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拾 -過去編-
しおりを挟むそれから後、太極殿の上空では、極天と金卯の激しい術の応酬が繰り広げられていた。
もちろん、素の力では極天は金卯に敵わない。だが今は玉兎の、金卯と同等程度の力があった存在の加護というより呪いを受けているために、自身の力量よりも強力な術が出せた。
それに何より、本気で此方を殺そうとする金卯の術が当たり、致命傷を受けてもすぐさま再生するのだ。
勝てはしないが、負けもしない。時間稼ぎにはうってつけであった。
「なぜ邪魔をするの、極天!」
「君が間違っているからだ! 大人しく、諦めてくれ!」
「出来るわけないでしょう。なんで死なないの? なんで邪魔するの? なんで、どうして? みんなの為にやってるのに、なんでわかってくれないの!」
言い合いをしながらも行われているのは、本気の殺し合い。不死とはいえ再生している隙に、準備とやらを邪魔されてはかなわない。極天はなるべく当たらないように、当たったらすぐさま必要最小限の修復を行い、飛び続け時間稼ぎをしていた。この短時間で、何度も何度も繰り返したせいで、こなれてきていた。
「何度も言うが、そんなの俺達は望んでいない!」
極天が何度も再生するのを見て、はじめは驚愕に満ちていた金卯の顔が、忌々し気に歪んだ。人、であった時は見る事が無かった表情。こんな表情もできる事をこうなってはじめて知り、極天は人知れず罪悪感を強めていた。
「金卯、君を助けたいんだ。妹もそう言っていただろ!」
何度目かの太刀風を避け、極天が声を張り上げた。
ピタッと、攻撃が止んだ。
金卯の動きも、止まった。
なんだと極天も思わず手を止めると、金卯は、俯いていた。肩が、小刻みに震えている。
次に顔を上げた時、金卯の瞳は、ドロリとした黒く濁った瞳となっていた。虹彩も白目も境が無くなるほどの、澱み。
「だれも たすけられない わたしを だれが たすけるの?」
声も、もはや人の声帯から出たとは思えない震え方をしていた。それは様々な感情が入り混じった、音。
ここまで追い詰められた彼女を見放す事は、極天にはできなかった。あの、おかしな初対面の時に、見放して逃げ出す事ができなかったように。
極天が再び口を開くより前に、
「姉上!」
玉兎の声が、聞こえた。金卯の意識は、こちらに向いたままのようだ。無視されている。
視界の端で、三方から、青、赤、黄の光の筋が極天たちの真下に向かい飛んできたのが見えた。
今、この時に違いない。
極天は、確信した。
極天はスゥーと金卯に近づいた。一瞬、極天の行動に理解が追いつかなかったのか、ビクッと金卯はしたが、それでもすぐに太刀風を起こし、極天を切り刻んだ。
痛みはある程度操作できる事をこの短時間で学んだ極天は、自身を切り刻まれながらも、再生しながら真っ直ぐに飛んだ。四肢は千々にちぎれるが、すぐに再生し、どんどん金卯に近づいていく。
金卯の顔が驚愕に変わり、恐怖に変わり、そして、極天が手を伸ばせば届くぐらいまで近づいた時には、
「きょくてん わたしを うらぎったの」
泣きそうな顔で、そう言った。極天は眉を寄せ、こちらも泣きそうな顔で手を伸ばした。
切り刻まれながらも、極天の手は、金卯に届いた。
「すまない、金卯。いつか必ず、君を助けるよ」
金卯が何かを言うより早く、極天は掴んだ手に力を込めて、金卯を下に向かって全力で投げた。
一瞬の隙を突かれた金卯は、凄まじい速度で地面に落ちて行く。術で水を一緒に纏わせたために、彼女本来の体重よりよほど早く、まるで地面に叩きつけるかのように投げた極天を、金卯は恩讐混ぜ合わせたような凄まじい表情で見た。
金卯は地面に叩きつけられる前に術で飛び上がろうとしたが、それは、見えざる手のようなもので、阻止された。
ハッと振り返る。
そこには、銀色に輝く存在。
もはや、一足先に人でなくなった、血を分けた姉妹。
その人の形をした銀の光は、金卯に向かって手を伸ばすように光を溢れさせてゆく。
驚愕に目が見開かれもがくように手を伸ばすがが、金卯は成す術なく、銀の光に包まれていった。
「ゆるさない ゆるさないから! たすけて! わたしが まもらないといけないのに!」
金卯の悲鳴すら、銀色の光に飲まれていく。
上空にいる極天には、最期の悲鳴が聞こえた。
その悲痛な叫び声は、いつまでもいつまでも耳に残り、離れない事となる。
全てが終わった後、太極殿は、人の都は、無残な状態となっていた。
立派だった建物はすべて半壊、もしくは全壊している。だが、建物の倒壊の犠牲となった者はいないようだった。
極天が上空で呆然としていると、人の一団が全壊し礎石をむき出しにした太極殿の周りに集まり、テキパキと何やら儀式を始めた。
玉兎の封印を、強化しているのだろう。
中には、泣きながらも手を動かしている者もいた。慕われていたのだろう。容易に想像がついた。
彼らから彼女を奪ってしまったのも、自分なのだ。
極天はゆるく頭を振り、人の都に、降り立った。
誰しもが、上空の戦いを見ていた。極天の事は、敵の敵ぐらいにしか思っていないだろうが、人に攻撃されることもなかった。
コロンと地面に転がっている一つの青い玉を、極天は拾い上げた。身体に衝撃が走ったが、すぐに壊れた箇所が再生する。
その勾玉を首にかけ、極天は、大きく息を吸いんだ。そして、
「聞け、人よ! 我は妖王、妖の頂点に立つ者。封印されしものは、我らの同胞にして、我らの祀る存在である。其れがある限り、我らは汝らの都に手は出さぬ。だが、もし汝らが此方を攻撃しようとするならば、此方も相応の手段を取らせてもらう! そう、人の頂点たる帝なる存在に伝えよ!」
そう、大声で告げた。
辺りは騒然となったが、極天は、その背中の翼を広げ、有無を言わさず飛び上がった。
人々は地上で、その黒い存在が夜闇に消えていくのをただただ見上げている事しか、できなかった。
その後、この勾玉は極天が住む城の地下、大地に流れる川の源流の一つに、祀られた。
その際極天が次の玄武に指名したのは、自分より年上で自分の次に水を操るのが巧みであった、妖亀だった。
青龍の所に残された鏡は極天が祠を建て台座に安置し、人が近づけないようにして当時代替わりしたばかりの青龍、死んだ緑常の姉に根を張らせ、守らせた。
白虎の場所に残った刀は、地面に放り投げられていたので、極天がそれを拾い地面に突き立て、動いたり倒れたりしないようにした。祠を建てるのは、刀を中心に風が渦巻いているので無理だと判断した。
朱雀の所にある比礼は、力の大半を使ってしまったようで、他の三つより弱まっていた。だが、祀るより身に着け有事の際に少し力を借りるぐらいが丁度良いという朱雀の言葉で、比礼はそのまま代々の朱雀に受け継いでいく形になった。
全ての金卯の道具の後処理を終え、極天は、正式に妖王として君臨し、現在に至るのであった。
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