たち……。」 「ああ、そうだな」 「っ……ばいばい……」 俺は……ただっ…… 「うわああああああああ!」 君に愛して欲しかっただけなのに……

スキルも魔力もないけど異世界転移しました

書鈴 夏(ショベルカー)
BL
なんとかなれ!!!!!!!!! 入社四日目の新卒である菅原悠斗は通勤途中、車に轢かれそうになる。 死を覚悟したその次の瞬間、目の前には草原が広がっていた。これが俗に言う異世界転移なのだ——そう悟った悠斗は絶望を感じながらも、これから待ち受けるチートやハーレムを期待に掲げ、近くの村へと辿り着く。 そこで知らされたのは、彼には魔力はおろかスキルも全く無い──物語の主人公には程遠い存在ということだった。 「異世界転生……いや、転移って言うんですっけ。よくあるチーレムってやつにはならなかったけど、良い友だちが沢山できたからほんっと恵まれてるんですよ、俺!」 「友人のわりに全員お前に向けてる目おかしくないか?」 チートは無いけどなんやかんや人柄とかで、知り合った異世界人からいい感じに重めの友情とか愛を向けられる主人公の話が書けたらと思っています。冒険よりは、心を繋いでいく話が書きたいです。 「何って……友だちになりたいだけだが?」な受けが好きです。 6/30 一度完結しました。続きが書け次第、番外編として更新していけたらと思います。

異世界転生してハーレム作れる能力を手に入れたのに男しかいない世界だった

藤いろ
BL
好きなキャラが男の娘でショック死した主人公。転生の時に貰った能力は皆が自分を愛し何でも言う事を喜んで聞く「ハーレム」。しかし転生した異世界は男しかいない世界だった。 毎週水曜に更新予定です。 宜しければご感想など頂けたら参考にも励みにもなりますのでよろしくお願いいたします。

BL世界に転生したけど主人公の弟で悪役だったのでほっといてください

わさび
BL
前世、妹から聞いていたBL世界に転生してしまった主人公。 まだ転生したのはいいとして、何故よりにもよって悪役である弟に転生してしまったのか…!? 悪役の弟が抱えていたであろう嫉妬に抗いつつ転生生活を過ごす物語。

処理中です...